先生

夢見人

お終い

先生、先生。久しぶりだね。

そう言って笑顔を貼り付けた彼女の笑顔は、俺にはあんまりにも奇妙に見えて返事ができなかった。


彼女は4年前に担任をした1人の女生徒だった。中学最後の年、彼女は毎日のように俺に白い便箋に入れて手紙を送ってきていた。

虐められていた。そのせいで。

上靴を捨てられたり、教科書を破られたり、無視されたり。

他にも色々あったが、俺は見て見ぬふりをした。いや、それは嘘だ。

何度か、手紙が鬱陶しくなった時にこう言った。

「俺に手紙送らなかったら、あんなことされないんじゃないか」

彼女は困ったような笑顔を浮かべて、いいんです。なんて言ってたような。

結局、俺は彼女の手紙の封を一度も破らずにその一年は終わった。

最後の日も、彼女は今みたいにはにかんだような、困ったような笑顔を浮かべて、俺に手紙を届けた。

最後まで教室に残って、冬の冷たい風が笛を鳴らすのを一緒に聴いていた。

それから四年間、なんの音沙汰もなかった。俺なりに気になって、調べたりはしていたが、県外の高校に行ってそれなりに充実した生活を送っていたらしいから、俺の事なんて忘れていたと思っていたが。

「先生、大丈夫ですか?」

「もう先生って呼ぶ必要もないだろ。お前からしてら、自分が虐められてたのを無視していた教師だ」

彼女はそう言われて、戸惑うどころかより一層笑顔になった。

普段は生徒達の喧騒で溢れる代わりに蝉の声で埋められた廊下がしんと静かになった、気がした。


教室に絡まるようにもつれ込んだ。

教壇に足が引っかかり壁に背中をぶつけた。

「あのね、先生」

「あのね、私覚えてくれてて嬉しいの」

俺の手を強く握ったまま、彼女は俺の目を覗き込んだ。湿った吐息が鼻に当たって不快だった。

額から汗が垂れて、背中はとっくにシャツが張り付いていて鬱陶しかった。

「あのね、先生のことね。一年生の時から好きだったの」

「でもね、先生私の事全然見てくれないから」

「だから手紙を送って、虐めてもらったの」

先生、手紙開けたことないでしょ。

全部真白だったんだよ。

「そうだ、先生。手紙今度はちゃんと書いてきたんだよ。ほら」

彼女はポケットの中からクシャクシャになって、黒く滲んだ便箋を取り出した。

「でもね、きっと先生は読んでくれないから。もういいの」

そう言ってぽい、と床に落とされた便箋はひらひらと舞うことなく、一直線に床に落ちた。

今なら逃げれるだろう、立ち止まっていた思考の隅でそんな考えが過ぎったが、俺はまるで釘で留られたように動くことが出来なかった。

「先生、先生」

すっかり息が上がった彼女が途切れ途切れに俺の事を呼ぶ声がやけに遠くに聞こえて、俺は薬指の指輪を外し、投げ捨てた。

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先生 夢見人 @tetora12

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