第五話 隠し事はお互い様

「ノイデ! 無事ですかっ?」


 ハールが戻ってきたのは、無事にアイスゴーレムを倒し終えた後。実にタイミングの良いことに、魔女に変化し直してから一通りの服を身につけ終えた直後だった。


「ケガはないですかっ? どこか、痛いところはっ?」

「ぜんぜん、楽勝だったし」


 正直、呑んだくれて暴れる校長を取り押さえる方が大変だったくらいだ。

 ランタンをかかげて駆け寄ってきたハールの背後には、一体の警備用ゴーレムが付き従っていた。どこからか、誘導して連れてきたらしい。


「それで、あのヤバい魔女はどうなったんです? 氷の巨人は?」

「魔女だったら、ハールの足元で伸びてるよ。アイスゴーレムは倒したら勝手に溶けた」

「え?」


 目敏いハールにしては珍しく、気づかなかったらしい。すっかり白目を剥いて気絶している赤毛の魔女を見て、ハールは私に問いかけた。


「どうやってこの魔女を倒したか……、聞いてもいいですか?」

「ええと、気合いと根性?」


 私の正体がドラゴンであることは、とりあえずハールにも秘密だ。壁に耳あり、魔女の地獄耳。うっかり正体が知れ渡って、魔法薬の材料として解体されたくはない。


「……わかりました。とにかく、この魔女をここに転がしておくわけにもいきません。校長室まで運ばせましょう」


 ハールが片手を挙げると、警備用ゴーレムは素直にその場でしゃがみこんだ。


「ああ、そのために呼んできたんだ」

「本当は、監視塔に連絡をつけるために連れてきたんですけどね。……それで、ドラゴンの血は? この魔女が、これ見よがしに抱えてましたけど」

「そういえば、そうだった」


 アイスゴーレムとの取っ組み合いに夢中で、すっかり本来の目的を忘れていた。

 しかし。

 魔女が湖から這い上がってきた時には、すでに容器を抱えていなかったように覚えている。ハールがタックルをした際に、どこかへすっ飛んでしまったのだろう。


「ちょっと、どーするんですか!」


 私が正直に答えると、ハールは素っ頓狂な声で叫んだ。


「このままじゃ、戻れないじゃないですか! いや、この魔女を湖に叩き込んだのは私ですけど!」

「まあ、何とかなるんじゃないかなあ」

「ですから! どうして、そう楽観的なんですか貴女は!」

「いや、だって」


 赤毛の魔女を担ぎ上げながら、私は応えた。


「本物のドラゴンの血は、すでにハールが持ってるでしょ?」

「……え?」

「だから、ハールが持ってるその結晶式ランタンの燃料。それが宝物庫に元々納められていた、ドラゴンの血なんでしょ?」

「…………」

「ハール?」


 けれど、その呼びかけに対する返事はなかった。


 赤毛の魔女を警備用ゴーレムに預けてから私が振り返ると、いまだに赤く点滅を続ける満月の下で、ハールは何やらとてつもなく不穏な表情を浮かべていた。

 ドラゴンの血が入ったランタンをかかげながら、挑発するかのように私へ問いかける。


「いつ、気づきました?」

「……」


 いくら私でも、ここで対応を間違えれば取り返しのつかないことになるのは分かった。気づかぬうちに、ハールの地雷を思い切り踏み抜いてしまったらしい。

 慎重に言葉を選びながら、私はハールに説明した。


「おかしいなと思ったのは……、監視塔で。この国でドラゴンの血が宝物庫に寄贈されたものしかないっていうなら、どうしてハールのランタンに使われているんだろうって」

「この燃料が、ドラゴンの血だって気づいていたんですか?」

「もちろん。だって、魔力の波長が独特だもの」


 そう答えてから、魔女には魔力の感知器官は備わっていないことを思い出した。魔力の波長で物事を認識するのは、ドラゴン特有の感覚であるらしい。


 とはいえ、ここで自分がドラゴンであると白状するわけにもいかない。

 ハールが気に留めないことを願って、私は話を続けた。


「あとは……、霧の湖でハールがこの魔女にタックルをした時。あれだけドラゴンの血の危険性について力説していたのに、らしくない軽率さだなと思って」


 つまり、ハールは最初から知っていたのだろう。この魔女が宝物庫から盗み出したというドラゴンの血が、偽物であるということを。


 そしておそらく、数年前に宝物庫へと忍び込み、行方知れずのまま捜索が打ち切られたという侵入者の正体がハールなのだろう。

 当時、宝物庫からの紛失物が見つからなかったのは、中身だけすり替えられたからだ。


「……それで、貴女はこれからどうするつもりですか?」

「え、何が?」

「私のこと、校長に突き出します?」

「…………だから、何で?」


 本気で質問の意図がわからずに問い返すと、ハールは冷淡な声で言い放った。


「とぼけないでくださいよ。このドラゴンの血を宝物庫から盗み出した犯人が私だって、見事に言い当ててみせたじゃないですか」

「いや、校長からの指示は宝物庫からなくなった物の奪還だけだったし……。それとも、そのドラゴンの血を校長に返したくないってこと?」


 私が尋ね返すと、一瞬の間を置いてからハールはぱちぱちと瞬きをした。


「あのですね……。私、盗賊なんですけど?」

「ええと、うん。この魔女みたいに王族としてのチートに頼らず、自分の実力だけで宝物庫に侵入したのは凄いと思う」

「ですから、そうじゃなくて……!」


 と癇癪を起こしかけたハールは、はっと気づいたように私を見上げた。


「もしかして、北大陸には盗賊って存在しないんですか?」

「さあ? 妖精の集落にはいたかもしれないけど……。私の周りはドラゴンばかりだったし、ドラゴンは服なんて着ないし、魔道具も魔法薬も使わないし」

「ああ、なるほど……」

「とりあえず、ハールがいなくなったら私一人で雑用係をしなきゃならなくなるし、それはとても困る」


 盗賊であるということは、魔女にとっては非常に後ろめたいことであるらしい。


 確かに、魔女の世界は雁字搦めだ、とはうちの育て親もよく口にしていた。家柄だけで全てが決まり、一度道を踏み外せば奈落の底へ落ちるしかないのだと。

 あのペテン師が北大陸へ乗り込んできたのは、案外、歴史的偉業を成してやるという野心よりも、この国から逃げ出したかったという気持ちがあったのかもしれない。


(だからといって、あのペテン師に同情するつもりは全くないけれど)


 それでも。北大陸のように、出自を気にせずに済む場所があるという事実は、あのペテン師と同じく養育院出身であるハールの心境に何かしらの影響を与えたらしい。


「…………」


 しばらく、何事かを考え込むように俯いていた後で。

 ため息をついてから、ハールは口を開いた。


「仕方ないですね……。大人しく、このランタンを校長に引き渡しますか」

「あ、いいの?」

「貴女一人に残った雑用を押し付けるのは、さすがにかわいそうですから」


 そして。

 ようやくいつもの調子に戻ったハールは、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「私も一人で雑用係をやらされるのはゴメンなので、貴女がドラゴンだったってことは秘密にしておいてあげます」

「!」

「あのですね……。どうして、そこでビックリした顔をするんですか」

「いや、なんで、私がドラゴンだって……?」


 するとハールは、本気で呆れたような顔をして私に言った。


「まさか、ごまかせると思ったんですか? 思いっきり変身してたじゃないですか、心臓止まるかと思いましたよ」

「いや、だって、暗かったし、見えないかと……」

「幼い頃から鍛えに鍛えたこの盗賊の目、舐めないでくださいよ」


 そう少しだけ誇らしげに言ってから、ハールは高らかに指を鳴らした。その合図を受けて、赤毛の魔女を担いだゴーレムがチェリーヴァーレ城へと歩き出す。


「ほら、ノイデ。校長室へ行きますよ!」

「ああ、うん……」


 ……まあ。ハールになら、私がドラゴンだとバレていても大丈夫だろう。


(多分……)


 のろのろとハールの後をついていきながら、私は問題を先延ばしにすることにした。

 まあ、何か面倒なことになったら、その時にどうしようか考えよう。


 とりあえず、これで校長からの頼まれごとは完了だ。予定よりずいぶんと時間がかかってしまったが、どうにか朝日が昇る前には寝床へたどり着けるはずだ。


(まだ、今日の分の雑用は残っているわけだけど……)


 それでも、仮眠をとるくらいの贅沢は許されるだろう。なにせ、明日は明日で、特に理由もなく、別の雑用が理不尽に押し付けられるのだろうから。




【おしまい】

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魔女学校の雑用係は今日も理不尽に忙しい アロエ100号 @aroe100

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