第20話 ユエリアへの選択
ユエリアの過去を語ると宣言したムジクは、薄暗いモニター室で学生たちの注目を集めていた。ムジクはコーヒーに角砂糖を入れてかき混ぜながら話し始めた。
「まず君たちじゃ知りたいのは、あの無限の魔力についてだろう」
「そうね。突然魔力量が増えた。私にはそう見えましたわ」
水色の髪を弄りながらエリィが指摘すると、ムジクはそれに小さくうなずいた。
「彼女はある障害を抱えていて、それによって爆発的に魔力を増加させることができる」
「……感情性魔力操作不全症ですわね」
「その通り。流石の知識量だ」
ムジクは見事にユエリアの症状を言い当てたエリィを称賛した。
「ん? なんだそれ」
「感情の昂りによって魔力量が増加する体質をそう呼んでいるのさ」
「魔力操作不全症と呼ばれているのは、かつては魔力量ではなく、魔力を操作する能力に影響を与えていると考えられていた名残ですわ」
「へぇ」
ディーゼルの問いにムジクとエリィが順番に答える。アギト含めて、他の知らなかった者たちもユエリアの症状を理解した。
「珍しい体質だ。知らなくても仕方ない」
「でも、魔力が増えるだけならあんな斬撃は飛ばせないだろ」
アギトが当然の疑問を口にする。大量の魔力にあてられて体に影響を及ぼすことはあるが、斬撃を飛ばすにはその魔力に術式を施す必要がある。ユエリアがそうしていれば話は別だが、取り乱している彼女がまともに魔法を使えるとは考えにくい。
「そう。彼女の不幸はそこにあるのだよ」
「もったいぶらずはやく言え」
「アギト……一応その人学園長だぞ」
アギトはあの状態で放置されたユエリアが気になっていて、ムジクの語り口調がうざったくなり、学園長へのいら立ちが隠せなくなっていた。そんな彼を落ち着かせようとディーゼルは軽く注意したが、あまり効果は無いようだった。
「彼女の斬撃はもう一つの体質、術式構成変異体質が引き起こしたものだ」
「それって……!?」
「これは君たちも知っていたか。いや、君たちだからこそ知っていたというべきか」
この場にいる全員がそのワードに反応した。術式構成変異体質は決してありふれたものではない。それでもこの場にいる全員が知っていたのは、彼らが魔法遊戯に精通していたからだ。
術式構成変異体質。本来ならば術者が意識して構成しなければならない術式に対して、術者の意識に関係なく強制的に構成術式を組み込んで魔法を変異させてしまう体質のことだ。
例えば火を噴く魔法を発動しようとしたしよう。この体質を持つ者はこの魔法にプラスして何かしらの術式が組み込まれ、別の魔法が発動してしまう。「爆裂」の構成術式が組み込まれれば炎の爆弾の魔法に、「空気」の構成術式が組み込まれれば熱風の魔法になどといった具合だ。
そして、この体質を持つ者は魔法遊戯においてアドバンテージを得ることができる。
魔法使いたちにとって術式の構成は魔力効率に直結する大事な要素だ。自分の魔力特性や体質に合わせた術式の構成を研究する必要があるが、勝手に術式が変異するのならその話は関係なくなる。そのうえ、変異した術式の効率は考えうる限りで最高のものだという。
つまり、他の魔法使いが苦労する術式の研究のステップをデメリットなく飛ばすことができるのだ。
さらにもう一つのアドバンテージがあり、魔法の発動がワンテンポ速くなるというものだ。魔法は組み込む構成術式が増えると処理が複雑になり、発動に時間がかかるようになる。しかし、体質によって付与される術式を意識する必要はなく、その一つの術式分、術式を構成する時間が短くなるのだ。
このように魔法遊戯においてアドバンテージがあるのだから、魔法遊戯のプロリーグで術式構成変異体質の選手を見ることも当然多くなる。それゆえ、この場にいる全員がこの体質について知っていたのだ。
「本人の意思に関係なく斬撃の術式が付与される術式構成変異体質、感情が昂れば勝手にあふれ出す魔力を生み出す感情性魔力操作不全症。これで気分を害せば周囲を切り裂く無差別殺戮生物兵器の完成ってわけさ。最悪だろう?」
椅子の背もたれに寄りかかり、ムジクが両手を広げて首をすくめた。どこか軽い様子の学園長とは対照的に、生徒達は黙り込んでいる。
今明かされたユエリアの境遇は、彼女の苦労を察するに余りあった。どんな時でも感情を昂らせてはならない。そんな緊張の中生きていたのだ。
そんな体質の人間が周囲からどんな扱いを受けていたか。見捨てないで。仲間はずれにしないで。ユエリアが暴走する魔力の中で絞り出した言葉を聞いたアギトたちは察してしまった。
「……で、私たちはどうすれば良いのかしら」
最初に沈黙を破ったのはエリィだった。ユエリアが抱えている問題は分かった。しかし、エリィ達からすれば何をすれば良いのか分からない。当然の疑問だった。
「君たちは選択すればいいのさ。彼女を同じ二番棟の仲間として受け入れるか、手に負えないと追い出すか」
一人の生徒の今後を教え子たちにぶん投げる。おそらく教育者失格ととらえられても仕方ない一言。しかし、この学園ではこの男がこうだと言ったらこうなのだ。
「助けるに決まってるだろ。あんなのを見て見ぬふりはできない」
「同感だ。……俺が言うのも何だがな」
まず最初に意見を言ったのはアギトだった。それにディーゼルが続く。
「私も私も! ユエリアちゃんがいなくなったら寂しいよ」
「泣いているレディを無視するのは美しくないね」
パームとナルズもユエリア救出に同意する。このまま全員がユエリア救出で同意かと思われた時だった。
「私は反対よ」
エリィが反対の意思をはっきりと伝えた。周囲の注目が一気に集まると、彼女はあからさまにため息をついた。
「やめてよ。まるで私が悪者みたいじゃない」
「実際そうだろ。血も涙もないこと言ってさ」
「黙ってなさい最下位」
「今順位は関係ないだろ?!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ二人とも。ここは一旦エリィの意見を聞いてみようじゃないか」
エリィとディーゼルが口論を始めようとしたのを南雲が仲裁する。南雲に理由を求められたエリィは、椅子から立ち上がって話し始めた。
「彼女の境遇には同情するわ。でもね、この学園でそんなのは関係ないじゃない。みんなここで必死に強くなろうとしてる、変わろうとしてる。それなのに人に助けてもらおうなんて甘いんじゃないの」
「でも、見捨てるなんて……」
「ここにいるのは捨てられた人間だけじゃないの? あの子だけが特別じゃないわ」
エリィはユエリアに同情していないわけではない。それ以上に必死なだけなのだ。この場においてはエリィの言葉は正論であり、むしろディーゼル達が甘すぎると言える。
「いいじゃない。あの子、戦いに向いてなさそうだし。ここに残っても苦しいだけよ」
「くっ……」
「……あぁ、ユエリアの性格は戦いに向いてない。でも、俺はユエリアをここに残すべきだと思う」
「は? なんなのよアンタは」
ディーゼルは言い負かされたが、それでもアギトは引き下がらない。そんな彼にエリィはイラついたが、アギトは全く意に介していない。
「ゼノンとの試合から戻ってきた時もそうだけど、アンタはユエリアに甘すぎるのよ。惚れてるのか何なのか知らないけど、あんな弱い奴残してもしょうがないじゃない」
「ユエリアは可愛いけどそれは関係ない。ユエリアが可哀想なだけなら無理に引き止めたりしねぇよ。専門の機関でメンタルケアを受けさせた方がいい」
(ちゃんと可愛いって思ってるんだ……)
エリィとアギトがシリアスな表情で向き合っている中、ディーゼルはほわほわとしたことを考えていた。
「あの魔力を見ただろ。潜在能力だけならユエリアはこのメンバーの中で最高だ。一か月後の対抗戦のためにも、なにより俺たち自身が強くなるためにもユエリアは残すべきだろ」
「……思ったより実利主義なのね。てっきり惚れっぽい人情家なのかと」
「そう思ってくれても構わない。実際、ユエリアのことは大切に思ってるし、あの無限の魔力を見る前はこの学園に無理にでも残すべきとか考えて無かったし」
圧倒的な潜在能力。アギトがユエリアを助けると言って譲らなかった理由はこれだ。流石のエリィもユエリアの魔力は認めるしかない。そして感情論ではなく、確かなメリットを提示され、さらに人数的にも不利に立たされたエリィは引き下がる流れになっている。
「まぁ僕もユエリアは残すべきだと思うよ。対抗戦のルールが分からない以上、人数を減らすのはリスキーだ」
「俺はどっちでもいい。ユエリアが残ろうが残るまいが1位の俺には関係ない」
「……強気なゼノンが気に食わないけど、そこまで言うなら引き下がるわよ。でも、あの子をどうやって救うかはアンタらが勝手にやりなさい。私は手伝わないから」
南雲とゼノンの言葉が決定的となり、エリィは反対意見を取り下げた。そして彼女はそのまま部屋を出ていった。
「さて、俺もそろそろ他の棟の様子を見に行く。君たちのがどうなるか楽しみにしているよ」
2番棟の意見がまとまったのを見届けると、ムジクはそう言い残して一瞬にしてどこかに消えてしまった。残されたメンバーはお互いの顔を見合わせ、ユエリアを救うための話し合いを開始した。
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