卵を割るだけの簡単なお仕事です。
谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中
卵を割るだけの簡単なお仕事です。
高校を卒業して、十年。久しぶりに同級生が集まった、同窓会。話題は自然と決まってくる。今なにしてるの、仕事は、結婚は。
私、
「夢宮、今仕事なにしてんの?」
「んー? 私はね、卵を割るだけの簡単な仕事」
「えっ、なにそれ」
私の回答に、同級生は声を上げて笑った。
「ケーキ屋とか? 飲食?」
「どっちかっていうと、工場かなぁ」
「お弁当延々作るみたいな? いいなー単純作業」
総合職で毎日やることが多くて大変だ、とこぼす同級生に、私は緩く笑った。
「でも意外。夢宮、教師になりたかったんじゃなかったっけ? 大学も教職課程とってたよね」
「うん。そうなんだけど……私には向いてなかったみたい。採用試験、受からなくて」
「意外と狭き門だよねー。まぁ、人の夢は叶わないから儚いって字があるのさ。みんなそんなもんだよ」
そう言って、同級生は酒を呷った。私も、グラスのカクテルをちびりと舐める。
ひとしきり飲んで、騒いで、それぞれの帰路につく。
私もワンルームのマンションに帰り、暗い部屋に明かりをつけて、明日のための準備に取りかかる。
さぁ、明日も仕事だ。
×××
狭い教室に、三十人ほどの若者たちがいる。普段接点のない若者たちは、自分たちは何故集められたのだろう、とざわざわしている。年齢も職業もばらばら。学生からフリーターまで、様々だった。
スーツ姿で名簿を持った私は、彼らのいる教室に、背筋を伸ばして入っていく。やっと説明をしてくれそうな人が現れた、と若者たちが前を向く。その視線を受けながら、私は教壇に立つ。
「こんにちは、皆さん。夢宮です。これから皆さんには、特別講義を受けてもらいます。事前に通知がいっている通り、これは国が定めた義務となっております。途中退室や講義の拒否は罰則の対象となりますので、ご注意ください。それでは、講義を始めます。よろしくお願いします」
頭を下げて礼をした私に、若者たちもばらばらと礼をする。
「ここにいる皆さんは、それぞれ夢をお持ちで、その夢に向かって努力している途中かと思います。その夢と、その夢を叶えるために何をしているかを、この場で語っていただきます。では一番、浅田さんから」
「えっ? あ、はい」
名前を呼ばれた浅田さんが、慌てた様子で席を立つ。
「えぇっと……将来の夢について、話せばいいんですよね? 私は、アイドルを目指しています! 子どもの頃からずっと憧れていて、色んなオーディションを受けてきたんですけど、なかなか受からなくて……。でも小さいステージとか、地方のイベントには、たまにちょっと出てます。だから今はスクールに通って、もっと実力をつけて、大きな仕事が取れるように努力中です」
そう言った浅田さんの目は、希望できらきらと輝いていた。これからどんな未来も描けると、期待に満ち溢れている。
「なるほど。浅田さんは、アイドルの卵なんですね」
「はい!」
「そして、いつまでも卵のままだと」
「え……」
悪意のある言い回しに、浅田さんの顔が曇る。周囲も、にわかにざわついた。
「浅田さんはたしか、二十三歳でしたよね。大学も卒業されて、本当なら就職をしている年齢のはず」
「それは、そうですけど……生活費は、アルバイトで稼いでいます」
「なるほど。フリーターなんですね」
「アイドルは、急に仕事が入るので。正社員の仕事と両立はできません」
「でも浅田さん、アイドルじゃないですよね?」
浅田さんの顔が、泣きそうに歪んでいく。
「ちょっと! なんなの、あんた。あんたが夢を語れって言ったんでしょ。それにケチつけるなんて」
気の強そうな女性が、勢いよく席を立ちあがって糾弾した。それを私は冷めた視線で見る。
「これは講義です。そして、私はこの講義の担当官です。定められた指導要領に沿って行っています。進行を妨げる言動は罰則の対象となりますよ」
罰則、という言葉に、気の強そうな女性が黙った。これは普通の学校の授業ではない。国が定めた講義だ。ただの教師に逆らうのとは訳が違う。それがわからないほど馬鹿ではないらしい。軽く溜息を吐き、私は浅田さんに向き直る。
「アイドルなんて、十代でなるのが当たり前ですよ。二十三ともなれば、もう卒業の年齢です。次のステップを考え出す時期なのに、今からアイドル? そもそもオーディション受けられますか? 年齢制限超えますよね? 消費期限の切れた女に、今からお金を払って応援してくれるだけの熱狂的なファンがつくと思います? 浅田さん、十代の子より自分の方が可愛いと思いますか?」
浅田さんは涙を滲ませて黙ってしまった。
「よく考えた方がいいと思いますよ。以上です」
浅田さんが、力無く席に座った。ぐしゃりと、何かが潰れる音がした。
「次。飯田さん」
「は、はい」
戸惑ったように、飯田さんが席を立つ。おどおどとした様子で、口を開いた。
「ぼ、ぼくは、漫画家を目指しています。中学の頃から雑誌に投稿していて、何度か奨励賞を貰いました。読み切りが掲載されたこともあります。ただ、なかなか連載に繋がらなくて……ずっと独学でやってきたので、今は専門学校に通って、基礎から勉強しつつ、連載を目指しています」
「なるほど。飯田さんは、漫画家の卵だと」
「まぁ……」
「でも残念ながら、その卵は腐っているようですね」
あまりの言い草に、飯田さんの顔が青ざめる。
「中学の頃から……もう十年以上ですか? そこまで芽が出なくて、よく続けられますね。しかもその専門学校の費用、親御さんが出してるんですか?」
「バ、バイトはしてます! けど、画材のお金とかで、消えてしまって……専門学校の費用を全額稼ぐとなると、今度は漫画を描く時間が取れなくて」
「言い訳ですね。自分の力だけで目指すこともできない夢にいつまでもしがみついて、他人に寄生することを何とも思わない。親御さんが亡くなられたらどうするんですか? ヒモにでもなるんですか? ああ、ヒモにもなれないですね。漫画しかやってこなかった、ろくに家事もできない男なんて」
飯田さんは強く拳を握りしめていた。言い返したいのだろうが、それが罰則の対象となることを恐れているのだろう。
「早くまともな人間になった方がいいですよ。以上です。次、上野さん」
二人続けて見れば、もう三人目からは予想がついたのだろう。上野さんは既に悲壮な顔をしていた。他の若者たちも皆、暗い顔で俯いたり、鋭い視線で私を睨んで敵意を顕わにしている。そんなものは慣れているので、私は涼しい顔で講義を進行する。
「俺は、保育士を目指していて」
「その顔で? 子どもたちが泣き叫ぶ様子が目に浮かびますね。次」
「プロゲーマーになりたくて」
「大会での優勝歴、一度もないじゃないですか。過去に一回入賞しただけで、調子にのっちゃったんですか? 次」
「び、美容師に……」
「まさかその頭オシャレなつもりだったんですか? いつの時代からタイムスリップしてきたのかと。トレンドもわからない田舎でしか活動しないからですよ。次」
「次」
「次」
若者たちが夢見てきたことを、片端から潰していく。
こうして意志を折った後で、今度は優しい優しいカウンセリングが待っている。職業斡旋のための。
十八歳以上三十歳以下で、定職につかず、叶わぬ夢を追い続けている者。彼らの夢を潰すことが、私の仕事だ。
人は何歳からでも、何にでもなれる。そんな無責任な風潮から、いつまでもふらふらとモラトリアムを楽しむ若者が増えた。確定するまでは、未来は不確定。どんな自分にもなれる可能性があるから、何に挑戦してもいい。そんな思いから、全く向いていない可能性もない夢に縋っていつまでも腐っている人間が増え、労働の義務が危うくなってきた。ただでさえ人口が減っているのに、低収入のフリーターが激増し、税収もどんどん下がった。
何とか
この施策は、むやみに夢を目指すものを潰して回っているわけではない。一定期間夢を追うことは許容している。かつ、最新AIの適正判断により、当人の夢が叶う可能性が限りなく低い者を選出している。つまり彼らは、この先どれだけ努力をしても、その夢が叶うことは奇跡に近い、ということだ。一種の引導を渡していると思えば、むしろ良心的だとすら言えるだろう。
いつまでも叶わぬ夢を追い続けることは、本人にとっても貴重な若い時間を浪費するだけの無駄な行為だ。向いている仕事に就ければ、最初は抵抗があるかもしれないが、次第にやりがいを感じ、幸福を得ることができるだろう。
かつて私がそうだったように。
私も昔、ここで教師の夢を潰された。子どもの相手をできる人間性じゃない。夢や希望を育める器じゃない。明るい方へ人を導くことはできない。
私に向いているのは、暗い方へ落とす仕事。人に恨まれる仕事。他人を蹴落とす仕事。
最初は嫌だった。でも、次第に喜びを見出すようになった。私の夢は叶わなかったのだから。お前たちも、叶うべきじゃない。あがくだけ無駄なのだ。見苦しい。早く潰れてしまえ。
暗い顔で教室を出ていく若者を見る度、胸がすっとする思いだった。だからきっと、この仕事は私の天職なのだ。
そうして私は、今日も卵を割っていく。ひたすらに。ぐしゃり、ぐしゃりと。
そうして流れ出た腐った中身は。
ちゃんと私が、食べてあげる。
卵を割るだけの簡単なお仕事です。 谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中 @yuki_taniji
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