第26話 ラブコメの波動を感じる
包丁を操ってリンゴの皮を剥く。ユイさんにリンゴが食べたいと包丁とリンゴを渡された時はやったこと無いから断ろうとしたけど、ケガさせたという後ろめたさから受け入れてしまった。お母さんがやってたのを見様見真似でやってみるけど、結構皮と一緒に可食部も削ってしまっているかもしれない。いや、何が正解か分からないけど。
「ど、どうぞ」
結果的にできたものはでこぼこしていて、お母さんがやってくれたものとは似ても似つかない不格好なものをお出しすることになってしまった。
「花嫁修業が足りないネ」
「うぅ……」
私が切ったリンゴを見てユイさんは苦笑して、一切れ口に放り込んだ。
「ユエリア、アギトの事どう思ってル?」
「え、どうって……大切な友達で、恩人ですかね」
「そういうことナイネ」
ユイさんの質問に普通に答えると、彼女は呆れたように両手を肩のあたりまで上げてやれやれと首を横に振った。
「あーんな熱烈な会話みたラ、そういうハナシ期待しちゃうヨ」
「そういう話って……?」
「本当にニブイネー。マ、しょうがないから教えてあげるネ」
ユイさんはそう言うと、この部屋には私達二人しかいないのに内緒話をするみたいにこっそり囁いた。
「アギトのこと、好き?」
ボンッ、ユイさんの質問を聞いた瞬間、頭の中が爆発したみたいに顔が熱くなった。楽しそうに笑うユイさんの顔を見て、彼女が聞いた好きな意味はそういう事だと理解する。
「あ、いや、アギト君とはそういうのじゃなくてー……ぜんぜん、恋愛とかそんな、というか私なんかがそんな、きっと迷惑だし……」
「うんうん。イイネー、初々しいネー」
私の反応を見てユイさんはご満悦で、私の言葉を味わうようにうんうんと何度も頷いている。
「アギト君と出会えたのは運命……フフッ、恋する乙女でもなかなか言わない台詞ヨ」
「だ、だって本当にそう思ったんだもん……」
「まー、ユエリアの境遇考えたラそう思っちゃうのも仕方ないカナー」
ユイさんに私の恥ずかしい言葉を掘り返される。あの時は全部吐き出そうと思って、普通なら胸の内にしまっておくようなものを全て打ち明けてしまった。しかも、あの時の私が言ったことに嘘がないことは誰が見ても明らかだ。
「師匠が言ってたネ。年頃の女の子が集まったらダイタイ恋バナする。ユエリアの恋バナ、すごく面白そうネ」
「お、おちょくらないでください!」
「で、好きなの?」
「そ、それは……」
孤独の中にいた私の人生で突然現れたヒーロー。それがアギト君だ。優しくて、私を諦めないって言ってくれて、弱い私の寄る辺になってくれた。
好きか嫌いか、そう聞かれたら絶対に好きだって答える。でも、それが友達としてなのか、恋愛としてなのか。
私が酷い事を言われた時に守ってくれた。私が諦めようとした時は前に進む勇気をくれた。それでも怖いと思った時は優しく手を握ってくれた。……そんな彼の助けになりたいと思った。ずっと隣にいたいと思った。この気持ちの理由はきっと、そういうことだ。
「好き……なんだと思います」
「オォ……これが本物の恋バナ、恋する乙女……眩しいネ……」
自分の中の彼への感情は、感謝だけでなく恋もあると認識できた私は、なんだかホッと心が落ち着いて自然と笑顔が漏れた。そんな私を見てユイさんは両手で口元を押さえて感激していた。
「でも、今はとにかく強くならないと。強くないとここに居られないし、アギト君の力にもなれないから」
「ウーン……強くなるか恋するかどっちか選ぶんじゃなくて、どっちも欲張っていいと思うヨ」
「え、そうですかね。私って全然戦えないから集中したほうがいいと思うんですけど」
「なんというカ……ユエリアはそっちの方が強くなれる思うネ」
恋も戦いもどっちも欲張る。私にそんな事ができるのか。アギト君は強くなる事に全力を尽くしてここにいる。それなのに私がそれ以外のことをして、アギト君を支えられるくらい強くなれるのだろうか。
「……考えておきます」
「ソ、まぁゆっくり考えたらいいネ」
ユイさんはもう一つリンゴを手に取って一口食べた。急に恋バナをしたのはもしかして距離を縮めようとしてくれたのかな。私のこともおあいこだからって許してくれたし、入れ替え戦を仕掛けてきた時は少し苦手だって思ったけど、本当は優しい人なんだと思った。
「そろそろ行きますね」
「うん。明日にはそっちに合流できるから待っててネ」
「はい。とりあえず今はお大事に」
ユイさんとの話も一区切りついたし、そろそろ医務室を出ようと立ち上がる。手を振って見送ってくれたユイさんに手を振りかえしてから扉を閉めた。
「少しずつ、一歩ずつ頑張ろう」
アギト君に受け入れてもらえて、前に進む勇気をもらえた。すぐには変われないけど、今は一歩ずつ確実に前に進んでいこう。そう思い直した私は、入れ替え戦と私のゴタゴタで後回しになっていた授業に向かった。
○○○
入れ替え戦の後の授業が終わり、夕食を食べるために俺とアギトは食堂に来ていた。ユエリアは用事があると言ってどこかに行ってしまった。多分もう一回ユイさんのお見舞いに行ったのだと思う。
入れ替え戦の結果を整理すると、アギトがゼノンに負けて6位になり、その後繰り上がりで5位になったユエリアに8位のユイさんが勝ったから、ユイさんが5位、ユエリアが8位になった。
つまりあの女の思い通りになってしまったわけだが、紆余曲折あってユエリアの悩みが晴れたのは良かったと思う。そんな事を考えながら、最下位の俺は貧相な夕食を受け取った。
「小盛りのごはんに漬物……本当に最低限の飯だな……」
「それが最下位ってやつだ。ほら、こいつやるから元気出せ」
そう言いながらアギトはハンバーグを八分の一くらい切り分けて俺のご飯に乗せた。本当にこういう所だよな、このヒーローは。
「サンキューヒーロー」
「だからその呼び方やめろって」
アギトはこの呼び方をあまり気に入ってないらしい。俺からしたらこれしかないと思うくらい似合っているのに。食べ物を分け与えるのはヒーローの証だと誰かが言っていたし。
「今日くらい素直に受け取れよ。あの状態のユエリアを引き止めた。間違いなくお前はヒーローだよ」
「別に俺はやるべき事をやっただけだ。あれがユエリアじゃなくて赤の他人だったら助けてない。ヒーローってのは、見ず知らずの人間も助けるような奴を言うんだよ」
「なんだよ、頑なだな」
「柄じゃないんだよ」
確かに、こいつは属性欠如者でありながら世界で一番の魔法使いになるっていう夢を全てを賭けて叶えようとする男だ。ヒーローっていうより夢狂いの狂人だ。しかし、ユエリアを救ったというのは事実だ。まぁ無理矢理ヒーローの称号を押し付けるつもりはないけど。
「……というかお前、よくあんな事言えるよな」
「あ? 何のことだよ」
「いやユエリアを説得するためとはいえ、あんな事言う勇気なかなか無いぞ」
『君の秘密を知ってもこの想いは変わらない』とか、『ユエリアはここで出会った大切な友達だ。だから俺は君を諦めたくない。だから、自分を諦めないでくれ』とか、『だったら、自分が信じられないなら、俺を信じてくれ。俺は絶対に君を諦めない』とか、とにかく少年漫画の主人公みたいなセリフを恥ずかしげもなく言ってのけた。モニター室で見てたけど、見てるこっちが恥ずかしくなった。
「何だお前。そんな派手な髪色しててコミュ障なのか」
「これは地毛だ。いや、コミュ障とかそういうのじゃなくてさ……」
「俺は思った事を言っただけだぞ」
まるで自分がやったことはなんでもないかのようにアギトはそう言った。食べ進める箸のスピードが変わらないあたり、ガチの反応みたいだ。
「……そういう事なのかもな」
特別な人間は特別を特別と思わないのだろう。自分の特別を鼻にかけないどころか、気付いてすらいないヒーローを見てそう思った。
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