第22話 線引き

 暗い部屋で一人うずくまる。広すぎるこの空間は私の中の寂しさをさらに増長させる。


「……久しぶりだな、こういうの」


 誰もいない場所で一人閉じこもる。この学園に来る前の私はいつもこうだった。誰にも自分を曝け出せなくて、そんな現状を変えることなんてできなくて、ただ誰かに傷付けられることはない孤独に逃げていた。


 ぐっと膝を強く抱いて顔を押し付ける。涙が滲み出して膝を濡らし、ズズっと鼻水をすする。濡れるのはまだいいけど、鼻水が付くのは避けたいし、垂らしてしまうと顔を上げた自分が不細工になる。


 なんて、誰にも見られることもない顔を気にして何になるのか。そうやって自分に問いかけてまず浮かんできたのは、この学園で私に優しくしてくれた彼の顔だった。


「アギトくん……」


 ロマンチスト過ぎるかもしれない。でも、困っている私に道案内をしてくれた彼と再会したのは運命だと思った。そして、彼は私を心無い言葉から守ってくれた。それだけじゃなく、そんな言葉を投げかけてきたディーゼルくんとも友達になれた。


 ヒーロー。ディーゼルくんは冗談めかしてアギトくんをそう呼んでるだろうけど、私にとってアギトくんは本物のヒーローだった。アギトくんのおかげで孤独の中にいた私はみんなの輪の中に入ることができた。


 だから、アギトくんを利用してるだなんて誰にも思われたくなかった。私を乗せるための挑発だと分かっていても、状況だけ見ればユイさんの言う通りだった。だから、そんな小さな疑いも潰したかった。


 その結果がこれだ。私が弱かったせいでユイさんに怪我をさせて、アギトくん達を危険に晒した。それだけじゃなく、多分私の体質も全部バレた。エルフと人間のハーフだってこともバレたのかな。学園長がどこまで説明しているか。一人でここに座り込んでいる私には知る由もない。


 怖い。私の秘密を知ったみんなの目が変わるのが。感情の昂りによる魔力増加が私の許容量を超えればみんなを傷付けてしまう。普通に生活していればそんな事は起きないけど、万が一があるような奴と知られたら、前と同じようになんていくわけない。


『あぁ……うん、そうだね……』

『ご、ごめん。親がもうユエリアと遊んじゃダメだって……』


 腫れ物を扱うように、自分に火の粉が降りかからぬように、私から距離をとる。誰も私と目を合わせようとしない。私とみんなとの間に明確に線を引かれて、私がその線を飛び越えることも、誰かが飛び越えて来てくれる事もなかった。


『近寄らないで』


 はっきりと拒絶されたこともあった。私は何もしてないのに、私が生まれた時から持ってた体質を理由に私を嫌った。


 それでも一人は嫌だった。誰かと繋がっていたくて、誰かの隣で笑っていたくて、私の居場所を探してもがいた。その結果、また傷が増えるとも知らずに。


『おはよう! ユエリアちゃん!』


 10歳の時、お父さんの都合で引っ越して転校したことがあった。その学校でも安全のために私の体質は説明されて、前の学校と同じようにクラスメイトに避けられるようになった。でも、一人だけ友達になってくれた子がいた。名前はリリー。活発でよく笑う女の子だった。


 私と一緒にいるからという理由で他の子から避けられるようになっても、彼女は私の友達で居てくれた。


『全然怖くなんかないよ! だって、ユエリアちゃんがすっごく優しい子だって知ってるから』


 笑顔でそう言ってくれたことが本当に嬉しくて、この子となら本当の友達になれる気がした。あの日までは。


 何でもない、11歳の冬の日だった。自分の進路を決めるために全国模試の結果が帰ってきた時だった。座学と魔法の実技と筆記の三つテスト、その全てで私はトップクラスの点数を取った。窓側にある自分の席で結果が書かれた紙を見ながら、たくさん勉強した甲斐があったなと思った。そしたらリリーちゃんがやって来た。


『あー! こんな成績、お母さんに怒られちゃうよー!』


 リリーちゃんはそう言って私の机の上に身体を乗っけると、紙を開いて結果を見せてきた。魔法の実技は平均以上だけど、座学と魔法の筆記テストの点数は怒られても仕方ないくらい酷いものだった。


 親に怒られるのが嫌で騒ぐ彼女に苦笑しつつ、次にいい点数を取れば大丈夫だと彼女の頭を撫でて宥めた。


『ユエリアちゃんはどうだった?』


 少し落ち着いた彼女が顔を上げてそう聞いてきたので、私は自分の結果を見せた。


『すごっ!? これだけ優秀だったら将来安泰だね』


 私の点数を見て驚きのあまり立ち上がりながら、屈託のない笑顔で褒めてくれた。親以外でこう言ってくれるのはリリーちゃんくらいだから本当に嬉しかった。ここまでは。


『さすがエルフ!』


 その言葉は間違いなく私を褒める意図で使われたものだ。でも、その言葉で私の心は不意に背後から刺されたみたいに痛んだ。そして、その痛みは最悪の形で噴出した。


 ブシャッ、私の目の前に立っていた彼女の体が裂けて、切り口から溢れ出した鮮血が私の顔を赤く染めた。彼女の言葉でショックを受けたことで溢れ出した刃が、彼女の体を袈裟斬りにしたのだ。


 リリーちゃんは何が起きたか理解する間もなく、血を流しながらその場に倒れた。


 私の唯一の友達を傷付けてしまったという後悔と自責の念、このままでは彼女は死んでしまうかもしれないという焦りが私の中を渦巻く魔力を膨張させていくのを感じた。


 このままではまずい。そう直感した私は、この教室が三階にあるのにもかかわらず窓を開けて身を投げた。私が死ねばこれ以上誰も傷付けずに済むから。


 次に目を覚ましたのは病室のベッドの上だった。状況を理解するよりはやく、すぐ近くにいたお母さんが私を泣きながら抱きしめた。後からお医者さんから聞いた話によると、身投げして重傷を負ったものの、そのショックで気を失ったことで魔力の暴走は起きずに済んだらしい。


 リリーちゃんは出血量は多かったけど、傷は浅かったから跡も残らず治すことができるとのことだ。私が目を覚ます前にここに来たらしいけど、そのとき何をしたかお医者さんが言おうとしたのを遮った。何を言われるか怖くて聞けなかった。体質が原因だったから停学で済んだみたいで、怪我が治って退院するころには復学できると言われたけど、私は別の学校に行くことにした。


 そして次の学校は、両親に頼み込んで私が選んだところにしてもらった。私が選んだのはエルフの森にある学校だ。


 病院のベッドに一人でいた時に、あの時に魔力があふれた理由を考えた。そして、私の心が痛んだ原因を理解した。エルフ、そうやって種族で線引きされたからだ。あの時のリリーちゃんに悪意なんてない。でも、どうしても考えてしまった。私を私としてじゃなく、エルフとして見ていたのかって。


 繊細過ぎるかも知れない、気にし過ぎなのかもしれない。でも、私が純粋な人間なら決して言われない言葉からは明確な線引きを感じてしまった。だから、私はエルフとして生きようと思った。


 人からエルフとして見られるなら、エルフの森でなら私は私として生きられる。そんな単純な思考で、私は更なる地獄へ足を踏み入れた。


『穢らわしい』

『消えろよ。欠陥品の合いの子が』


 初日だった。初めて学校に来た日に、そのエルフの里の族長の息子とその取り巻きに呼び出されてそう吐き捨てられた。どういうことか理解できなくて質問をするけど、彼らは私がまるで存在しないかのように扱って無視を続けた。


 殴る蹴るなんて暴力は無かった。だって、私は穢らわしい混血児だから。汚物に触れようなんて誰も思わない。


 欠陥品。多分、私の体質のことを言っているんだと思う。完璧な存在であるエルフの体には障害なんてない。純血のエルフたちからすれば、混血で障害を持つ私はエルフだなんて認められるわけがない。


 エルフと人間の間に生まれた私は、人にもエルフにもなれなかった。


 自分が何者か分からなくなり、行き場所も失った私は自分の部屋に閉じこもって蹲っていた。そんな時、学園長がやって来た。最初は両親が反対していたけど、彼の話を聞いて一縷の望みをかけてここに来た。


 私みたいに世界から見捨てられた人が集まるこの学園で、ゼロから始めれば私が私でいられる場所ができるかもしれない。だから、エルフと人のハーフであることも、私の体質のことも秘密にした。


 でも、最後にはこれだ。結局私は一人になる。


 みんなから線引きされて、線の外の誰もいない場所で孤独感に苛まれる。何をやっても、それが私なんだ。


「ユエリア」


 名前を呼ばれて顔を上げる。顔を上げた先には、険しい顔をしたアギトくんが廊下から差し込む光を背にして立っていた。


 なんで彼があんな顔をしているか、なんとなく理解する。ここでも何も変わらなかった。そうやって諦めた私は大人しく立ち上がった。


───────────

⚪︎久々のあとがき解説

今回のユエリアの回想で出てきたエルフの森について少し解説します。この世界では人間以外にもエルフなどの異種族が存在します。しかし人間と比べて異種族は数が少なく、エルフはその中でもかなり数が少ない。そんな少数民族のエルフは団結して種族としての力を保つため、エルフの森に固まって暮らします。

各地にエルフの森が点々と存在しており、一つの森に対して100人ほどのエルフが住んでいます。ちなみにユエリアの両親は父がエルフで母が人間です。父が閉鎖感のある森を出て街で働いていたところで母に出会いました。


それでは、次回もお楽しみに。

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