第4話 浪漫の過剰搭載

「戦闘モード継続。状況、分類小型ユニット、固有名ハイロオオカミの新たな群れ、五匹を確認」


 火花を散らしながら、ギャリギャリと金属音を響かせる血に濡れたチェンソーをまるで、刀の血振りのように右から下へと振るうホムへと、血の匂いを嗅ぎ興奮状態に入った獰猛な狼が迫る。


『その群れの撃破後、更に周囲の狼が集まる事が予想される。エリア端で呑気に地面を掘っている猪の群れとぶつけ合わせるから、誘導に従ってくれ』


「オーダー受託」


『ガァァァ!!』


 目の前にある白く、柔らかそうな生肉に向けて恐れなど一切抱かずに、狼達は一斉に飛び掛かるのを、冷静にホムは数歩下がり、避けると着地の衝撃ですぐには動けない手近な狼の脳天に向けて、右手のチェンソーを振り下ろし、その暴力的な回転力で、瞬く間に頭部を潰れた柘榴へと変えると、そのまま狼の亡骸をチェンソーで貫通し、地面に接触させると支えにし、横から飛びかかってきた狼を二匹纏めて、しなやかな足で蹴り飛ばす。


「残存戦力二。ですが──」


『増援だな。手筈通りに』


「──了解」


 右手をチェンソーから元の状態に戻す事で、地面からの引き抜きを行う事なく素早く駆け出したホムは、新たに迫る五匹の群れに追いつかれる事はなく、一定の距離を保ったまま合計七匹の群れとなった狼達を振り切らない様に加減しながら、黄昏た空の下、黒い草原を駆け抜けていく。


「捉えました。小型ユニット、猪を前方、距離五百メートル」


『分かった。支援スキルで、先手を打つ』


 自らに迫るホムと、狼の群れを確認し、逃亡を選ぼうとした瞬間、猪の頭上に小さな雷雲が生成され、そこから三本の閃光が落ちる──状態異常『スタン』により一切の行動が封じ込められ、猪が自由になる頃には既に、ホムや狼から逃げるのは不可能な距離となる。


『ブォォ!!』


「遅い」


『キャン!?』


 自らに迫る猪を闘牛士の様な動きで、ホムが避けた事でそのまま猪は、狼の群れに勢いそのままに突っ込み、勢いの乗った突進で、一匹の狼が甲高い悲鳴と共に見事な放物線を描き宙を舞う。


『ガァァァ!!』


『ブモゥ!』


 そのまま縺れ込むように、狼の群れと猪は戦闘を開始する。

 開幕、一匹を吹き飛ばしたとは言え、数で劣る猪はかなり暴れるがその身に浅くない噛み傷や引っ掻き傷が刻まれていき、時折、狼を何匹か飛ばしてはいるものの仕留めるほどの勢いはなく、徐々に猪の動きが鈍くなっていき、このままいけば狼達の勝利は確約されているだろう。


「システム戦闘モードへ移行。殲滅を開始します」


 非生物のけたたましい騒音が鳴り響き、その暴力的な音に驚いた狼や猪は動きを止めてしまう。

 目先の敵に囚われ、この場で最も暴力的で優れた狩人の存在を忘れてしまった愚かな野生生物達は物言わぬ肉塊へと、成り果ててしまうのだった。









「ただいま戻りました。ホム、帰投です」


「お帰り。怪我とかはしてない?」


 まぁ、データはずっとモニターで見ていたし、どんな不思議な力が働いているのかあれだけ血と臓物が飛び散っていた筈なのに、武器として使っていた右手以外は皆無と言っていいほど汚れてないから、こうして間近で見ても傷一つ無いのは分かるんだけど、念のためな……現状、ホムが唯一の戦力だし大切にしたい。


「マスターのお心遣い感謝致します。ご覧の通り、当機ホムは無傷で周辺の敵性存在、全ての殲滅完了しました」


「マップの赤点も全て消えているし。取り敢えず、本拠地があるエリアAはこれで安全か」


「他エリアからの流入が無ければ安全です。それと、マスター、当機が可食可能と判断した部位を回収していますが、如何いたしますか?不要であれば、この場で破棄いたしますが」


 え?何処にそんなの閉まって……うわぁ、SFみたいに量子変換してたのか、目がピカっと光ったと思ったらいつの間にか血が滴る肉が現れた。

 ……アレだな、ゲームによくあるその袋にどうやって入ってるの?現象と同じもんだと思っておこう、ユニットが自分の意思で拾い物をしてくる可能性もあると。


「すっごい、血生臭いけど……焼けばどうにかなるか?」


「オーダー受託。伐採後、簡易キャンプを作ります」


 止めるより早く、今度は背中から純白の鳥みたいな翼を生やしホムが飛んでいってしまった。

 速ーい……速すぎて、耳がキーンってなってる……あ、もう戻ってきた。


「木材の回収を完了。これよりクラフトに移ります」


「なんであの速度出してピタッと、草を巻き上げる事もなく止まれるんだろ……てか、ホム、建築も出来たんだ?」


「マスターの質問に完全同意は不可です。ホムに出来る事は、あくまで簡易的なクラフトです。建築家の様な行為は不可能です。当機は戦闘とマスターのアシストが、専門ですので」


 スムーズな動きで焚き木と、アレは肉を捌くまな板代わりか?を作っている辺り、経験値を積めばホムもそれなりの建築が出来そうな器用さがある気がするけど、まぁ、本人が無理って言ってるならそうなんだろう。

 ちょっと何が出来るのか眺めてよ。


「……」


「……」


「……おぉ」


 あの見慣れた形状は箸だな、そんであの窪んだやつは皿か。

 現実世界で、売り物として売られていても通用するレベルで精巧なものが作られていくのは見てて楽しいな。


「……」


「おぉ……すげぇ」


 今度は机と椅子だ。

 あの木がなんなのかは分からないが、上手く木目をデザインとして使っているのは素人目だけど、センス良いんじゃないか?椅子も四脚で凄く座りやすそうだし。


「……」


「……」


「……」


「……あの、マスター」


「ん?」


「そうジッと見られますと、些か恥ずかしいと言うべきか。ホムの心拍数が上昇してしまいます」


「おおう……それは悪かった。つい、どんどんと丸太から作品が出来上がる光景が楽しくて、真剣に見つめてしまった。ごめんよ」


 よく見ればほんのり、本当にほんのり頬が赤い様な気がするホムに頭を下げる。

 まぁ、そうだよなジロジロと見られれば誰だって良い気はしないよな、ホムって案外、無機質なタイプじゃないのかもな。


「……火付けを行います。マスター」


「ん?」


「ホムの活躍を見ててください」


 再び、右手が光ったかと思ったら、今度は火炎放射器に形を変えていた。

 ガチャっと火炎放射器の先端を、焚き木に構えると次の瞬間、三メートルぐらいはある火柱が巻き上がった……あの、ホムさん?火力高すぎない??

 

「っと、消し炭になるかと思ったらちゃんと火がついてる」


「ホムの火力加減は完璧ですマスター」


 心なしか胸を張るホムは続けて、いつの間にか手に持っていた鋭い木の棒で肉を突き刺すと、焚き火の周りに突き立てていく。

 おぉ、キャンプとかでよく見るお約束のアレだ!周囲に円形になる様に木の棒に突き刺した肉を並べていくやつ!!


「マスターもやりますか?」


「良いのか?」


「はい。やりたそうな顔をしていましたから」


「バレテーラ」


 ホムから木の棒を受け取って、適当な肉を掴み取る……うげ、グチャっとした感じが気持ち悪いけど、これが命を戴くという事なのだから、逃げる訳にはいかないな。

 慣れない作業は血が滴る生肉の感覚も相まって、ホムよりスムーズには出来なかったがどうにか、肉をちゃんと突き刺す事に成功し、焚き火の周りに並べられた。


「ホムが焼き加減を見定めますので、マスターはそこの椅子に座っていてください」


「あいよぉ……よっこらしょっと……おぉ、良い座り心地だ」


 椅子に座って机の上に肘を置き、真剣な顔して肉を見ているホムの横顔を眺める……あれ?これかなり勝ち組の生き方では??

 ……いや、先の事を考えれば問答無用ラグナロクで死ぬんですけど……


「まぁ、いっか……先は長いからな」


 ずっと気を張り続けるのは、性分じゃないしこういう時間も大切にしながら、この世界を生きて行こう。






「……獣くせぇ……」


「下処理も調味料もありませんからね……仕方ありません」


 狼肉も猪肉もめっちゃ、獣臭かったです……きっと、この味は忘れられないでしょう、色んな意味で。

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Ragnarok Wor 待雪草 @matiyukisou

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