第24話 あなたと共に

 私は向き合っていたつもりでいたけど、本当は逃げ続けてただけだった。


「ただ普通に生きていたかっただけなの! でも、私の体質が、生まれが、そんな事すら許してくれない! 生まれた時から持ってたものが私から普通を奪った!」


 私のことは学園長から聞いたってアギト君は言っていた。でも、私の境遇を聞いても私が思っていた事は分からない。だから、アギト君に全部伝えようと思った。全部受け止めるって言ってくれたから。


「私は何もしてないのに、体質のせいでみんなが離れていく! 怒らせたり悲しませたりしたら死ぬ。そんな奴となんて関わりたくない。そう思うのはわかるよ。でも、私は何もしてないのに、私は傷付けるつもりはないのに、私は何にも悪くないのに、なんで独りにならなきゃいけないの!」


 理不尽に与えられた孤独に何度も怒った。でも、周囲からの扱いは悪意からくるものじゃない。ただ普通に生きていたい。私と同じ想いから、普通じゃない私を排斥した。


 相手の考えもわかるから、私は誰も責められない。やり場のない怒りを持て余すばかりで、誤魔化すように孤独の中で閉じこもった。


「体質のことは関係ない、そう言ってくれた子もいたよ。大切な友達だった。でも、次は私の生まれがようやく手に入れられた普通を奪った!」


 私が怒鳴り散らす間、ずっと魔力が溢れて無数の刃が射出され続けている。刃の弾幕をアギト君は無効化しながら私の話を聞いてくれている。


「エルフ、そうやって線引きされた。私もその子と同じ人間の血が半分流れてるのに、エルフの血が混じってるからってエルフだって、自分とは別の存在だって言われたみたいで嫌だった! 私は私なのに、みんなと同じ場所で生きているのに、普通に生きてたら言われないような言葉で線引きされて、私は普通じゃないって言われてるみたいで辛かった!」


 リリーちゃんに悪意はない。叶うことならまた仲良くしたいとも思ってる。でも、私は彼女を傷付けてしまった。体質は関係ないって言ってくれたけど、いざ自分が被害に遭ったら嫌いになるに決まってる。


「エルフの森に行ったら、私は今度は人間だって、欠陥品だって、穢らわしい合いの子だって、みんなから拒絶された! 誰も私を私として見てくれない! エルフとか人間とかそんなの関係なく私を見て欲しかった! 無理だってわかってるけど、私の事をぜんぶぜんぶ理解して欲しかった!」


 エルフの森で投げかけられた言葉は、どこにいた時よりも辛かった。純血主義の思想が強いエルフの森では、私は排斥すべき異物だったから。


 体質が私から普通の人生を奪った。生まれが私からという存在を奪った。何もかも奪われて、まともに自分として生きてこられなかった。


「何度も何度も諦めようかと思った。人と関わって傷付くくらいなら、一人で生きていく方がマシだって何度も自分を納得させようとした。でも、諦められなかった! 人の輪の中に入って、誰かと笑い合いたかった!」


 私がこの学園に来たのは一人が嫌だったから。でも、私には変わろうとする気概がなかった。都合の悪い事を全部隠したら、普通に生きられるんじゃないか。


 隠し通せるわけないのに、そんな現実から目を逸らして自分に都合がいい環境を求めた。そんな私の前に、アギト君が現れた。


「だから、アギト君と出会えたのは運命だって思った。偶然出会って道案内してくれて、ここで再会して、ディーゼル君に酷い事言われた時は守ってくれた。ずっと孤独の中にいた私にとって、アギト君はヒーローだった」


 アギト君と一緒に居た数日は本当に幸せだった。ずっとアギト君の隣に居たいって思うほどに。


「でも、全部終わったの。アギト君も、他のみんなも、私の事を知っちゃったから。もう前みたいには戻れない。だからもう……私は……」


 自分の本音を吐き出すうちに、自分から溢れる魔力が減っていった。我慢せずに吐き出したおかげか、感情の揺らぎがおさまってきた。


 そして激情の代わりに、目から涙がこぼれ落ちた。嗚咽してその場に崩れ落ちる私に、いつの間にか目の前まで近付いて来ていたアギト君の手が触れた。


「ユエリアの考えてたこと、よく分かったよ。教えてくれてありがとな」


 アギト君が私の右手をとって両手で優しく包み込む。彼の手が熱いくらいの温度を持っていたのは、きっと無効化しきれなかった私の刃を避けるために動き回ったから。


 目と鼻の先にいる彼から聞こえてくる激しい心臓の音がそれを裏打ちする。


「……ユエリアが抱えてる事、全ては理解できない。ごめん。でも、無責任に分かるよって嘘は言いたくないんだ」

「うん、わかってる……アギト君と私は違うもんね」


 どんなにアギト君が優しくても、私の心を完全に理解することはできない。私とアギト君は見てきたものが違うから。


「ユエリアには悲しいことがたくさんあって、絶望しちまうのも理解できる。でもさ、周りのことも全部決めつけて一人で勝手に諦めないでくれよ」

「だって、みんなそうだったから」

「そのみんなと俺は違うだろ!」


 真剣な目でアギト君はそう訴えた。大声の内側にあった感情は、怒りというより悲しみが近いように思った。


「俺はユエリアが優しい人だって知ってる。俺に夕食を分けてくれたし、ひでぇ事言ったディーゼルだって当たり前みたいに許した。そんなユエリアだから、力になってやりたいって思ったんだ。君の秘密を知ってもこの想いは変わらない」


 彼のその言葉は、すべて本心だと直感した。だって、あまりにも視線が真っ直ぐで、彼の言葉は体質とか生まれとか関係なく私を見てくれていたから。


「ユエリアはここで出会った大切な友達だ。だから俺は君を諦めたくない。だから、自分を諦めないでくれ」

「でも、私なんかが……」


 人はすぐには変われない。私はアギト君みたいに強くない。都合の悪いことから逃げ続けてきた心が弱い奴だ。だから、体質のことがバレた瞬間に全てを諦めたんだ。私はもう、私を信じられない。


「だったら、自分が信じられないなら、俺を信じてくれ。俺は絶対に君を諦めない」


 弱くてどうしようもない私に、優しい彼は代案を提示してくれた。こんなどうしようもないくらい弱くて、体質とか生まれとか面倒くさい私を大切な友達だって言ってくれた。


 逃げ続けてきた私の前に突然現れたヒーロー。属性欠如者という枷をかけられても諦めずに夢を真っ直ぐ追いかける、逃げ続けた私にとっては眩しすぎる同い年の男の子。


 そんな彼なら信じられる気がした。


「いいの……? 私はアギト君みたいに強くない。ここに居るみんなみたいに自分から変わろうと思えなかった。こんな私でも変われるって、アギト君は信じてくれるの……?」

「あぁ、ユエリアなら変われる。もし躓きそうになっても俺が支える。だから、ここに残って一緒に強くなろう」


 私は変われる。ただ自分に都合がいい場所を求める弱い自分じゃなくて、自分が求める自分を目指す強い自分に。


 アギト君の言葉で私は初めて逃げる事をやめようと思えた。自分の問題と向き合う勇気が湧いてきた。ずっと弱気で後ろ向きだった私は、目の前のヒーローを信じる事で初めて前を向けた。


「ありがとうアギト君。私、頑張ってみるよ」


 今度は誤魔化すための貼り付けた笑顔じゃない。秘密がバレないように怯えながら過ごした日々の中の笑顔でもない。変わろうと覚悟を決めて前向きになった私は、ここで初めて心の底から笑顔になれた。


「あぁ、一緒に頑張ろうな」


 そしてアギト君は同じように笑い返してくれた。いろんなものを曝け出しても、アギト君はこうやって笑いかけてくれる。生まれて初めて、本当の意味で受け入れられたと思えた。


 ありがとう。私のヒーロー。

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