第四話 まさかの因縁
「さあ、早くドラゴンの血を返してください。こっちは他にも雑用を抱えてるんですよ!」
「そう言われても、あたくしにだって事情ってものがあるの」
「犯罪者の事情なんて、知ったこっちゃないですね」
「あら、怖い顔」
警報音が鳴り響く中、巨大スライムを従えた魔女は侵入者とは思えぬ鷹揚さでハールをあしらっている。
「あのー……」
そこへ私が恐る恐る呼びかけると、気づいた赤毛の魔女はランタンをこちらへ向けた。
余裕に満ちた仕草で、小首を傾げる。
「なにかしら?」
もし、これが私の勘違いであったなら、ただの侮辱であり完全なる名誉毀損だ。けれどこのままでは埒が明かないので、私は意を決して赤毛の魔女に問いかけた。
「もしかして……、ウィッティヴィ・アーマーストンの知り合いだったりしません?」
「!」
不運にも、私の予想は大当たりしてしまったらしい。
赤毛の魔女の顔から、さっと表情が抜け落ちる。そして、凄まじい形相をして叫んだ。
「ウィッティヴィ・アーマーストン!!」
眼の奥底でバチバチと憎悪の火花を散らせながら、赤毛の魔女は手にしたランタンを勢いよく地面に叩きつける。
「あのドラゴンのことしか頭にない、人でなしのド三流がッ!」
(あー……、やっぱり)
この魔女も、あのペテン師の犠牲者であったらしい。
彼女の姿に見覚えがあったのは、祝賀会の会場に飾るための写真を卒業文集から選んでいた際に目にしたからだ。
集合写真での微妙な立ち位置と表情から、うちの育て親とは何かしら因縁があるだろうと覚悟していたが……。
(まさか、これ程だったとは)
それまでの淑女然とした態度から豹変した魔女は、壊れたランタンから溢れる魔力光に照らされながら呪いの言葉を吐き続ける。
そのあまりにおぞましい形相に、ハールだけではなく、魔女が使役している巨大スライムさえもが呆然と立ち尽くしているように見えた。
「なんか……、すみません。うちの育て親が」
いたたまれなくなった私がつい謝罪をすると、ぴたり、と呪詛を止めた赤毛の魔女がこちらを向いた。
「貴女、ウィッティヴィ・アーマーストンの養い子?」
「はあ。一応、そうなります」
どうも、私は彼女の感情を逆撫でしてしまったらしい。
据わった目で、赤毛の魔女が私に宣告した。
「見逃してあげようと思ったけど……、お前だけはここで始末してやる」
一体、どれだけの恨みをかっているというのかあのペテン師は。
赤毛の魔女の手に、氷のナイフが出現する。
(私を始末したところで、あのペテン師には何のダメージにもならないけど……)
さて、どうしたものか。
赤毛の魔女は、宝物庫から盗み出した容器を抱えたままだ。
(下手に抵抗したら、容器を壊しそうだし……)
しかし、私が次の行動を決める前に動いたのはハールだった。
私の方ばかりを凝視していた魔女の隙をついて、勢いよくタックルを仕掛ける。
ボチャン、と派手な水音が響き渡った。
「……あれ?」
霧の向こう側に消えた赤毛の魔女は、どうやら湖に落ちたらしい。主人の姿を見失った巨大スライムが、おろおろとしながら魔女の後を追って消えていった。
「ほら、ノイデ! 今のうちに逃げますよ!」
「え、だって、ドラゴンの血は?」
「命あっての物種でしょうが!」
ドラゴンの血を持ち帰らなければ、校長に追い返されるのではなかろうか?
私の手を引っ張るハールをどう説得したものかと考えていると、周囲から唐突に警報音が途絶えた。
その、直後。
「!」
強烈な魔力光と共に、巨大な水柱が湖から天へと吹き上がった。
巻き起こった烈風で、周囲の霧が一掃される。
「うわっ」
ぼたぼたと水をしたたらせながら這い上がってきた魔女は、無言のままパチリと指を鳴らした。その合図を受けて、見上げる程に巨大なアイスゴーレムが湖から立ち上がる。
ハールが、唖然として呟いた。
「あんなものまで、持ち出します……?」
神々しく輝くアイスゴーレムを中心として、湖の畔一面に霜が降りた。
痛くなる程の冷気に、息が白く凍る。
(おお、これは……)
ゴーレムはゴーレムでも、警備用ゴーレムなどとは明らかに異質な存在感だった。魔力の質からしても、旧神族の手による作品なのは間違いない。
ドラゴンの血より、このゴーレムの方がはるかに貴重な品であるはずだ。
(……ただ、図体のわりに魔力量は大したことないか)
正規の燃料を確保できず、先ほどの巨大スライムを動力源として代用しているのだろう。見掛け倒しとまではいかないが、私一人でもどうにかなる程度の相手だ。
「ハール。こいつは私が何とかするから、先に逃げて」
「はあ? 何を言って……!」
「私の箒、落下した時に折れちゃった。ハールの箒じゃ、二人乗りは無理でしょ」
そう言ってばっきりと二つに折れた箒を見せると、ぐっと言葉を詰まらせたハールはそれでも食い下がった。
「けど……!」
「大丈夫。北大陸には、もっとヤバいのたくさんいたから」
「……っ、すぐに、助けを呼んできますから!」
「だから、急がなくても平気だってば」
思った通り。アイスゴーレムはこの場から離脱したハールには目もくれず、私だけに狙いを定めていた。
その氷の巨人の肩に乗った魔女が、嘲るような表情で私を見下ろす。
「お友達を逃すために、決死の足止め?」
「いや。ハールが側にいない方が、私も動きやすいので」
「負け惜しみを……」
と、私を鼻で笑った赤毛の魔女は、どうしてか急に慌てだした。
「ちょっと、止めなさい! どうして、いきなり服を脱ぎ始めるのよッ?」
そう言われても、こちらとしても服を無駄にしたくはない。平均的な魔女と比べて、だいぶ大柄な私にぴったりの服は入手しづらいのだ。
「コラ、だから、止めなさいったら!」
狼狽した魔女の焦り声を聞き流し、さくさくと服を脱ぎ終えた私はついでに、蛇が脱皮をするように『魔女』としての皮を脱ぎ捨てた。
パチン、と。
シャボン玉が弾けるように枷が外れ、体が膨張する。
「!」
『元』の姿に戻ってみると、アイスゴーレムはほとんど私と同じ大きさだった。鼻息が届きそうな程の距離に、こぼれ落ちそうなほど大きく見開かれた魔女の眼が迫った。
「なん……、どうして、ドラゴンが……ッ?」
『……あの人でなしが、普通の魔女なんか養い子にするハズないでしょ?』
そう。私は、ドラゴンだ。
ドラゴンとして北大陸で生まれ育ちながらも、ウィッティヴィ・アーマーストンに捕獲されたあげくに色々とあって、今は魔女のフリをしてこんな場所にいる。
「嘘、嘘よ、そんなこと……!」
いくら王族でも、ドラゴンと対峙したことはなかったらしい。
すっかり気が動転してアイスゴーレムへとすがりつく魔女に、先ほどまでの威勢の良さは微塵も残されていなかった。
(正直、彼女の気晴らしに付き合ってあげたい気もするけど……)
この魔女も、あのペテン師からむごい仕打ちを受け続けてきたのだろう。
なので『養い子』である私へ対する殺意も、被害者仲間としては大いに理解できた。彼女の気が済むのであれば、ナイフで数回刺されるくらいのことは我慢してもいい。
(だけど、今は時間に余裕もないことだし)
四大属性でいうなら、私は『土』のドラゴンだ。
炎のブレスを吐いたり、辺り一面に雷を落としたりといった派手な真似はできないが、体の頑丈さや再生力では随一の竜種だ。
手っ取り早く、力ずくで押し切ってしまおう。
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