第3話 ホムンクルスのホム

「えーと……それで、アシストってのは具体的に何を?」


「はい。所謂、チュートリアルのお時間という訳です。ロキ様は、悪戯と混沌をこよなく愛する神ですが、何も分からぬ赤子を痛ぶるという外道な趣味は持ち合わせておりません。マスター、右手或いは左手、お好きな方で構いませんのでご自身の目の前で横に振るっていただけますか?」


 姿は瓜二つでも、メスガキじゃなかったロキに比べれば随分と丁寧に会話してくれる子らしいな。

 何が起きるか分からないけど、この子の説明通りなら言われた通りにして死ぬって事はないな、よしっ、手をこうしてっと。


「うおっ!?なんだこれ!?」


 空間に投影されるモニターやキーボードとか、SF映画でしか見た事ないもんが出てきたぞ!?しかも、向こう側が透けて見えるし、手がモニターを貫いても消えるとかそういう事もない……すげぇ……これに興奮を覚えない男はいないだろ!?


「気に入っていただいている様で何よりです。其方は、ロキ様がこの世界でもマスターの指揮が、問題なく行える様にと用意なされたマスターだけの能力です。具体的な説明はご入用ですか?」


「いや……今のところは大丈夫だ……じゃなくて、大丈夫です。向こうで使ってたパソコンと操作は同じみたいですし、ゲームの時とUIもさほど変わらないので、直感的に操作できると思います」


 正面のモニターを一番、幅広く取っている『ロキ領 本拠地 エリアA-1』という表記が書かれたマップと、マップ内の扉や障害物を示す表示に、画面下にある現在所持ユニット表記……当然だけどゼロだな。

 右下には今の俺の無機質な顔があって、それにカーソルを合わせれば行使可能なスキルがコスト共に表示されるし、俺自身の体力も出てるというゲームの時と何も変わらない親切設計だ。


「了解いたしました。では、マスター。最初のお仕事です」


「ん?なんでしょうか?」


「当機に名付けをお願いいたします。それによって、当機はマスターに紐づけられ、最初のユニットとして使用可能になります」


「……え?そんな機能、ゲームにはなかったけど」


「この世界は確かにゲームを基盤に構成されていますが、この世界とゲームをイコールの記号で結ぶ事は不可能です。マスターの存在や、システムに縛られないロキ様などゲームとは異なるモノがある以上、変化するものもあるでしょう。私という存在がユニットとして、マスターに紐づけられるのもその一つです」


「な、なるほど……」


 確かにモニターを介していない以上、例えばだけど俺自身が動く事で敵の目を惹きつけたりする事はゲームでは不可能だったけど、こうして俺の体が直接干渉可能な状況であれば、やりたくないけど可能って訳だ。

 そんな機能は当然、ゲームには無かった訳だからこの世界とゲームを同一に考えるのは悪手と……出しっぱのこのモニターとかはあくまで、ロキが俺に違和感を与えすぎない様にしてるだけって訳ね。


「マスター」


「ん?」


「当機の名称は決まりましたか?」


 あ、やっべ全然考えてなかった……えーと、この子はホムンクルス、つまり人造人間いや、神であるロキが作ったのだろうから神造人間か?まぁ、そんな感じでVA-10とか形式番号で言ってたよな?

 VA……あぁ、『ヴァルキュリャ』のVAか、ワルキューレとかの方が馴染み深いと思うんだけどなぁっと、考えが逸れるな。

 つまり、後に続く10ってのは10番目って事なんだろうけど、ワルキューレって正確に何人いるとか不明瞭なんだよな……だから単純にそこから名前を持ってくるのもなんか違う気がするし、どうせならオリジナルにしたいよな名付け親になれるなら。


「んー……あ、『ホム』とかどうでしょう?ホムンクルスからってのと、その特徴的な赤い目が炎に見えるからってのと、きっと長い付き合いになるだろうから呼び易さ重視で」


 なんか犬猫につける様な名前になった様な気もしなくもないが。


「ホム……ホム」


「ええっと、嫌なら別の名前を考えますよ?」


 ホムと呟きながら瞬きしてるけど、これ大丈夫なのかな?実は怒ってたりとかしてない?

 プレイヤーネーム以外の名付けって結構、難しいよな……センスが問われるというかなんというか。


「……いえ、これより当機の名称は『ホム』に更新されます。よって、マスターもホムに敬語は不要です。現時点でマスターは、ホムが仕えるべき主と正式に認証されます。ホムはマスターに忠実な単なる機械或いは、道具です」


「んー……じゃあ、敬語は辞めよう。でも、こうして名付けた以上、ホムを単なる道具として見るのは無理だな」


 当機って言ってるあたり、ホム自身が自分を機械や道具と設定してる様な気はするけど、正直、日本のサブカルチャーにどっぷりと浸かってる者としては、見た目がロリで会話もキチンと成立する存在を、単なる機械みたいに扱うのは無理かなぁ。

 だって、見た目はあのロキと瓜二つな時点でクソ可愛いし、罵りがないどころか支えようとしてくれるだよ?無理だろ、雑に扱う方が。


「マスターがそう望むのであれば、これ以上の提案には意味がないと断定。次の説明を開始致します」


「お願いしまーす」


 まぁ、無表情で淡々と説明が進んでいくところは凄く機械っぽいなとは思うけど。


「現在、オーディン様とロキ様の間で戦争は起きていません。具体的に言えば、開戦まで一年の猶予があります。これは、周囲を見て頂ければ分かる通り、本拠点はほとんど開発が行われておりません。現状では、マスターがユニットを増やしたとしてもそれを管理するのは不可能です」


「まぁ……草原と崩れた城しかないからなっと待て待て。んじゃ、どうやって戦力を整えるんだ?」


 というかそれくらいは用意しとけよロキ!!なんで真っ新からスタートなんだよ!!

 こんなところまでゲームとは違う状況にしなくても良いだろうに……


「暫くすれば、ロキ様より神託を受けた方々がこの場所に集まり、主要施設はその者達の手で作られていく事でしょう。ですので、マスターの役割は当機、ホムを用いて周辺の安全を確保し簡易的でも良いので、木材を集め建築資材を集めておく事が目先の目標として挙げられます」


「じみーなスタートって訳か。まぁ、そういうゲームも嫌いじゃない。ホム、一つ気になったんだが、此処はロキの領地だろ?何か身の危険を及ぼす様な存在でもいるのか?」


「はい。野生化した狼や、猪。他者に従う知性が消え失せた亡者などが周辺で確認される敵性存在です。マップをご覧ください」


 指示通りにマップに視線を向ける。


「……システムスキャンモード」


 は?なんだそれかっこいいな!?

 ホムの赤い目から、ビャーっと赤外線みたいなのが放出されたぞ!?


「……結果をマスターのマップへと転送します」


 お、マップに何やら赤点が複数出てきた……これは敵の位置を示す物だから、あぁ!さっきのは言葉通り、此処ら一帯をスキャンして、敵を見つけたって訳か。

 便利すぎない?良いの?こんな便利ユニット最初から使えて。


「マスターならご理解頂けていると思いますが、マップに表示された赤点は敵性存在を示す物です。ちょうどこの付近を野生の狼が小規模な群れを成している様です。チュートリアルとして対処いたしましょう」


「あいよ。俺はどうすれば良い?」


「やり慣れている様にやればよろしいかと」


 なるほど?

 んじゃあ、保有ユニット欄にある『ホム』を選択して、すぐ近くの赤点に向けてドラッグ……うおっ、さっきまで隣に居たホムが消えてる。


「ってことは、こうしてホムの居場所をクリックしてやれば、観戦画面に……おぉ、切り替わった!」


 灰色の体毛に包まれている人間の大人ぐらいの体躯がある狼五匹の群れと、ホムが向かい合っているのを見ると、改めてホムの小ささがよく分かるな……体格差だけ見れば勝てる様には見えないが。


「さすがはネームド。初期ステータスが全て三桁あるな」


 これなら多くても60を超えない狼達に負けることはないだろうから、安心して見ていられる。

 ついでに、ホムの強さが分かればこのから先の行動指針も決められるしな。


『ホム、戦闘行動を開始致します。勝利をマスターに』


「そういや武器持ってないけど、魔法とかで……ははっ!!そんなんアリか!!」


 ホムの小さな右腕が光に包まれたかと、思えば無数の刃を持ち、それらが唸りをあげる暴力的なエンジンの力を受け、回転する事で太い木だろうが、鉄だろうが切断する例のアレ──つまり、チェンソーへと変化し、どうしてホムの体格でソレを支えられているのか分からない大きさのチェンソーは、軽々と振るわれ、瞬く間に狼だった肉片が辺り一帯に散らばっていく。


 血煙の戦場で、無表情にチェンソーを振り回すピエロ風の格好をしたホムの絵面は、最高にホラーなものではあるが、その現実離れした光景に怖がるよりも、俺は心が躍っているのを感じて、思わず握り拳を作って真上へと突き出した。


「くぅぅ……!!さいっこうだよ!!ホム!!!!!」

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