第21話 思惑
あの会議から三十分後、アギトとディーゼルはユエリアがいるあの白い部屋に向かっていた。
「……あの作戦を本当にやるつもりなのか?」
「あぁ」
ディーゼルは心配そうな顔をしてアギトの後ろを歩いている。多少魔力は回復したが、万全の状態とは程遠い。今の不安定なユエリアは何をしでかすか分からない危険な存在だ。そんな彼女の前にアギトを送り出すのは不安だった。
「ユエリアの才能は本物だ。この学園に留まれば全体のレベルアップに繋がるっていうのは理解できる。でも、そのためだけに命を賭けるっていうのは……」
「別にそれだけじゃねぇよ」
アギトが足を止めて振り返る。
「あいつらの前で言ったことも本当だ。でも、ただユエリアを助けてやりたいっていうのが本音に近いな」
その顔は戦いに身を投じる戦士の顔ではなく、ユエリアの前で見せていた優しい少年の顔だった。
「お前も聞いただろ、ユエリアの声をさ」
「……あぁ、そうだな」
縋り付くように、絞り出すように発した「仲間はずれにしないで」という言葉。アギトとディーゼルもただ強くなるためにこの学園にいるが、あの声を聞いて見捨てようなんて考えるほど冷血ではない。
「ユエリアは優しいやつだ。そんなユエリアがあんなに苦しんでるのが体質っていう理不尽なら、俺は手を差し伸べてやりたい。それを手に取るかはユエリア次第だけどな」
「取るさ。お前の手だしな」
「そんな特別じゃねぇよ。俺の手は」
また二人は歩き出す。そして、ユエリアがいる部屋の扉の前まで来た。
「同期が一人減るのは寝覚めが悪い。頼んだぜ、ヒーロー」
「あぁ、任せとけ」
この学園に来た当初はいがみ合っていた二人だが、ここでの戦いと交流を通して友情のようなものが芽生えていた。そしてその友情の輪にはユエリアも含まれている。依然として二人がライバルなのには変わりないが、友達を助けたいという意思は一致していた。
○○○
「憎まれ役ご苦労様」
「は?」
一足はやく上位部屋に戻っていたエリィに対して南雲はニコニコと笑いながらそう言い放った。エリィは不愉快そうに睨みつけるが、南雲は全く怯まない。
「ご一緒してもいいかな?」
「このテーブルには一人分しか用意してないわよ」
「まさか、レディの手を煩わせたりしないさ」
南雲がそう言いながらエリィの対面に座ると同時に、彼の周囲に浮き出た魔法陣からツタが伸びてテキパキと紅茶を淹れてティータイムの準備を整えた。
「で、さっきのはどういう意味?」
「言った通りだよ。エリィさんが憎まれ役を買って出てくれたお陰で全部上手く事が進んだお礼さ」
「そんなつもりないんだけど」
「そう。確かにエリィさんは集団の和のために自分を犠牲にするタイプじゃないか」
「どういう意味よ」
「自分をしっかり持ってるってことさ」
南雲の物言いにエリィはしかめっ面になっていたが、南雲が何とか弁解したことで怒りが噴き出すには至らなかった。
「で、結局あの子はどうするの」
「アギトくんが助けに行った」
「一人で?」
「そう。まったく、無茶をするよ」
湯気が立つティーカップを回しながら南雲は苦笑した。エリィは何か言いたげな目で南雲を見ており、彼はそれに気がつくと今度は揶揄うような眼差しを返した。
「心配かい?」
「は? そんなわけないでしょ。決めたのはあいつらなんだから、それで何が起きようとあいつらの責任でしょ」
「まぁそうだね。僕もそう思うよ。でも、それとこれとは話が違う。人間の感情は非合理だからね」
「何が言いたいのよ」
「世話焼きなお姉さんがチラリと見えたってこと」
「勘違いで勝手に人のことをわかった気にならないで」
エリィは空になったティーカップを置くが、持ち手に指が引っかかってティーカップがくらりと揺れた。それをもう片方の手で押さえて止め、再び南雲に視線を合わせると、彼の目が描く曲線がさらに盛り上がっていた。
「なによ」
「いやぁ? 分かりやすくて可愛いなーって」
「殴るわよ」
「思ってもないことを口にするものじゃないよ」
「……はぁ、本当にイラつく」
その言葉とは裏腹に、エリィの口調は喧嘩腰だった時より柔らかくなっていた。
「なんであの子一人に行かせたの。どう考えても危険でしょ。もしもの時にあの学園長が助けに入ってくれるとも限らないのよ」
「そうだね」
「そうだねって……南雲さんが言ったのよ。対抗戦のルールがわからない中で頭数を減らすのはリスキーだって」
「うん。でも僕がそれ以上に危惧したのは、ここの空気が緩むことだよ」
南雲は中身が半分ほどになったティーカップをそっと置いて、お茶請けとしてチョコレートを一粒手にとった。
「心を病んだ仲間をみんなで助ける……そんなぬるい雰囲気になりかけた。二番棟、ここのメンツは善人が多いみたいだ。でも、それじゃあここに来た意味がない」
「……いずれは仲間になるかもしれないのよ。団結したって悪いことばっかりじゃないでしょ」
「それは今じゃない。エリィさんも分かってるでしょ」
南雲はひょいとチョコレートを口の中に放り投げた。彼の口の中に甘味が広がるが、それをすぐさま咀嚼して飲み込んだ。
「本気になれない奴はいらない。団結するのは、同じ目標を本気で追いかけることが出来るメンバー同士だけでいい」
「そう。じゃあ私は合格ってことかしら」
「あぁ、エリィさんはちゃんと絶望できてる」
そうやってニコリと笑いかける南雲に、エリィは威圧するように睨み返した。
「なりたくてなったわけじゃないのよ。こんな私に」
エリィは紅茶の渋い後味を強く感じた。それを誤魔化すように、南雲のチョコレートを一つ手にとって口に含んだ。
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