なくて七癖
西順
なくて七癖
なくて七癖あって四十八癖と言うが、僕の彼女は中々の曲者だ。きっと百癖くらいあるんじゃないか? と今日も僕は愚考する。
今日も映画帰りにカフェでお茶をする。それが僕らのデートのお決まりのパターンなのだが、僕は今までに彼女が同じ行動をしたのを見た事がない。
たとえば今日の彼女は長い髪を緩く巻いて、終始その髪をいじっていたが、先週のデートではきっちりストレートにして、僕の話を聞く時だけ、その髪を耳に掛けて聞いていた。先々週は髪を搔き上げる仕草を良くしていたし、その前は髪を頭の上でお団子にして、うなじに普段と違う香水を使っていた。こんな感じで、髪に関してだけでも毎週違う仕草をしてくるのだ。
映画の時も、定番の塩ポップコーンから、キャラメル味にバター醤油、ハーフ&ハーフにしたり、クレープにチュロスにホットドッグと多種多様。ドリンクもコーラにコーヒーは言うに及ばず、ジンジャーエールに緑茶など様々だ。それらの食べ方も一定ではなく、ペース配分に気を付けて食べる時もあれば、時には映画が始まる前に食べ終えたり、映画が終わるまで手をつけなかったり、先に食べ物だけ食べきって僕にねだったり、その飲み物バージョンもある。
そんな彼女だから、映画の後のカフェだっていつものあの店とはいかない。毎度毎度新たなカフェを開拓し、新たなカフェだと言うのに、「いつもの」と注文したり、「ここからここまで」と注文したり、ふわふわパンケーキにフルーツ盛り盛りの時があるかと思えば、小さなエスプレッソ一つで済ます時もある。食べ方飲み方も、がっつり大口を開けて食べたり、かと思えばちびちび可愛らしく食べる時もある。
彼女を知らなければ、奇行癖と済ませてしまうが、僕の彼女は気配りが出来る人で、困っている人を見過ごせない。横断歩道でご老人が立ち往生していたら、すぐに駆け付けて、何なら背負ってその横断歩道を渡り、道に迷っている人がいたら目的地まで案内し、旅行中の外国人にも積極的に声を掛け、すぐに仲良くなる達人だ。
だから僕は彼女といて退屈した事がない。少し、いや、大分危なっかしい人だけど、僕がフォローに回れば、きっと二人で良い方向に進んでいけるはずだ。
☆ ★ ☆ ★
私の彼はとても落ち着きのある人で、すらりと背も高く、俳優やモデルだと言われても納得の美貌をしている。仕事も出来るから、社内の評価も女性陣からの評価も高い人だ。そんな彼から告白された時は、私が人生の絶頂を味わった時と言っても過言ではない。そして一度は断った。こんなちんちくりんが釣り合う人ではないと思ったからだ。
でも彼はそれで諦める人ではなかった。私の何が良いのかと尋ねると、進んで人助けをしている姿に惚れたのだそうだが、それは単に私が流されやすい性格で、困っている人に何故か絡まれる体質だと言うだけだ。
しかし美男子に二度も告白されては、私も本気になってしまう。だけど私は凡人だ。彼を喜ばせられるとは到底思えなかった。初デートの時には、緊張のし過ぎで常に髪を触っていた。そんな私に彼は呆れる事なく、目を止め、その後に爽やかな笑顔を向けてくれた。私の中で電撃が走った瞬間だ。
それ以来、私は彼の前で様々な事をするようになった。デートの度に髪型を変え、服の方向性を変える。映画好きな彼の趣味に合わせる形で、デートはいつも映画になるけど、その後のカフェ選びは私の出番。地元の有名店から、まだ人に知られていない新規開拓のお店まで、様々なお店に彼を連れていった。食べ方もどんな食べ方が良いのか毎回変えてみているけれど、まだ正解には辿り着けていない。
彼が好きだと言ってくれた人助けも、積極的にするようになった。老人? 迷子? 外国人? 何でも御座れよ! 何だかここに来て、自分の人に絡まれる体質も好きになってきたわ。
彼とのお付き合いは、何がどうなのか試行錯誤の連続だけれど、付き合う前より断然楽しい。だって私がちょっと前と違う事をするだけで、彼は笑顔になってくれるんだもの。彼の笑顔の為ならば、私は一生道化を演じられる。絶対に結婚まで辿り着いてみせるんだから!
なくて七癖 西順 @nisijun624
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