第19話 刃

 魔法遊戯で攻撃を受ける際、どれほどの痛みを感じるのか。魔法遊戯では魔法攻撃による死亡を防ぐために分身が攻撃を代わりに受ける。しかし、戦闘を行う際に痛覚を完全に遮断してしまうと、死角から攻撃を受けた際に反応が遅れるなど様々な弊害が発生してしまう。(そもそも痛覚だけを消そうとしても触覚に影響が出るのは避けられないため、まともな動きができなくなるというのもある)


 そういうわけで、本来よりは軽減されているものの、魔法遊戯ではそれなりの攻撃の痛みを感じるのだ。慣れれば耐えられないものではないが、初心者のユエリアにとってはかなりの衝撃だっただろう。


 それこそ、命の危機を感じるほどに。


「な……に……が……」


 ユエリアから突然あふれ出した刃に袈裟斬りにされたユイは、状況を全くのみこめていなかった。無数の刃を前にして立ち止まってしまうほどに。


「さすがに生徒を死なせるわけにはいかないな」


 無数の刃とユイの間に、審判を務めていたムジクが割って入る。ムジクが両手を前に出すと、彼をよけるように無数の刃が逸れていった。


「聞こえるか、ユエリア・クラウト」

「……ちがう、ちがうの」

「ん?」

「そんなつもりじゃ、けが、ちがう、わたしは……」


 ムジクの問いかけにユエリアはまともな答えを返さない。体を震わせながら頭を抱え、顔をあげずにひたすらブツブツと言葉にならない言葉を呟くだけだった。


「……いいかげん、この量の刃を逸らすのは厳しくなってきたな。あとは頼んだよ、少年たち」


 ムジクがそう言うと、彼と入れ替わるようにゼノンとアギト、ディーゼルが飛び出してきた。


「俺はユイ・リーファンを避難させる。それまでの時間稼ぎを頼んだよ」

「わかってる。だが、この状況について洗いざらい話してもらうぞ」

「あぁ、そのつもりだ」


 こんな状況にもかかわらず冷静なままのムジクを睨みつけてから、アギトは彼に説明を約束させた。


 観戦室にいた彼らがここにいるのは、戦闘開始とともに嫌な予感がしたアギトがゼノンとディーゼルを連れてきたからだ。


「テメェの勘が的中したな!」

「最悪な形でな」

「とにかくこれをなんとかするぞ、ゼノン、ディーゼル!」


 無数の刃に対してアギトとディーゼルがマシンガンプロクルスを放って牽制する。ドドドという爆発音とパリパリという斬撃が砕ける音が大部屋を揺らす。その背後でゼノンが闇を広げる。


「準備できたか!」

「問題ない」

「それじゃ頼んだ!」


 今度はアギトとディーゼルが後ろに下がり、ゼノンが前に出る。ゼノンは広げた闇をドーム状に変形させ、刃を射出し続けるユエリアを覆った。


 ユエリアの刃は全てゼノンの闇に吸収され、ひとまず安全は取り戻された。これにより対処はひとまず完了だが、ユエリアのためにまだやるべきことが残っていた。


「顔は見えないが声は届く。どうする?」

「……ありがとな、ゼノン」


 アギトは闇のドームに近寄って、闇の目の前で屈んだ。


「ユエリア、聞こえるか」

「アギト……くん……?」

「あぁ、おれ」

「ちがうの!」


 ユエリアの叫び声がアギトの声を遮った。ユエリアの姿は確認できない。だが、震えて安定しない声は、彼女が泣いていることをありありと告げていた。


「あんなこと、するつもりなんてなかった。でも、いたくて、こわくて、しんじゃうって、だから……だから、しにたくなくて、ゆいさんにそんなつもりないってわかってるのに、でも、こわくて……」

「……あぁ。俺はユエリアが誰かを故意に傷つけるような奴じゃないってわかってる」


 まとまらないまま全てを話すユエリアの言葉は要領を得ない。だが、アギトは取り乱す彼女の言葉に頷きながら耳を傾け続ける。ユエリアがこんなに取り乱す理由はまだ分からないが、彼女に今必要なのは全てを吐き出させてやることだとは理解できた。


「だから……おねがい……みすてないで」


 声が弱々しくなる。一言も聞き逃さぬようにアギトが耳を澄ませる姿を、ディーゼルとゼノンは後ろから静かに見守っていた。


「なかまはずれにしないで……」

「あぁ、俺は」


 パリン。


 アギトがユエリアに声をかけようとした瞬間、ユエリアを覆っていた闇が弾けた。


「なっ!」

「容量限界か?!」

「俺の闇にそんなのがあるなんて……!」


 闇の中からユエリアと共に無数の刃が解放される。その時アギト達はユエリアから溢れる底なしの魔力を感知した。それは素の魔力ならトップであるゼノンでさえ凌駕していた。


 その魔力をもって、アギトと話している最中であってもユエリアは絶えず刃を射出していた。それがゼノンでさえ認知していなかった闇の容量限界を突破したのだ。


「ユエリア!」


 アギトがそう叫んだ瞬間、アギト達はいつの間にか観戦室まで戻ってきていた。


「……学園長の魔法か」

「その通り」


 テレポートして来たアギト達の目の前に、学園長が座っていた。この観戦室には怪我をしたユイと未だ姿を見せない第九位を除いて、全員が集合していた。


「説明しろ。ユエリアはなんでああなった」


 アギトはすぐさま学園長に詰め寄りユエリアのことを聞いた。すると彼は珍しく真剣な表情になり、魔法陣からひと束の資料を取り出した。


「一応報告しておくが、ユイ・リーファンに関しては心配しなくて良い。うちの医療担当は優秀でね。傷跡も残らないらしい」


 ユイの一応の生存報告を済ませる。それに対する反応が薄いのは、全員がそれよりも底なしの魔力をと無数な刃を見せたユエリアが気になっていたからだろう。


「さて、ご希望に沿って話すとしようか。ユエリア・クラウトが何者か」


 ムジクはそう言うと、資料の一枚目を見ながら話し始めた。

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