第11話

 二回目の法螺貝がARフィールド全域に鳴り響き、その音に追い立てられるようにして未言鬼みことおに器士きしの武器も消失していく。

 鷺山殿は巴御前を振り上げた体勢をゆっくりと解き、目の前のお市の方を見下ろした。

「確かにわたくしの完全敗北ですね」

 五体の未言鬼を引き戻すのでなく全て討伐された。お市の方は言い訳のしようもない。

「キミに伝えたい言葉があるんだ」

 鷺山殿に一歩詰め寄られて、お市の方はなんだろうと疑問を浮かべる。

 主力の内、五体も落とされてお市の方は今後ランキング低下を免れない。それを謝られるとか。でもゲームの勝敗の結果だから頭を下げられても困ってしまう。

 もしくはGGグッドゲームと称賛されるのか。のう一門で四天王と名高いトッププレイヤーを二人もリタイアさせて残る二人と棟梁も撃破寸前まで追い込んでいる。被害を受けた相手から褒められるのはむず痒いけれど、そうしたらお市の方も浅井三姉妹を討ち取った功績を褒め返すべきだろうか。

 とにかく、どんなに予想外の言葉が来ても、ちゃんと鬼巫女おにみこの地域ランキング一位として恥ずかしくない返事をしなければとお市の方は気を引き締める。

「私と交際してください!」

 鷺山殿は叫ぶと同時に右手を真っ直ぐお市の方に突き出して、綺麗に直角に腰を曲げる。

 お市の方は身構えていた筈なのに、予想外過ぎる言葉に頭の中がまっさらになる。

 そして言葉も出てこないまま、鷺山殿に人差し指を突き刺し、直ぐ横で地面にへたり込んでいた撫子に視線で助けを求める。

「あ、ごめんなさい、その人、本気なんです」

 お市の方が求めたのは解説ではなかったのに、余計に追い詰められた気持ちにさせられた。

 これまた斜め上の対応をされてお市の方は戸惑いで思考がこんがらがる。

「嫌だったらはっきり断っていいよー。そしたらみんなでお腹抱えて笑うだけだからー」

「こら、動くな」

 ちょっと離れた位置で座りこんだままのあここからも野次が飛んで来た。

 先に戦闘不能になったメンバーに持って来てもらった救急セットで、あここの腕をアイシングしているくノ一にぴしゃりと叱られているのが、なんとも言えない。

「全く、ゲームで無理とか、本気であほなの? 肉離れしてたらどうするんですか。この後病院行きますよ」

「えー! 打ち上げはー! 勝ったのに玉砕したリーダーを指差して笑いたいんだよ、あたしは!」

「むしろ病院行かないなら打ち上げから締め出しますが?」

「ねぇねぇカズさん、すぐ行ける病院近くになる?」

 くノ一の冷たい眼差しと声にあっさりと降伏して掌を返すあここに、のんびりと歩み寄ってきたカズが苦笑している。

「取りあえず、行くのは明日でも予約だけしっかりと取れば良しとしてあげていいんじゃない?」

「仕方ないですね。今回だけですよ」

「やたー!」

 ダメだ、もうオフモードに入っているこの人達に助けを求めても事態は改善しない、とお市の方は覚ってしまった。

 それでも勘違いがないように、お市の方は戦場でしか会った事のない目の前の人物について質問を投げ掛ける。

「あの、この方、女性であってますよね?」

「そうですよ。あ、同性愛とか無理だったら素直に気持ち悪いって言っていいですよ? そしたら私達打ち上げでドリンク奢って貰えるんですよ」

 軽い質問からしようと思ったら、撫子からは余計な情報まで返ってきて、お市の方は眩暈がしそうだ。

 この人達、自分達を纏め上げている人の色恋沙汰で賭けまでしているとか、信じられないくらいに仲がいい。もしくはジャンクな思考過ぎる。

「あの、お付き合いはしっかり考えてしたいなと思ってまして……」

 成功するか失敗するか賭けるような、学生の罰ゲームじみた告白は御免被りたいというのがお市の方の本音だ。

 そんな彼女の引いてる気持ちが伝わって、鷺山殿が慌てて言い繕う。

「ま、待って! 本気! 本気です! 本気だって分かってもらうために、絶対に勝ってから告白しようと決めてたんです! やっと今日貴女に勝てたから、こうして想いを伝えてるの! 信じて!」

 告白するのに相手を倒すとか、どこの戦闘民族なのだろうか、と口を開く度に疑問が増えていく。さっきまで緊迫した戦闘を繰り広げた後にこんなおかしな状況になって、お市の方はなんだか疲れて考えるのも嫌になってきた。

 こんなのどうやって収拾を付ければいいのか、先月十八になって成人したばかりの小娘には分からなくて逃げ出したくなる。

 でも逃げても返事するまで追いかけてきそうだなとお市の方はこれまでの戦闘から冷静に鷺山殿の行動を分析していた。

「取りあえず、お友達からとかじゃダメですか?」

 我ながら当たり障りのない返事しているなと自己嫌悪する。

 それからなし崩しに絆される未来が見え隠れして、ちょっとげんなりもしている。

 不思議なのは、それも楽しそうかも、なんて期待をちょっぴり抱いてしまっている事だ。

「ありがとう! 大切にするから!」

 鷺山殿が感極まったのか、お市の方に抱き着いた。

 すごい好意的に解釈しているその楽観的で勢いのある思考を、お市の方は少しだけ羨ましく思う。

「まるでお嫁に貰えたみたいな言い草は止めて貰っていいですか?」

 まだそんな言葉を貰う筋合いはないので、お市の方はきちんと訂正しておく。

 あと、汗ばむ肌が余りにも熱くて火傷しそうに思えるから、早く放して欲しかった。

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セメドキッ! 奈月遥 @you-natskey

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