第25話 ユエリアの第一歩

 アギト君に連れられて、みんなが待ってるという観戦部屋まで歩いていく。アギト君のおかげで変わるために頑張ろうと思ったけど、あの部屋で待っているみんながどんな反応をするのかが怖いという気持ちは消えなかった。もし拒絶されたら、いや、そうなっても仕方ない。ここから変わっていくんだ。


「ユエリア? どうした?」

「え、あ……」


 人はすぐには変われないみたいだ。観戦部屋の入り口の近くに来た私は無意識のうちに足を止めてしまっていた。


「ご、ごめん。すぐ行く」


 すでに入口の前に立っているアギト君に追いつこうとするけど、足がすくんで動かない。前に進むべきだと頭では思っているのに、臆病な心がこれ以上前に行きたくないと拒絶する。


「ほら、行くぞ」


 そんな私にアギト君は手を差し出した。意味を理解できなかった私は困惑した顔で彼を見ると、さらにグッと手を近づけてアピールした。それでようやく意味を理解した私は、躊躇いながら彼の手に触れた。すると彼は離れないように強く、でも痛くないように優しく私の手を握った。


「大丈夫だ」


 私の不安を機敏に察知して、アギト君は私を安心させてくれた。彼が一歩踏み出すと、自然と私は同じように前に踏み出せた。さっきまで全然足が動いてくれなかったのに、本当にアギト君はすごいな。


 そしてアギト君と一緒に入り口に立ち、パネルをタッチして扉を開けた。この向こうにいるみんなはどんな顔をしているのか、覚悟してても漏れ出してしまった恐怖を誤魔化すため、アギト君の手をぎゅっと強く握った。


「あ! お帰りユエリアちゃん!」


 扉が開くと同時に、パームちゃんの元気な声が私を出迎えた。小柄な彼女は勢いよく走りだして、私に抱き着いた。


「ここで全部見てたよ! 私もアギト君と同じだよ! ユエリアちゃんと一緒に頑張りたい!」


 年下のキラキラした少女の純粋な瞳は、その言葉がその場限りにものでないと証明していた。彼女の言葉か私が抱いていた警戒を解く。


「俺もだよ。ユエリアの事を聞いたときはびっくりしたけどさ、だからってお前を避けようとか思わねぇよ」


 パームちゃんに続いて今度はディーゼル君が来てくれてた。私を拒絶しようなんてつもりはないみたいで、私を受け入れてくれたかのような柔らかい表情をしていた。


「ボクはたとえどんな存在であろうと、レディを泣かせるようなことはしないよ。ボクの美学に反するからね」


 観戦部屋とか食堂でたまに見かけた、多分上位組の背の高い人が綺麗な長髪の手入れをしながらそう言った。


「俺の闇属性魔法も差別されてきた。体質とか生まれとかで今更とやかくは言うつもりはない。ただ、ここに残るなら戦う覚悟を決めろ。足を引っ張るようなら置いていくぞ」

「ゼノンさん……」


 アギト君に勝った強い人。アギト君との入れ替え戦を組む時に怖かった印象があったけど、私が強いかどうか以外は興味なさそうな態度は一周回って安心できた。


「南雲さんとエリィさんはどうしたんだ?」

「エリィさんが部屋に帰って、話しつけてくるって南雲さんが追いかけってったよ。まぁ、あの二人もゼノンと同じだよ。強ければ何でもいいって」


 アギト君がここに居ない二人について聞くと、ディーゼル君が教えてくれた。


「だそうだ。ここに体質がどうとか生まれがどうとか言うような奴はいない。求められるのはこの魔法界をひっくり返すような強さだけだ。わかりやすいだろ?」


 アギト君はそう言って笑った。私がずっと悩んでいたことは、ここでは考えなくていい。強さという、残酷だけど平等な指標がこの学園ではすべてなのだ。その単純な構造が分かった私は、もうごちゃごちゃ考える必要はないと改めて一つの覚悟が決まった。


「うん、強くなってみせるよ」


 私のためにも、みんなのためにも。そして何よりアギト君のためにも。この学園にいるみんなの最終目標、ルナシェルマン杯の優勝。アギト君の夢のためにもそれは必要だと思う。私が強くなれば優勝の助けになれる。


 そう思うと、強くなろうという意思が更に固くなった気がした。強くなってアギト君と一緒にルナシェルマン杯を優勝する。目標が明確になった私は進むべき道を見据えて、この学園の中で生きていく決意をした。


 〇〇〇


 コンコンと扉をノックする。医務室は他の場所と違って、まるで本物の病院みたいに白い壁で作られていて安心感みたいなものがある場所になっている。


「だれ?」


 扉の向こうからユイさんの声が聞こえてきた。


「ゆ、ユエリアです」


 緊張しながら名前を言うと、私が何かする前に目の前の扉が開いた。そして目に映ったのは、ピンクの病衣を着たユイさんだった。


「お見舞いに来てくれたのカ?」


 どうやら向こうから扉を開けて私を出迎えてくれたみたいだ。顔色と平気で立っているのを見るに、アギト君たちが言っていたように大した怪我ではなかったみたい。それにほんの少しだけ安堵した。


「そんなところかな……」

「ソ、なら遠慮なく入るネ」


 そう言ってユイさんはさっきまで寝ていたであろうベッドに腰掛けた。私も彼女に誘われるまま中に入り、扉を閉めてユイさんの近くに寄った。


「長い話するナラそこに座るネ」

「あ、いえ、気を使ってもらわなくても大丈夫です」

「話す時はちゃんと視線を合わせる。信頼するにはそれ大事ネ。それとも、やましいことアルの?」

「あ、いや、ないです。座ります」

「それでよろし」


 ユイさんの美学に沿ってベッドの近くにある椅子に座り、目の前の彼女と視線を合わせた。


「で、ナニネ?」

「その、えっと……今日のこと、本当にごめんなさい」


 ユイさんに頭を下げて、心の底からの謝罪をする。学園長とアギト君たちが対処してくれなかったらユイさんを殺していたかも知れない。謝っても許されない事だ。でも、謝らないわけにはいかなかった。


「私が体質を秘密にしてたせいでユイさんに怪我をさせた。それどころか、もしかしたらユイさんが死んでたかも知れない。私の勝手な都合で迷惑をかけてしまった。本当にごめんなさい」


 しばらくの間、ユイさんからの反応はなかった。頭を下げているから彼女の顔が見えない。怒っているかな、軽蔑してるかな、そんな不安が溜まるけど、私がした事を考えたら仕方がない。そう思っていたら、ユイさんが私の肩に触れた。


「顔上げるネ」


 ユイさんの言葉に従って顔を上げる。そこで見えた彼女の顔は柔らかいものではなかった。でも、怒りも軽蔑もない。ただ冷静に私を見つめていた。


「ここでユエリアとアギトの話聞いてたネ。ユエリアの話聞いて、私は自分のために人の大切なものを踏み躙ったって分かった。さっきユエリアは自分の勝手な都合って言ってたケド、それは私も同じネ」


 よく見てみるとベッドの向こう側に小さなモニターがあり、そこで私とアギト君を見たんだなと理解した。


「確かにユエリアが秘密にしてたノハ悪かったネ。デモ、私もユエリアをわざと挑発して勝負に乗せた。ユエリアが嫌がるコト言って怒らせた。だから、おあいこ。そんなに気にするないネ」


 ユイさんのあまりにも冷静な言葉。死にかけたのにあっさりと許してしまうその姿は、アギト君のような優しさとはまた違ったものが裏にあるように見えた。


「で、でも、私はユイさんを……」

「だいじょぶ。慣れてるカラ」

「えっ……?」


 人の生き死にに慣れている。そんな言葉を聞いて驚きの声が漏れる。そんな私を見てユイさんは笑い、天井を見上げて目を閉じた。


「……私の住んでたとこは酷いとこだったネ。騙しも殺しも当たり前。悪いことやらないと食べていけなかったし、そうやって食べれるものは全然おいしくなかった」


 ユイさんが語る最悪の治安。そしてユイさんが東部の出身だという事を思い出し、確か東部ではそういったスラム街が多いという事も思い出した。


「親の顔は知らない。私に武術を叩き込んだ師匠が私を育てたネ。私を産んだ親は私を売ったノカ捨てたノカ、師匠は教えてくれなかった」


 私じゃ想像できないくらいの壮絶な過去。でも、彼女が死に対する冷静さを持つ事に納得できる。


「そんな生活を変えたかった。ここで勝って認められて、幸せを手に入れる。そのために私はこの学園に来た。他のみんなからしたらしょぼい夢だと思うケドね」


 病衣を着ていて、私の攻撃で出血して血が足りていないのか顔の赤みが薄くなっているせいか、自分の過去を語るユイさんが儚く見えた。


「そんな事ないです。本気で望んでるなら、夢の優劣なんて無いですよ。それに、私もユイさんと同じで誰かに認めてもらって幸せになるためにここに来ました。ユイさんが自分を卑下する必要はないです」


 ついさっきまで逃げ続けてきた私の言葉に説得力なんてないかも知れない。でも、ずっと不幸の中にいたユイさんがささやかな幸せを願う気持ちはよく分かる。だから、前を向いてもらいたかった。


「……ふふっ、ユエリアは優しいって言ってたアギトの気持ち、チョット分かったカモ」


 私の言葉でユイさんは明るく笑ってくれた。それ見て、私も誰かの助けになれるんだ、受け入れてもらえるんだって、自分を肯定できるようになった気がした。

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