第8話 ゲーマー無双

「つ、強すぎる」


「嘘だろ……もう十人目だぞ。誰一人ストックを一つも削れないなんて……」


 連戦が始まってから一時間ほどが経過した。


 俺は腕自慢の男子を相手にして、現在は十人抜き。後半からは即死コンボを知るプレイヤーから対策法を流布されたりもしたが、純粋なキャラコンで圧倒した。


「ま、まだだ……まだこれからだ!」

「こっちには部活が休みの野球部連中がまだ残ってる! 持久戦に持ち込むぞ!」


 十人抜きを達成しても、後ろに並ぶ長蛇の列が途切れることはなかった。むしろだんだん増えていっているような……


 ……そう思いつつ、次の対戦準備をしていると、


「こら! お前ら自習室で騒ぎすぎだ!」


 他の生徒から苦情を受けて生活指導の先生が飛び込んできた。


 普段から素行の悪い男子が大量にいたため、生活指導の先生は「またお前らかあ!」と怒鳴り散らす。

 

「うへえ、山田だ。楓、一華、あと小宮も! 逃げるよ!」


「逃げるって、ええ!」


「ほら、ぼさっとすんなし! 捕まったら職員室行きだよ!」


 戸惑う男子たちが山田先生に咎められている中、陸上部の睦月さんが真っ先に駆け出した。


 先生とよく揉めている水無月さんも状況を把握し、如月さんの手を引いて撤退を開始。俺もその後ろを追って自習ルームを出た。



 生活指導の山田先生から無事に逃げおおせた俺たちは避難場所として駅構外のハンバーガーチェーンを選んだ。


 ドリンクとポテトだけを注文して、二階の飲食スペースで走って疲れた体力を回復することに。


「小宮の腕前どうなってんの? しかも、やる度に強くなってたんだけど……」


 バニラシェイクを注文した睦月さんは、それをポテトにディップする斬新な食べ方をしていた。


 それにしても睦月さんだけ汗一つかいていないとは、流石陸上部だ。


「……ん、小宮君、ほんとに強かったよ」


「まじそれなんだよね。うちの睦月が赤ちゃんみたいだったもん」


「だ、誰が赤ちゃんだよ! 私こう見えても女陸じゃ一番うまいんだからね!」


「はいはい、すごいでちゅねー」


「むっきぃぃ~!」


 如月さんはハムスターのようにポテトを齧っていて無自覚可愛いだし、水無月さんは煙草のように口にくわえているのがギャルとしてなんだか様になっている。


 それに扇茅高校で『三日月』と称される三人と放課後、一緒に帰れるなんてかつての俺じゃとても考えられない。


「あー、まあ、ブランクがあったからね。だいぶ手に馴染んできたとこ」


 スマトモに限らず、格闘ゲームというものはやればやるだけ上達する反面、サボるとすぐ腕に錆ができる。


 俺が最後にスマトモをプレイしたのは数か月ほど前と時間が空いていた。


 それでも積み上げてきた数千時間はそんじょそこらの相手に遅れをとるようなものじゃないけど、やっぱり真のゲーマー相手には敵わないくらいには腕が落ちている自覚があった。


「ブランクって、あれで?」


 即死コンボをくらって開幕一分くらいでやられた睦月さんは驚愕する。


「いや、あれはさっきも言ったけど、初見殺しなだけで……真面目にやってれば、俺は負けてたというか」


 ぶっちゃけた話、あれから十人と戦ったが、睦月さんが一番強かった。

 

 それはストックを一本削った後の攻防を見れば明らかだが、俺は睦月さんに押されていた。


 即死コンボが一番の強みのキャラとはいえ、その必殺技を躊躇なく使わないといけない相手ではあったのだ。要するに舐めプは無理。

 

「あれだね。小宮はアバターを操作するのが上手いんだよ」


 不服そうな睦月さんを見て、水無月さんが口を挟んだ。


 水無月さんは定期テストで学年トップ常連の優等生。そのギャルっぽい見た目とは裏腹に冷静に俺のプレイを分析していたようだ。


「どゆこと? 一華、わかるように説明してよ」


 睦月さんは手についたバニラシェイクを舐めとりながら訊ねる。


 妙に艶めかしい所作だが、快活な睦月さんの性格のせいかあんまりエロくはなかった。


「その前に……小宮って今までどんなゲームしてきたの?」


「えっと、FPSなら色々……」


「一番は?」


「ゲアルかな、やっぱ」


 ゲアルが通じるかわからないけど、俺が一番やり込んだゲームは間違いなくゲアルだったので正直にそう伝える。


「あーゲアルね。楓が好きなやつ。あれってさ、FPSの中でもキャラコンが物を言うよね」


 水無月さんはゲート・オブ・アルカディアを知っていたみたいだ。如月さんがゲアル好きなのもあって、かなり詳しいらしい。


「あ、うん、そうだね。実際、ゲアルは他のFPSに比べて操作するキャラクターが強めに、あとは個性が出るように作られてる」


 最近のFPSは設定されたバトルフィールド内で武器を漁って、敵をかいくぐって、最後まで生き残るというのが主流だ。


 操作するキャラクターは現実の人間に基づいていて、ヘッドショットなんかされると一発で死ぬ。


 高性能の防弾チョッキなんかがあったり、止血、蘇生ができたりはするけど、武器に対して生身の人間は無力だ。


 FPSでもキャラコンは当然大事だけど、いくらキャラの操作が上手い人でも場合によってはあっけなく死ぬ。


「小宮はFPSが好きって言ってるけど、たぶん得意なのは格ゲーね。そうっしょ?」


「う、はい。正解です」


 水無月さんの言っていることは的を射ている。

 

 本質的に俺はチームプレイが苦手だ。他人に指示を出したり、敵がどこにいるのかとかの指揮系が下手なのだ。


 というかネット対戦ばかりやっている俺がまともにチームプレイなんかできるわけない。野良パしか経験ないしな。


「ゲームの経歴がそもそも違うっしょ? だからブランクあってもセンスだけでどの格ゲーもそれなりにやれてしまうんだよ」


 今回はそれに知識も加わってるんだが、概ねその通りだ。


 一芸は道に通ずると言う。一つのゲームを極めるまでやれば、必然的に色んなゲームも上手くなるのだ。


「……む、つまり天才ってやつか」


「俺は努力型だよ。何年もゲームだけに没頭してやっと上手くなったんだから」


 むしろリアルを疎かにしないで俺と同等クラスのキャラコンをしていた睦月さんの方が才能あると思う。


「いや、小宮は才能あると思うよ。ゲームやってるときになんかこう獲物を狩る狼、みたいなの眼力を感じたんだよね」


「そう! そうなんだよ! 小宮君は狼なんだよ!」


 狼かあ……中学生の俺ならさぞ喜んだんだろうけど……


「そんなに俺って送り狼に見えるかな……」


 男に狼って、思いっきり女子に警戒されてるじゃん。


 そんなふうに思われていたとしたら、明日から生きていけなくなる。


「いいじゃん送り狼。どうせなら楓を送ってあげなよ」


 水無月さんは冗談っぽく笑って如月さんの背中を押した。


「え、え、」


 如月さんは動揺して睦月さんと水無月さんの顔を交互に見る。桜色の髪がぶんぶんと揺れた。


 俺も突発的なお持ち帰りイベントに心臓がバクバクと唸り声のような鼓動を鳴らしている。


「私と茜は電車通学だしね、お二人さんは学校から家が近いっしょ?」


 水無月さんがそう言うと、なにかを察した睦月さんが声をあげる。


「……あー! そろそろ電車来ちゃうなー! んじゃ、お二人さん、お幸せにー」


 水無月さんと睦月さんは結託したようで、ヒューヒューと口笛を吹くなど、楊キャ特有の冷やかしを散々にして店を出ていった。


 逆にこういうシチュエーションを作られると、気まずくてとてもそういう気分にはならないのだが……

 

「えっと、一緒に帰ります?」


 如月さんは赤くなった顔を俯かせながらも俺に手を差し伸べてくれた。


「あ、うん。如月さんが良ければ……」


 俺は頬に手をあてて表情筋が緩むのを防いで頷いた。仕方ないだろ。だって初恋の相手と一緒に帰れるんだぞ。嬉しくないわけがない。水無月さん睦月さん様様だ。


 残された俺たちは一緒に帰路につくことになった。


 ハンバーガーチェーンを出て、住宅街を歩く。


「あ、あの……」


「な、なにかな? 小宮君」


「今日、天気良かったね」


「うん。そうだね」


 その間もなにか会話をしたかったのだが、非モテの俺には気の利いた会話なんてできるはずがない。ゲーム以外での会話のレパートリーが天気の話しかないって悲しすぎるだろ。


 俺があれこれ考えているうちに……


「あの、うちはここ」


 如月さんは住宅街の中にある一軒家の前で立ち止まった。


 店を出てから約二分ほどの距離だ。あんなにムードを演出されたにも関わらずそんなに歩くこともなかった。

 

「あ、じゃあ、ここで」


「うん。あの、今日は楽しかったよ」


「こちらこそ。楽しかった」


 玄関前で如月さんに別れを告げて、俺は来た道を引き返した。

 

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