あの日の軌跡

香坂 壱霧

🛩 ✈ 🛩 ✈ 

 携帯でメールを送る時、紙飛行機がふわりと現れ飛んだ。

 それを見るたび、甘酸っぱい思い出がぎった。今となってはその画面すらノスタルジーの一つに過ぎないのだけれど。


 ***


「岡田君、呼んできたよ。あとは自分でちゃんと言いなよ」

 放課後の特別教室の前、親友の香純かすみはひとまず任務完了だと呟いて、私を置き去りにした。

 隣の校舎から、合唱部の歌声が聞こえる。

 グランドからは、運動部の掛け声が響いてくる。

 それらを聞いても、心臓の音は落ち着かない。呼び出してと頼んでみたものの、心の準備は出来ていなかった。

 階段を足早に駆け上がってくる音が聴こえる。その足音がだんだん近付いてきて、少し離れたところで止まった。

 足音はそれまでの勢いとは裏腹に、ゆっくりとこちらに向かってきている。

 時間の動きが急に遅く感じ始める。周りの音は急に遮断され、聞こえるのは私の心臓の音だけになった。

 足音のぬしである岡田君は、私の正面の少し向こう、距離にすれば約三メートルくらいの場所で立ち止まったようだった。

 まずは深呼吸。

 ちゃんと言おう。

 そう思っていたのに、本人を目の前にすると言葉が出てこない。俯いたまま、岡田君の顔を見ることもできない。

 どうしようか悩んだ結果、私は足元にある通学カバンの中からおもむろにメモ用紙を取り出しす。そこに「すきです」と小さな文字を書いてみた。

 これを渡せばいい。それだけで終わる。

 そう思ったのに、小さなメモ用紙はいつの間にか私の手の中で紙飛行機に変わっていた。そして何を思ったか、私はそれを軽く岡田君の方へ飛ばした。

 それは岡田君の足元、もしくは岡田君を通り過ぎるだとうという予測ははずれ、私の目の前であっけなく墜落してしまう。

 そこで私は初めて岡田君の顔をみてしまった。岡田君の顔は、真っ赤になっている。私も、たぶんそうなってると思う。

 岡田君は、私が飛ばした紙飛行機を凝視していた。

 一瞬それを拾って渡そうかと思った。そうすればよかったのに、口に出てきたのは、「それ、読んで」という投げやりな言葉。

 呼び出しておいて偉そうな物言いをする自分を殴り飛ばしたいと思っていると、岡田君は素直にそれを拾いあげ、メモ用紙を広げた。

 さすが岡田君、優しい。そう思いながら、私は、違うでしょと心のなかで自分にツッコむ。

 岡田君は、そこに書いてある言葉を見て一瞬私の方を見る。でも、さっきより一層顔を真っ赤にしたまま、岡田君は俯いてしまった。

 何を言われるんだろう。そう思っていると岡田君は紙飛行機を手にしたまま、その場から走り去ってしまった。

 呆然と立ち尽くしていると、香純がどこからともなく私のそばに駆け寄って来る。

「何があった? さっき岡田君、ものすごい勢いで走っていってたけど」

 私はさっき起こった出来事を戸惑いながら話す。

 すると香純は、

「言葉に出来なくて紙飛行機に好きって書いて飛ばしました。それが目の前で墜落したので、それで拾わせました? はあ? あんた、何やってんの?」

と、ものすごい呆れ顔で言った。

 返す言葉がない。何やってんだって、私もそう思ってる。

「岡田君はそれからすぐ逃げ出しちゃったわけだよね。てことは、何も進展はなかったってこと? あーあ。それ、どうすんの」

 呆れながらも香純は私のために、岡田君の親友に探りをいれるからと、狼狽える私を慰めてくれた。


 翌日、香純は岡田君の親友から得た情報を私に話してくれた。

「二人は両思いだってことは、わかったよ。でも、それがわかったところで、二人はどうするのかってことだよね」


 紙飛行機に載せた想いはちゃん届いていた。でも、私はそれだけで満足してしまって、付き合うというところにまで考えがいたらなかった。

 廊下ですれ違っても、軽くお辞儀をするだけ。お互いに意識はしていても、何の進展もないまま中学を卒業して終わってしまった。


 ✳ ✳ ✳


 伝えただけで満足したけれど、あの時のことは後悔はしていない。

 思いはちゃんと軌跡になって、残っているのだから。


  <了>


──2015年 5月作成を改稿──

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あの日の軌跡 香坂 壱霧 @kohsaka_ichimu

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