Ⅴ 思い出の始まり (三人の家族)
帆尊歩
第1話 思い出の始まり
「全く君たちも、物好きだね。なんで結婚式直後の旅行に僕を連れて来る?まさかこれ、新婚旅行じゃないよね」
「違いますよお父さん。と言うか、もし新婚旅行だとしたら、なんか問題でも?」
「当然だよ、新婚旅行に花嫁の父がついてきたなんて、聞いたことがない。お邪魔虫の最たる物だ」
「まあ良いじゃありませんか。ね綺麗でしょ。このオーシャンビューの部屋、奮発したんですよ」
「まあ、百歩譲って三人で一部屋は良いだろう。これ何?」
「バルコニーについている、お部屋風呂ですよ」
「いや君たちだけならいいだろう。でも僕もいるんだぞ」
「じゃあ、僕と入ります?」
「ええっ」
「せっかく親子になれたんだから。裸の付き合いもいいもんでしょう」
「いやー」
「お父さん、お茶入ったよ。お風呂の前の水分補給は大事らしいよ、お風呂で倒れられても困るから」
「そんな、年寄り扱いするなよ」
「まあまあ、お父さん。感謝の家族旅行ですから。それにこの温泉旅館は、大浴場が自慢らしいですよ」
「でも話は聞いたよ、スピーチで、叔父さんや、叔母さんに文句を言ったらしいね」
「別にお父さんのためじゃないよ。でもムカついた。知りもしないくせに、余計なことを。ていうかお父さんだって、何で叔父さん達の言うことを真に受けて来なかったのよ。そんなの無視して来てくれれば良かったのに」
「本当ですよ。まあ、僕が言うのも手前味噌なんですが、すごく綺麗でした。絶対に見るべきでしたよ。お父さんに見せたかったな。というか、バージンロードでお父さんから託されたかった」
「二人にはすまなかったと思っているよ。でも、叔父さんや叔母さん達との関係はこれからも続くから、二人の立場というか、イメージを悪くしたくなかったというか」
「大きなお世話よ、それに今回の苦言で関係は最悪だと思うし」
「分からないよ。反省してすまなかったって言ってくるかもしれない」
「ないない。あの人達は、私がお父さんと暮らすって言ったときから、うちの事をを良くは思っていないんだから。まあ、向こうに行ったら行ったで、困っただろうから」
「親戚から嫌われるのは、僕だけで良かったんだけれどね」
「お父さんだけが嫌われるなんて。我慢できない」
「そう言うなよ」
「いいの。あっ、六時からご飯だから、みんなでお風呂に行こう。あたしだけ別だけれど。二人は、裸の付き合いでもして来てよ」
「ああ、いい湯だな」
「でしょう、風呂自慢なんですから。ほら今、湯船に入ったばかりなのに、もうお肌つるつるですよ」
「本当だな、でも本当に裸の付き合いをするとはね」
「でもお父さん、危なかったですよ。お父さんが結婚式に出席しないのが、叔父さんや叔母さんの説得によるものだて知ったときは。ほんとにお父さんに電話して来させようとしていたんですよ。何とか説得しましたけれど」
「なんで分かったの?」
「叔母さんが口を滑らせたんです。だから怒りにまかせて、あんなスピーチをしてしまった」
「そうか。なんか本当に悪いことをしてしまったな」
「いえ、僕ら二人ともスッキリしました」
「そうかい」
「ここが思い出の始まりなんです。良いですか、ここから三人で、思い出を作って行くんです。まあ、四人とか五人になるかもしれませんが」
「期待しているよ」
「今日のお造りです。右から、マグロ、ハマチ、タイ、サーモン、甘エビとホタテでございます」
「わー、舟盛りだ。お父さんの分のサーモンもらって良い」
「おいおい、今日はお父さんに感謝する旅行なんだから」
「いいよ、いいよ。その代わり、ハマチもらおうかな」
「だったら、ハマチじゃなくてマグロにしてー」
「おいおい」
「良いじゃない。こんな風に甘えられるのは今だけなんだから」
「ちょっと。あちゃー、ダメだ、完全に潰れてる」
「いいじゃないか。寝かせておいてやろうよ」
「うん。あっ、お父さんバルコニーに出てみようよ。夜景綺麗だよ」
「えっ、海しか見えないんじゃないか」
「そんなことないよ。ほらほら」
「本当だ。漁港が見えるんだな、おまけにライトアップしている」
「うん。綺麗」
「ああ」
「お父さん」
「うん」
「今までありがとう」
「あっ、いや」
「ずいぶん嫌な思いもさせたし、気も遣わせた。でも今はごめんなさいではなく、ありがとうと言いたい」
「いや、こちらこそ、ありがとう。娘になってくれて、じゃなければ今だに僕はたった一人で生きてきたと思う。お母さん共々僕の家族になってくれて本当にありがとう」
「お父さん、しんみりしないでよ、私がありがとうと言ったのは、確かに今までもあるけれど、これからもって意味だからね」
「これから?」
「そうだよ。これから新たな思い出の始まりなんだよ、三人でと言いたいところだけれど、四人になるか、五人になるか」
「似たもの夫婦だね」
「なにが」
「夫婦して、同じことを言っている」
「なんて?」
「思い出の始まり」
「うん」
Ⅴ 思い出の始まり (三人の家族) 帆尊歩 @hosonayumu
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