お父さんの愛が止まらない!!
片隅シズカ
お父さんの愛が止まらない!!
中学生の娘は、反抗期の真っ只中だ。
話しかけるのはもちろん、目が合っただけでハエにたかられたみたいな顔をされる。触れるなんて以ての外だ。
(ほんのちょっと前までは、お父さんっ子だったんだけどな……)
妻は、まだ娘が幼い内に病気で他界した。
娘は妻のことをぼんやりとしか覚えていない。だからかは分からないが、小さい頃から人見知りが激しく、かなり大きくなるまで私にベッタリだった。
私にとって、娘は妻の忘れ形見だ。
文字通り、目に入れても痛くないほどに大切な娘なのだ。そんな拷問があったら耐え抜くどころか大歓迎なくらいに!!
だから、娘の成長は素直に嬉しい。
反抗期だって、成長の証だと思えば喜ばしいものだ。
それでも、やっぱり切なさは拭えないのだが、仕方ないことだろう。
そう無理やり割り切って、ようやく慣れてきた頃だったから、この日の朝食も終始無言で終わるだろうと思っていた。
「お父さん」
だから、娘に一声かけられただけで、盛大に椅子から転げ落ちてしまった。
「何やってんの? 馬鹿じゃないの?」
「あ、いや……何でもないです」
「今日、弁当作ったんだけど」
「えっ? お前が!?」
「話最後まで聞けよ」
「すみません……」
「作り過ぎたから、その……食べていいよ。台所に置いてあるから」
「え、でも……」
「残っても困るし、むしろ持ってって」
「マジか!? ひゃっはああああああああー!!」
「……そんな狂喜乱舞されても困るから。ごちそうさま」
娘は吐き捨てるように言うと、さっさと用意を済ませて出ていってしまった。
(作り過ぎなんて、嘘だ)
娘は慎重で計画的な性格だ。滅多なことではヘマをしない。
そもそも、二人分になってしまうほど作り過ぎるなんてフィクションの世界だ。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
(娘の手作り、もう昇天しちゃいそうだ……っ!)
料理は私の担当だ。
故に、これまで娘の手作り料理を食べたことは一度もない。一度もだ!!
実はずっと前から、娘の手作りを一度でもいいから食べてみたかったのだ。
この際毒入りでも構わないからと何度も土下座してお願いしたのだが、何故かその度に罵倒の言葉と共に門前払いを喰らってきた。
そんな娘が、手作り弁当を作ってくれた。この父のために!
罵倒されても、ちゃんと願いは届いていたのだ!!
(あぁ!! 弁当箱をコピーできたらいいのに!)
これは昼まで精神を研ぎ澄まし、耐え抜くしかあるまい!
衝動を抑え込み、弁当箱を持ち上げる。
一枚のメモ用紙が、そこにあった。黒いマジックで何か書いてある。
『いつもありがとう』
たった一言だった。
その一言で、私は全てを理解した。
すっかり忘れていたが、昨日は私の誕生日だった。
(馬鹿だな、私は……)
反抗期に入ってからも時々、こうやって『ありがとう』の言葉をくれる。
考えてみれば、それはいずれもこの時期だ。
(毎回、誕生日当日じゃないから気付かなかったけど……)
どんなに口や態度が悪くなっても、根っこは変わらない。優しくて、なかなか感情を表に出せない、昔のままの娘だ。
その上で、大人になるための階段を上り始めているんだ。
帰ったら、ちゃんと『ありがとう』って伝えないとな。
(いや、違う)
『美味しかった』だな。
***
数時間後。ようやく、待ちに待った昼食の時間となった。
「お、今日は手作り弁当ですか?」
一人でじっくりと喜びを噛みしめようと思っていたのに、後輩がひょっこりと後ろから覗き込んできやがった。
「あぁ。娘が作ってくれたんだ」
後輩を闇に葬りたい衝動を抑え込んで、私は笑顔で応えた。
(こうなったら昼休み中、娘の自慢話に付き合わせてやる!!)
「え? 娘さんって、反抗期真っ只中って話でしたよね」
「あいつだって、たまには優しくしてくれるってことよ」
「見せてもらってもいいですか?」
「仕方ないな……見せるだけだぞ」
弁当箱の箱を、そっと開く。
「…………」
「…………」
やっぱ『ありがとう』でいいか!
お父さんの愛が止まらない!! 片隅シズカ @katasumi-novel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます