引越し② 参の館の弐番部屋

 荷物を運び入れ、駒耶との別れ(及び家族からの言伝て)を済ませた桃は、梅の手伝いのもと荷解きにかかった。

「桃ちゃん、お着物多いねえ。」

「そうかしら?かなり厳選してきたのだけど。」

「ひと月毎日別の格好できるくらいあるんじゃない?」

「流石にそんなにはない…はず…確か…」

「なんか歯切れ悪いねえ。それにしてもこれ、全部入り切るかなあ。」

 部屋は三人分の布団を敷いて、三人が横並びに使える机が一つあって、三人分の箪笥があって、それでいて窮屈には感じない程度の広さである。布団が片付けられている今、かなりの床面積があるはずなのだが、現在その床はほとんど見えない──色とりどりの着物が広がっている。片っ端から箪笥に入れようとしたら、「そんなんじゃしわになっちゃうでしょ!」と怒られたためである。どうやら牛車や徒歩の間に崩れていたようだ。梅は駒耶ほどではないが手際よく着物と帯を畳んで塔を作る。

「入り切らなかったら梅のところに入れるからいいわ」

「ちょっと!?確かに私の箪笥はスカスカだけど、だからって失礼じゃない?」

「あなたのところに入れた着物は勝手に着ていいわよ。」

「こんな上等なの、仕事で着れるわけないじゃない!」

「あらそう?残念。」

「まさかこんなお嬢様と相部屋になるなんて、思ってもみなかった」

 先ほどからあまり動かない桃の手を憎らしげに見つめながら呟く。

「そういう梅はどこから来たの?」

「とあるお屋敷に勤めてたんだけど、そこのご主人に、書物殿で働ける年齢の人はみんな解雇されちゃった。なんか、元々最近家計が危なかったらしいんだけど、それに加えて奥様のお金遣いが荒くて。で、他にも何人かいて、その子達は地元の書物殿に行ったんだけど、どうせ働かなきゃいけないならこっちの方が今後にも有利だしいいかなって。」

 この国には書物殿と呼ばれるものは幾つかあり、年数にはばらつきがあるものの、ほぼ全ての人が一生のうちの数年を書物殿で働く。ただ、鹿踏は他の比ではない大きさであり、帝も通われるため、より優秀な者を、ということで試験が科されている。

「あなたもなかなか壮絶なのね。お勤めが終わったらうちにくる?」

「ここまで自分のことができないお嬢様だと、駒耶さんだけじゃちょっと過重労働すぎるかもね。それもいいかも」

 桃の周りに出すだけ出して散らかった着物やら化粧道具やらを見やりながら梅が笑う。

「なんですって?どういう意味よ」

「そのまんまですう」

 ぐぬう、と睨むと、梅もこちらを見つめ返してくる。そうして続いた沈黙はきっと数秒だったのだろうがどうにも長い時間に感じた。だから、くすりと小さな笑いが聞こえた時に耐えられなくなって二人して笑い転げてしまった。

 なんとか呼吸が整ってきた頃。

「もう、あのときに笑い出すなんて卑怯よ」

「笑い出したのはももちゃんでしょ」

「何言って…」

 さっき、聞こえたわよね?

 おかしくない?見る?気のせいって事にしとく?

 見ておきましょう。これからここに住むのよ。疑問は残すべきではないわ。

 僅かな目配せでここまでの確認をし、頷きあって、同時に声のした方を見る。

「あの、もし、」

「「ぎゃあああああああああああ!」」

「あの、ごめんなさい…」

「「うわあああああああああああ!」」

「なにごと!?大丈夫?」








「──つまり、到着してこの部屋になったから入ろうとして部屋の外から声をかけたけれどもここの二人が気づかなくて、入ってもなかなか気づかれなくて、やっと気付いたと思ったらお化け扱いされたってわけね?」

「はい、申し訳ありませんでした。返事がないからといって無言で入るのは良くなかったですね…。ごめんあそばせ」

「「いやいやいや、こちらこそ申し訳ございませんでした!」」

 隣室の先輩に取り持ってもらい、土下座合戦をすることになってしまった。

「あんたたちが隣の部屋ね?私は櫻子。名前聞いておいていい?これから関わりがあるだろうし。」

 にっこり笑う櫻子先輩にひっ、と後退りしそうになりながらも、「桃です」「梅です」「菊です…」と名前を伝える。

「わかったわ。まあ、あんまり騒ぎすぎないでね、隣の部屋なのに耳が壊れるかと思ったわ」

「「「すみませんでした…」」」

 先輩が部屋へ戻って行った後、まじまじと菊を見つめる。少し日焼けしていて、着ている着物はあまり見たことのない織り方だが上等なものである。

「な、なんでしょうか…?」

「あら、ごめんなさいね。別にどうってことはないのだけど、ついつい見つめちゃったわ」

「そうそう、あんまり可愛いからさあ。あ、菊ちゃんはどっから来たの?」

「私は多賀城のあたりです。田舎でお恥ずかしいのですが…」

 多賀城。このくにに七つある府(お役所や軍事の砦のあるところ)の一つで、最北の府が置かれているまちである。特に、砦としての役割が大きく、蝦夷との争いも絶えない地域だ。しかし、それなら日焼けにも納得がいく。多賀城から来たとなれば、道や天気によってはひと月近くかかるだろう。

「歩いてきたの?」

「はい、父は牛車や馬も勧めてくれたのですが、牛車じゃ通れない道も多いでしょうし、わたくし、馬に乗れないものですから…」

「試験受けに来て、その後帰って、また来るんじゃ、結構大変じゃない?」

「ああ、いえ、試験は府ごとに開かれるので、鹿踏にくるのは初めてです」

「へえ。知らなかった。みんな鹿踏に来るんだと思ってた」

「私も初耳。私のところは試験官が来て試験をしたわ。みんなばらばらなのね」

「試験官が来るって…桃ちゃんどんだけお嬢様なの…」

 ひとしきりそれぞれの受験事情について聞いたところで。

「して、この荷物、そろそろ片付けますか?」

「うわわ、忘れてた!」

「わたくしもお手伝いいたします。わたくし、長旅とあって、荷物は今身につけてきたものくらいしかないんです」

「助かるわ。」

「じゃあ、ちゃっちゃと片付けてご飯食べにいこー!」


  空が橙に染まりはじめてきた一刻後。

 季節ごと、柄ごと、使いたい順に整理された箪笥がそこにはあった。化粧道具やら簪やらも綺麗に並べられている。服は結局、なんとか入り切ったようだ。

「よし、これで完璧。」

 ふんっ、と胸を張る梅がどや顔で振り向くと、早々に戦線離脱した桃と、片付けの魔王に付き合いつつ桃の相手をしたためぐったりしている菊がいる。

「ちょっと!なんで桃ちゃんが我関せずなの!」

「だって、あなた終始はしゃぎっぱなしなんだもの。ほら、菊を見てみなさいよ、ぐったりしてるじゃないの」

「それは桃ちゃんが全然やらないからでしょ!」

「いえ……私のことはお気になさらずに……。わたくし、鹿踏への旅路で、ちょっと今までにない経験をしたからって大きくなりすぎていましたわ。わたくしもまだまだ未熟。さらに精進せねば。」

「ほらね、菊もこう言ってるわ」

「あんたは反省せえ!」

そんなことを言いあっていると、がーん、と鐘が鳴った。

「あっ、やばい!ご飯取りに行かないと怒られる!」

「取りに?何処に?」

「1番奥の部屋!あそこが調理場になってて、当番制で寮ごとに料理作るんだよ。ほら!」

 部屋を走って出ていく梅に続いて桃と菊も駆け出していった。


「遅い」

「「「ごめんなさい!」」」

 本日2度目の土下座である。

「ご飯だって冷めちゃうし、洗い物しなきゃだから、あんたたちが食い終わるまで私らも寝れないのよ。わかる?」

「ほんっとすいません。あの、自分たちの洗い物は自分たちでするんで!」

 梅が1歩前に出て、なんとか許してもらおうと上目遣いで交渉する。

「あ、そう?じゃあ半分くらいは許してあげる。」

 交渉ちょっと成功。梅がくるっと後ろをみて、親指をたててくるので、桃と菊もそれを返す。

「次はないから、覚悟しなさいよ。」

「まあまあ、そう怒らないの。今日来たんでしょう?なれないこともあるだろうけど、頑張ってね」

「……はい、今日の夕餉は煮魚よ。」

 次はないから、次は許さないから!と何度も繰り返す声が部屋に戻るまで聞こえ続けた。


「あー!疲れた!」

 梅が叫びながら布団に滑り込む。

「でも、楽しかったです」

「そうね」

 あのあと、部屋でご飯を食べ(とても美味しかった)、食器を井戸で軽く洗った(春の水はまだまだ冷たかった)あと、疲れた体に鞭を打って重い布団を敷いたところである。

「菊、鹿踏の味はどう?」

「ちょっと薄味ですけど、美味しかったです。白米をあんなに食べるなんて、今日は祭りかと思いました」

「白米?白米なんて、何処にでも植わっているでしょう?」

 意外な食材に驚く。

「多賀城じゃ、寒すぎてそもそも稲が育ちにくいんです。その上玄まいから白米にするとなればかなりの労力がいるでしょう?だから、特別なときにしかありつけないんです」

「へえ、育たないところもあるのねえ。じゃあ何を食べているの?」

「寒さに強い紫の米があるので、そちらの方が主流です。白米は都に納める分くらいしか作らなくて、大豊作の年は週一回白米が食べられたらしいですけど、私が生まれるちょっと前くらいからはずっと稲の出来が微妙なんですよね…」

「大変なのね」

 桃が純粋に反応に困ったような、かわいそうだという目をしたのを見て、菊は慌てて

「でも、海が近いので新鮮なお魚が食べれたりしますよ」

と、自分のまちをうりこんだ。

「あら、それは素敵ね」

「私のとこも魚結構獲れるよ!漁村が近いからねぇ」

 それまで布団に潜っていた梅も、それを聞いて飛び起きる。

「あ、起こしてしまいましたか?すみません」

「ぜーんぜん寝てなかったから大丈夫よー」

「でも、私たちもそろそろ寝ましょう。もう真っ暗だわ」

 もう相手の顔も見えない。

「おやすみ」

「おやすみー」

「おやすみなさい」

 疲れ切った参の館の弐番部屋からは、少しの静寂を挟み、すぐに寝息が聞こえてきた。

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