第9話 恋敵(?)

「真一君、校内でゲームの大会を開いて十人抜きしたんだって? やるじゃないか」


 山川は体育館の壁に腰掛ける俺の元までやってきてそう言った。


 額に汗を浮かべながら、それでも中性的で男臭さのない美形な顔は崩れないのは、もういっそ清々しい。


「ああ、まあな」


 今は体育の授業中だ。俺の二組と山川の三組は合同で体育を行っていて、こうして授業の合間に話したりもする。


「本気になった僕ですら、こと一対一のゲームでは君に勝てたことなんか一度もないのに、校内のエンジョイ勢相手ではさぞかし退屈だったんじゃないかな?」


 たしかに俺は1on1の対戦形式で山川に負けたことはない。


 ただ、逆にいえばそれ以外のゲームでは通算負け越し中だ。といっても山川と最後にゲームをしたのは一年前なのだが。


「んいや、普通に楽しかったよ。ネットじゃ味わえないリアルの充足感があったというか……なんだろうな。俺が求めてたゲームってこうだったんだなって思い出したよ」


「ふーん。ようやく君も僕のように成長したってことかい?」


 山川は金色に光る目を俺に向ける。陽の光を体現したような輝きだったが、同時に金メッキのような安っぽさも感じた。


「裏切者の自覚はあるんだな」


「君もわかるだろ? ゲームオタクなんてダサい。それにさ、高校生は人生の華だよ。ゲームなんか何歳になってもできるけど、高校生はこの瞬間しかないんだ。あんなくだらない弱者の溜まり場で生ぬるくやってるより、煌めく青春の美しさ儚さに目を向けるべきだよ」


 細田は山川を裏切者と言っていたが、山川にもその意識はあったようだ。


 俺たちゲームオタク同盟の鉄の掟である「昼はぼっちにならないよう一緒に飯を食う」を破って陽キャ男子たちとだけ話すようになったことを山川は前向きに捉えている。


「……お前と一緒にするな。俺は細田と友達をやる。もし非モテを脱却して、リア充生活を謳歌できたとしても」


 俺が反論すると、山川は肩を竦めた。こういった反応からもわかるように細田と山川は相性が悪い。


 高校に入った細田と山川は袂を別つ「大喧嘩」をしていた。


 喧嘩が起こったのは一年の頃だった。陰キャをバカにして出汁にして、陽キャグループに取り入った山川を見て、堪忍袋の緒が切れた細田はクラスメイトがいる教室の中で山川に詰め寄ったのだ。


 しかし、ただのゲームオタクでしかない細田が、ゲーマーながら運動神経抜群で数々の運動部に助っ人参戦するような山川に勝てるわけもなく、ほぼ一方的にボコボコにされる喧嘩だったらしい。


 当時、俺は二つ離れたクラスにいたのだが、二人が喧嘩した情報はすぐさま俺のクラスにも入ってきた。


 胸糞が悪いことに、喧嘩の処理は細田が一歩的に悪いことで終わった。最初に手を出したのは細田の方だし、一番悪いと言われても仕方はないが、山川にだって落ち度はあった。


 俺はそのことを教師陣に抗議しに行ったが、人望がある山川を咎める者はいなかった。結局、抗議は意味を成さず、細田だけが停学となった。


 それ以来、山川と俺たちの間には溝が生まれたのだ。


「なんだ。まだあの喧嘩のこと恨んでるのかい? あれは細田のバカが僕にふっかけてきたのが悪いんだよ。その仕打ちを受けてもしかたないさ」


 こいつはあの喧嘩を全く反省していない。それどころか自分を正当化してしまっている。


「……細田が許したんだ。もう俺から言うことはねえよ」


 喧嘩をした張本人である細田が山川は表向きはもう仲直りしたんだ。外野の俺が掘り下げるものではないし、誰が悪いとか、お前は謝るべきだとか、過ぎ去った後で口出しするつもりもない。


「しかしまあ、よくやるね」


「なにがだよ」


「目立たない位置にいて、たまに転がってくるボールに反応するくらいの真一君が今日は積極的にレシーブするなんてね」


「……何事も全力でやらないと、青春は味わえないしな。斜に構えてばかりいても仕方ない」


「それでこのざまかい。ほら、救急箱にあった湿布だ。よければ使いなよ」


 山川は俺に湿布を手渡した。


 先ほどの練習試合で、俺は相手のボールを受けようとして無理な態勢で盛大に転んでしまった。そのせいで今は足を負傷し見学している。


「ん、どうも。ところで試合はもういいのか?」


「気にするなよ。僕も自分が強すぎて退屈してたとこだから」


 山川は俺と同じように体育館の壁に背中を預ける。


 相変わらずのナルシストな発言だが、仮にこれが全員の耳に届いてたとしても否定する奴はいない。


 だって山川がいたチームは全戦全勝中なのだから。しかも、山川は全ての試合においてバカスカ点数を決めている。


 高身長を活かした跳躍に、体のしなりと体幹でバレー未経験ながらバレー部男子にすら勝っていた。うざいが認めざるを得ない。


「お前に比べりゃ俺のプレーはさぞかし下手だったろ?」


「へっぴり腰だし、そもそも構えすらちゃんとできてなかったし、下手以前の問題だね」


「うっ」


「ま、でも気概は伝わったよ。やる気があれば僕と同じくらいは上手くなれるんじゃないかな」


 とんだ嫌味だが、山川には嫌味を言っているつもりなんてない。本気でそう思っているのだ。


 山川は勉強しなくとも授業さえ聞いていれば高得点を取れるし、どんなスポーツも初見で上級者顔負けのプレーをしてしまう。


 できない人間に対しては「どうしてそんなに不真面目なんだい?」と、こう思っているらしい。


 そりゃそうだ。だって山川は最低限のことしかしてないのに一番になれるんだ。努力しているならまだしも、していなくてこれなのだから、自分が凄いと思うよりも自分以外の人間が手を抜いているとしか思えないのだ。弱者の気持ちがわからないんだ。


「俺はお前の真似事をするわけじゃない。てか、できない。だから地道に努力して……」


「あ、それで努力している方だったんだ。ごめんごめん」


 よし、コイツは授業後、疲労困憊になったところを殴ろう。


「……如月さんもどうしてこんなやつに惚れたんだか」


 こう言ってみたものの、まあ理由はわかる。


 山川はイケメンだし、運動神経もいいし、コミュ力もあって女子の扱いもお手のものだ。性格の悪さも、俺ら陰キャ相手にしか見せない。


「楓がどうしたんだい?」


 山川は俺の視線につられるように左側のネットでプレーしている女子のチームに視線を送る。


 今は如月さんのチームが試合をしている最中だった。


 俺だけでなく、男子の多くが試合を止めて如月さんの揺れ動く体操服をじっくりと観察していた。

 

「楓ー! いいよ! こっちに上げて!」


 向こうはかなりの熱戦らしい。


 女子も男子と同じでバレーだけど、山川というエースがいない分、向こうの方が接戦だった。点数は24対24でデュースにもつれこんでいる。


「はいっ! っきゃあ!」


 相手のボールを受けた如月さんは盛大にこける。ボールは真上にあがり、如月さんの頭に落ちた。「あうっ」という可愛い声。笑い声が体育館を包んだ。


 運動音痴なのは本人にとっては痛手だけど、男子としてはありがたい。こけた時にちらりと見えるお腹やズボンの奥がサービスショットになる。我ながら気持ち悪い観察眼だ。


「あー肝心なところでポカしちゃったか。まあ楓はそこがあざと可愛いんだけど」


 如月さんの失敗を見て、山川が苦情混じりにそう言った。

 それが聞こえたのかどうかは知らないが、控えの女子たちが一斉に山川に向いた。


「あ、山川くーん!」


「こっち見てー!」


 試合を観戦していた山川の視線に気づいた女子たちは黄色いアピールを送る。それに応えた山川も軽く手を振る。女子の「キャーキャー」という声は更に大きくなった。

 

「……そういや、お前って如月さんと知り合いなのか?」


「うん。楓とは幼馴染だよ」


 山川は羨ましいことに如月さんと幼馴染だった。如月さんに俺の家の住所をバラしたのも山川でほぼ確定と言っていいだろう。


 それにしても幼馴染から恋慕されるなんて、リア充爆発しろ案件だ。


 俺はこいつの恋のキューピットをやらなきゃいけないなんて……だけど引き受けた以上は仕事をしなくてはならない。


「如月さんのことはどう思ってるんだ?」


 俺は山川に如月さんのことをどう思っているのか訊ねた。

 

「運命だね。美しい百合の花の隣には、やはり美しい百合の花が咲いているべきなんだ」


 言い方はキザったらしくて気色悪いが、つまり両想いではあるのか。


 ……これはもうほぼ勝ち目なんてないな。


「僕はね、真一君。邪魔をする奴なら誰だって消そうと思ってるんだ」

 

 しかし、俺の敗北宣言とは裏腹に山川は俺の存在を危惧していたようだった。


「っ、おい、離せって……!」


「僕たち二人の愛の巣を奪い取ろうとする人間はね、誰であっても許せないよ」


 山川の手が俺の腕を掴む。穏やかな声色とは裏腹に本気で力を込めている。


 ギリギリ……と筋繊維が悲鳴を上げ、俺は顔を顰めた。


「なんの話だよ!」


「……真一君さ。君、楓と最近仲がいいじゃないか」


 山川が試合を抜け出してまで俺に話しかけてきたのはそういうことか。


 どうやら俺と如月さんが朝一緒に登校していたとか、一緒に勉強していたとかの噂を聞いて、自分の立場が危ぶまれていると思い込んでいるらしい。


「前々から僕は頭を悩ませていたんだよ……だって君は……だから。楓は……のことが……」


 山川はトリップ状態に入ったようで、ぶつぶつとひとりごとを発していた。


 ナルシストの山川は自分を否定されそうになった時、誰の声も耳に入らない暴走状態に陥ることがある。


 細田との喧嘩の時もこうなったらしく、周囲の静止の声も聞き入れずに細田を殴り続けたという話があった。 


「安心しろ、俺はお前の味方だ。癪なことにな」


 こうなった時の対処法は一つしかない、山川を肯定することだ。じゃないとこの暴走状態はエスカレートする。


「……へえ、どういう了見だい?」


「お前の恋愛を叶えようとしてんだよ。こっちは」


 山川の目の色が変わった。

 口角を上げ、鼻歌のような気分の良い声を発して、俺を掴んでいた腕をぱっと離した。


 前腕には山川の手形がくっきりと残っていた。……まるで如月さんから手を引け、との警告のように。


「真一君! ようやく僕の気持ちをわかってくれたんだね! やっぱり僕と君は親友を超えた仲だ!」


 山川は人目も憚らず俺に抱き着いてきた。


 その様子を見た腐の女子にあらぬ誤解をされたのは言うまでもない。


 

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美少女の恋愛相談相手になったんだけど、その美少女は隠れゲームオタクで俺の隠れファンでした 春町 @KKYuyyyk

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