永遠のスペシャルブルー

朽木桜斎

第1話 初代スペシャルブルーの敗北

「父さん――っ!」


 屈強な黒服の男たちに拘束された少年が叫んだ。


 コンクリートを打ちっ放しにした広い空間。


 ひとりの青年がその中心で、醜いオークの群れから一方的にいたぶられている。


「頼むっ! 息子だけは、晴彦はるひこだけは――っ!」


 彼は光り輝くような金髪をしていて、なによりも特徴的なのは、目も覚めるような青いジャージを身にまとっていることだった。


 同色のマスクやグラブ、シューズのデザインも同様である。


 肩口から手首にかけて、また腰から足首にかけては次第に細くなるラインが入れられており、その模様は波打つ水しぶきを連想させる刺繡が施されていた。


 名を、天駆陽介あまく ようすけ


 世界でも知らぬ者のない大企業、GODジーオーディーグループの若き総帥だ。


 しかしその実態は、国家に救う悪を狩る正義のヒーロー・スペシャルブルーなのである。


 だが彼はいま、15歳になる愛息・晴彦を人質に取られ、抵抗することすら許されず、されるがままに肉体をいためつけられていた。


「おらっ! これでもか、スペシャルブルー!」


「ぐあっ!」


 金色のファスナーヘッドが揺れる。


 オークたちの果てしない猛攻を受け、陽介はすでにボロボロの姿にされていた。


「いままでの恨み、たっぷりと晴らさせてもらうぜ!」


「うぐっ!」


 髪の毛をつかまれ、乱暴に壁へとたたきつけられる。


「うっ……」


 これでもかと袋叩きにされ、彼はもう虫の息だった。


「へっ、いいザマだな。負け犬のヒーローさまがよ」


「何が正義のジャージ戦士なんだかな」


「息子のひとりも守れねぇで粋がってんじゃねぇよ。とんだダメな父親だぜ、ぎゃはは!」


 陽介は激しく罵倒されながらも、必死で活路を見出そうと思案している。


 しかし現実は非情であった。


「やめろっ! 父さんをいじめるな!」


 少し離れたところで晴彦が泣き叫んでいる。


「ボウズ、おまえも災難だな。バカな父親をもってよ?」


「貴様! 父さんを侮辱するな!」


「うるせぇなあ、親子そろってよ。見てな、おまえの大切なパパが、雑巾みたくなるところをよ」


「な、何を……」


「おい、おまえら」


 リーダー格が合図をすると、別なオークが陽介の襟をつかみ、晴彦の目の前まで引きずり出してきた。


「おい」


「へい」


 計5体のオークがニヤニヤとしながら、彼の周りを取り囲む。


 ひとりがうしろから裸締めをかけ、残る者たちが四肢にそれぞれ「ひしぎ」をかける。


「や、やめろ……」


 晴彦の顔が恐怖にゆがむ。


 オークたちはニヤリと顔をつり上げたあと呼吸を合わせ、完全にホールドした正義の戦士を、一気呵成に締めあげた。


「ぐ、あ……!」


 数秒で呼吸はとぎれた。


 あわれ、スペシャルブルーこと天駆陽介は、白目をむいて気を失ってしまった。


 口からは蟹のように、ごぼごぼと泡が吹き出ている。


「へへっ、正義のヒーロー・スペシャルブルーの完全敗北だな」


「てめぇごときがキングと戦おうだなんて思ったのが、そもそもの間違いなんだよ」


「あ~あ、こんなふうになっちまって。もう、あわれすぎて何も言えねぇぜ」


 死体のようになった陽介に、オークたちはなおも罵詈雑言を浴びせかける。


 実の父親をさんざん辱められたうえ、侮蔑された息子は怒り狂った。


「貴様ら、よくも父さんを! こんなことをして、タダで済むと思うなよ!?」


 オークたちは薄気味の悪い笑みを浮かべる。


「ああボウズ、タダで済むだなんて、もちろん思ってねえぜ。ただし、そこに寝転がってるバカのほうがな」


「え……」


「わかんねぇの? バカだな、おまえも」


「な、何を言って……」


「ああ、もう。いいか? おまえの親父は正義の味方を気取って、さんざん世間をひっかきまわしてきた大悪党なわけ。だからな、たっぷりとお仕置きをしてやらなきゃなんねぇ、わかるか?」


「お仕置き、って……」


「まあ、お子ちゃまにはまだ理解がおよばねぇか。要するに、しっかりと罰を受けてもらうってことだよ。けじめとしてな」


「……」


「ま、おまえもいっしょに連れていってやるから安心しな。さびしくはさせねぇからよ」


 絶望で頭がどうにかなりそうだった。


 吐き気を催しそうな悪寒の中で、晴彦は意識はいまにも飛びそうになっている。


「さ、こいつをさっさと連行しようぜ」


「おい、あれを持ってきてくれ」


 黒光りするコンテナのような「箱」がひとりでにやってくる。


 拘束用に開発された特殊ストレッチャーだ。


 それはまるで、鋼鉄製の棺桶を彷彿とさせた。


「これにはめ込まれが最後、さすがのスペシャルブルーと言えども、身動きひとつ取ることはかなわねぇ」


 棺桶がぱかっと口を開く。


 自動的に開き、横に広がった。


「敗北した戦士にはふさわしいかっこうにしてやる」


 オークたちは手際よく、リング状の枷に陽介を「収納」していく。


 強力な空気圧をかけられ、体の可動部をロックされる。


 完璧に動きを封じられたその光景は、まさに磔そのものだった。


「ボウズ、どうだ? これがおまえのパパの、正義の戦士スペシャルブルーの末路なんだぜ? どう思う? こんな恥ずかしい姿にされちまってよ?」


「ううっ、父さん、父さん……」


 晴彦が泣きじゃくるさまを、取り巻きたちは満足そうに笑った。


 機械仕掛けが再び起動し、洗濯物でもたたむように、スペシャルブルーは箱の中に閉じこめられてしまう。


「よし、あそこまで持っていけ」


 音声を認識したAIが、戦士の入った棺桶を、いずこかへと移動させていく。


「ほら、おめえはこっちへ来な。心配すんな、すぐにでもパパとは会えるからよ」


「触るな! 放せ、放せっ!」


「まったくかわいい親子だぜ、おまえらはよ」


「いやだ、いやだっ! 父さん、父さんっ――!」


 響き渡る嘲笑の中、晴彦の意識は遠くなっていった。


   *


「父さんっ――!」


 夢。


 あのときから五年が経った。


 成人した晴彦、ベッドの中で目が覚めた彼の、その顔はしとどに濡れていたのである。

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永遠のスペシャルブルー 朽木桜斎 @Ohsai_Kuchiki

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