第23話 私を見る目
アギト君がこの部屋に踏み込むと、一斉に明かりがついた。広い部屋の壁には無数の切り傷が付いていて、自分の暴走がどれほどのものだったか見せつけられた。
「ごめんね、アギト君。いろいろ迷惑かけちゃったね」
アギト君がここに来た理由は分かっている。この学園に入学するにあたって学園長とした約束。私の体質のことはみんなには内緒にする代わりに、もし体質のことが露見したら私の処遇は他の生徒が決定する。つまり、この二番棟の私以外の9人が私を追い出すかどうか決める。
結果は知らされなくてもわかっている。こんな危険な体質を持つ私を置いてくれるわけない。アギト君とディーゼル君はもしかしたら庇ってくれるかもしれないけど、他のみんなは追い出そうとするに決まっている。
「もう落ち着いたから心配しなくていいよ」
ずっと一人でいたからもう魔力が溢れることはない。あの時はユイさんとの戦闘の痛みで死を意識してしまったせいで魔力が溢れ、それでユイさんを傷付けてしまって冷静さを失ってしまった。しかも自分の体質のことがバレてしまい、一番知られたくない人がすぐに駆け付けたからまともじゃいられなかった。体質のことがバレた以上、何を言っても無駄なのに言い訳をしようとしてしまった。
「言われなくても、私はもうこの学園を出ていくから安心して」
アギト君と居た時間が幸せだったせいで、ユイさんを殺しかけてなおこの場所にしがみつこうとした。こんな危険な奴を受け入れてくれるはずないのに。
「短い時間だったけど、アギト君と一緒に居られて楽しかったよ。ありがとう」
自分の事だけ考えてみんなに迷惑をかけてしまったことは分かってる。でも、アギト君に会えて良かったって気持ちに嘘はつけない。
「でももう私のことなんか忘れて、アギト君はアギト君の道を進んで。応援してる。……さようなら」
アギト君は優しいから、私の自業自得であっても同情してしまうかもしれない。万が一でもそんな事になるのは嫌だった。私なんかが純粋に夢に向かって進もうとしてる彼の邪魔をしていいはずがない。だから、笑顔を張り付けてアギト君に私なんか忘れるよう頼んだ。
アギト君は黙って私の話を聞いてくれた。彼とまともに目を合わせられなくて、彼の表情が分からず何を考えているのか分からない。でも何も言わないということは、私の憶測はちゃんと合っていたということだ。このまま出口に向かって歩いていく。学園長に家に帰ることになったことを話さないと。
「ユエリア」
あと一歩で出口だというところで、アギト君が私を呼び止めた。なんで。もう諦めるしかないのに、変に期待させないでよ。アギト君の優しさが今は辛いの。もうこれ以上私は自分に期待してない。最後だと思った挑戦は終わったんだから、もう私に構わないでよ。
でも、もう諦めるつもりだったのに、ここで無視してもよかったのに、私は振り向いてしまった。そして、私は彼と目を合わせてしまった。怖かった。体質のことがバレて、私を見る目が変わってるんじゃないか。私が通っていた学校のみんなみたいに私を腫れもののように扱うんじゃないかと。
「やっと見てくれた」
彼は以前と変わらない目を私に向けてくれていた。出会った時と変わらない私に手を差し伸べてくれた優しい彼、友達になって知った真っすぐ夢を追いかけるカッコイイ彼がそこに居た。
「ユエリア、出ていくとか、忘れて欲しいとか、自分で勝手に決めて一方的に話すなよ。ユエリアがどう考えるかは自由だけどさ、こっちの話も聞かず逃げようとすんな」
「……逃げようなんて」
「逃げてるだろ」
アギト君の言葉で胸がキュッと締め付けられる。アギト君は私を守ってくれていたから、正面から言葉をぶつけられるのは初めてだった。
「ユエリアのことは学園長から聞いた」
「……ならほっといてよ。私の体質のことも、エルフと人間のハーフってことも知ってるなら、踏み込んでこないでよ」
これ以上何も言って欲しくなかった。全部のことを知ってなお、私を見る目を変えないでいてくれた。この学園で私の友達になってくれた。もうそれだけで十分だから。
私とこれ以上関わって、リリーちゃんみたいに私のことを理解してくれてない部分を見たくない。私のことを全部理解してなんて無理だって、私のわがままだって分かってる。だからせめてここで終わらせて、私の思い出の中で優しい友達のままでいてよ。
「そうやって逃げてたら何も変わらないぞ」
「変えようとしたよ! 変わるためにここに来たの!」
「変わるため? 違うだろ。お前は都合の悪いもんを隠したままここに来た。自分が変わるためじゃなく、なにも考えず逃げたまま生きられる都合がいい場所を探して」
「違う!」
やめて。いやだ。アギト君にそんなこと言われたくない。私を友達だって言ってくれた、やさしいアギト君でいてよ。そんな冷たい目でお前なんて呼ばないで。優しい目でユエリアって呼んでよ。
アギト君の言葉を拒絶したくて感情が昂る。そしてそれは、私にとっての最悪を意味する。私の体質で増加した魔力が許容量を超え、刃となってアギト君に襲い掛かった。
「あっ……!」
溢れた刃は私の制御できるものじゃない。またやってしまった。また大切な友達を傷付けてしまう。伸ばした手は空をきって、涙が零れそうになる。しかし次の瞬間、私から溢れた刃は消え失せた。
「術式は分かり切ってる。ユエリア、我慢するな。俺なら全部受け止められる」
あの刃は私の体質であふれた魔力に斬撃の術式が組み込まれたものに過ぎない。アギト君なら簡単に無効化できる。
全部受け止める。その言葉を聞いて、彼の行動の意味を理解した。アギト君は私と喧嘩するつもりなんだ。ずっと自分を押し殺してきた私に全部吐き出させるために。
改めてアギト君の目を見る。冷たいと思っていた彼の目は、私と向き合うための真剣な目だった。都合が悪いことから逃げているなんて図星をつかれていたせいで勘違いしていたんだ。
そんな彼の姿を見て、私は開き直ることに決めた。体質の事とか、この後の事とかもうどうでもいい。今はただ、全部吐き出そう。
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