第27話 じれったい
ユイの二度目のお見舞いから帰ってきたユエリアは、下位部屋の出入り口の扉を開けた。黒色の壁とグレーのフロアタイルの広間に出迎えられ、色々なことがありすぎたせいでこの部屋の景色も久しぶりに見たような気分になる。
「ユエリア」
彼女が共有スペースのソファに座って少し休憩していたら、背後から声をかけられた。聞きなれた、自分を救ってくれた人の声。ユエリアは勢いよく振り向くと、紺色のジャージを着たアギトが立っていた。
「今戻って来たのか」
「うん、ちょっと前に。アギト君は何してたの?」
「トレーニング。上位部屋と比べりゃ全然だけど、物はちゃんとそろってた」
アギトはさっきまで自分がやっていたことを説明しながら、ユエリアの隣に座った。下位部屋にもトレーニングルームはあるが、施設の充実具合は雲泥の差である。しかしそれは上位部屋が恵まれすぎているだけで、下位部屋でも最低限の器具はあるのだ。アギトは先ほどまでそこでトレーニングをしていて、一通りやり終えて共有スペースに戻って来たのだ。
「筋トレかぁ……私もやった方が良いかな?」
「体力はあって困ることはないし、やっても損はないと思うぞ」
「なら次から一緒にやっていい?」
「別にいいぞ。俺が上位に戻るまでだけどな」
「やった」
本音半分、ツッコミ待ち半分な自信満々なセリフを言ったアギトだったが、ユエリアにものの見事にスルーされてしまった。ユエリアからすれば自信に満ちている姿はアギトらしいと言えるもので、身の丈以上のビックマウスとは思わないのだ。
「ユイさんとはどうだった?」
「おあいこだからって許してくれたよ。私のことを受け入れてくれたし、本当はいい人なのかも」
「善人ならあんな挑発はしないだろ」
アギトから見れば、ディーゼルとの入れ替え戦前にユエリアについて聞いてきたことから、ユイがユエリアを狙っていたことは明白だった。ユエリアの言う通り良いところはあるだろうが、裏で策謀をめぐらす食えない奴と思っていいだろう。
「結局あいつの思惑通りになったわけだし」
「でも、ユイさんがどう考えてたとしても、いま私がアギト君の隣に居られるのはあの戦いがあったおかげだから」
「怪我の功名ってやつか」
アギトはなんとなく納得がいかないながら、ユエリアが言っていることも確かなのでそれ以上は何も言わないことにした。
「今日は本当にありがとね」
「別にいいよ。友達として当然のことをしただけだ」
「アギト君にとっては当たり前でも、私とっては特別な事なんだよ」
ディーゼルに言われた時もそうだが、アギトは正面から褒められるのがあまり得意ではない。本人の自覚はないが、それは彼が属性欠如者として幼少期から虐げられ、褒められ慣れてないことに起因する。
「特別って、俺は全然……」
「だめ。アギト君がどう思ってても、私にとっては特別なんだからもっと堂々として欲しいな」
「お、おう」
アギトにとって友達を助けることが当然なのも、そもそもヒーローなんて柄じゃないことも本当だが、今の彼の素直ではない態度の根底には今までの属性欠如者として生きてきた人生という理由がある。
「あっ、ご、ごめん。近かったよね……」
アギトが頑なにお礼を受け取らないものだから、ユエリアが顔を近づけて訴えていた。しかし冷静になってみれば異性の友達としては距離が近すぎた。それに気付いたユエリアは元の距離感に戻りながら謝罪した。
「あぁいや、それも別に。ユエリアは可愛いからむしろ役得だな」
「へ、か、かわっ……!?」
特に気にしていなかったアギトは思った事をそのまま返したが、思った通りのことを言いすぎた。好きな人に突然可愛いと褒められたユエリアは頬を紅潮させて照れた。
「可愛い……可愛いって……」
「え、ごめん。何かまずいこと言った?」
「う、ううん! 全然! むしろ嬉しいと言いますか……うん、可愛いって言ってくれると嬉しい」
「そっか」
アギトは失言をしてしまったのではと不安になったが、ユエリアに嬉しいと言われてホッと胸を撫で下ろした。何度も好きな人からの可愛いという褒め言葉をリフレインしてドキドキしているユエリアの内心を知らず。
「……いや、何を見せられてんだ?」
「赤髪くんが勝手に見てるんだよ」
空気を読んで物陰から二人の成り行きを見守っていたディーゼルは思わずツッコミを入れ、そんな彼にパームがさらにツッコミを入れた。
「あのバカ鈍感ヒーロー……くそじれってぇなおい……」
全く好きという気持ちを隠せていないユエリアだが、アギトはそれに気付く様子がない。ユエリアから直接話を聞かなくともユエリアの恋心に気付いたディーゼルはそれが焦ったくてたまらないのだ。
「距離近いよね、あの二人」
「だよなぁ……友達とはいえ普通は男女であんなに近くに居ないぞ」
ユエリアはお礼を受け取ってもらうために一時的に顔を近付けて照れたが、そもそもの話、ディーゼルとパームから見れば普通に話している時でも距離が近すぎる。あと少しで肩が触れそうな二人の距離感は、まるで仲睦まじい恋人同士のようであった。
「いいじゃん。仲良しなことはいい事だよ」
「まぁ……そうか。にしても、なんでアギトの野郎はユエリアのあの態度を見て気付かないんだよ。そのくせしれっと可愛いとか言うし……意味わかんねー」
ディーゼルが抱いた疑問。それはアギトの対人経験の少なさが理由だ。この学園に来る前のアギトの人生を振り返ると、幼少期にいじめられて不登校になり、立ち直った後も魔導書を読み耽っていたので、対人経験がほとんどないのだ。
だから、アギトは人との関わりにおいて少しおかしなところがある。その一つが人との距離感である。対人経験のほとんどが家族であるアギトは人と距離が近いのだ。
そしてユエリアはこの学園に来る前の唯一の友人がリリーであり、リリーは人との距離が近いタイプの人間であった。だから、アギトの距離感にも全く違和感を覚えない。
そうした理由でアギトとユエリアの恋人同士のような距離感は誕生したのだ。
「まぁ、二人が幸せならそれでいいか」
「どういう立場?」
遠巻きに二人を見守るディーゼルの言葉に、パームがツッコんだ。今のディーゼルは、この学園で最初にあの二人に喧嘩を売った男と同一人物とは思えないほど優しい目をしていた。
革命的魔法学園大戦〜適正属性無しの落ちこぼれ少年が魔法界一の魔法使いになるまでの物語〜 SEN @arurun115
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