第2話 デート中に元カレが出てくると萎える

 丘から逃げると、背後から追手が来ているような気配はなくなった。だけどグラストンベリーは小さな町だ。もし再び襲撃されると逃げられなくなる。だから俺は町に停めていたレンタカーにグィネヴィアを押し込みすぐに町から出た。


「なにこれ?馬車なの?随分乗り心地がいいわね」


 後ろの席に座るグィネヴィアはこの状況下なのにどこか寛いでいるように見えた。


「ただのレンタカーなんだけどね。とりあえず近くの大きな街に逃げる。そのあとのことはそこで考えよう」


 法定速度なんてガン無視したおかげか、なんとか日をまたぐ前にはバースという街に着いてくれた。すぐに安い宿にチェックインする。部屋にはいってすぐに俺はため息を吐いた。


「狭くて地味で殺風景な部屋ね。こんなところに泊まることになるなんて私も落ちぶれたものね」


 グィネヴィアはデスクチェアに座って。ベットの方を見た。


「ベットが二つ?あなたと同じ部屋で寝ろと?この私にそう言うつもりかしら?」


「お嬢さんお嬢さん!状況が状況だって理解してますぅ?俺たちってヤバい奴に追いかけられてるんだけど?」


「追われてるのは私だけでしょ。あなたには関係ない話でしょう」


 気丈に振舞ってはいるが、どこか不安げにも見えた。


「言ったろ?守るって」


 グィネビィアの淡い青い瞳が俺のことをまっすぐ捉える。そして彼女はため息を吐いて目を反らした。


「そう。まあ男なんてそんなものでしょうね。ええ。よく見たわ。あなたみたいな目をした騎士たちを。いいでしょう。あなたに私を守る栄誉を与えてあげる。光栄に思いなさい」


 なんか上から目線だけど納得はしてくれたようだ。こういう状況でぐずらないだけましかもしれない。


「さて。とりあえず飯でも食べようか」


「そうね。でも安宿の食堂なんて嫌よ。わたしに似合うものをちゃんと供しなさい」


 うざ!美人だからこそこういうウエメセがすごく鼻につく。とりあえず俺はスマホの宅配アプリを開いてデリバリーを頼んだ。そしてすぐに部屋にフードが届いた。


「…油臭い。なにそれ?」


 グィネヴィアは俺が受け取ったフードを見ながら顔をしかめている。


「とってもとってもお上品な料理だよ」


 嘘です。頼んだのは世界一デカいチェーンのフードである。デスクの上に俺とグィネヴィアの分を置く。


「世界一お上品な料理のハンバーガーでーす!うぇーい!」


 俺は紙袋を広げて中のハンバーガーにかぶりつく。肉汁が適度に出てパンに旨みが染みていて美味い。そしてその油をコーラで洗い流す。最高の瞬間である。


「絶対に上品な料理ではないわね。そもそもナイフもフォークも使わずに食べるなんて…」


 グィネヴィアは顔を顰めている。それに抵抗感を感じているようだ。


「いいから食えよ。もうキャメロットはないんだ。お上品も何もあったもんじゃない。もうお前はお姫様でも何でもないんだよ」


 挑発的に俺は言った。だけどグィネヴィアには効いたらしい。ハンバーガーの紙袋を手に取って開いて恐る恐る中身に口をつけた。上品な所作というものは消えないもので、ハンバーガーを食べている時も、まさに貴婦人然していたが一口食べ切ったときには凄まじい笑顔になっていた。


「すごく美味しい…!もしかして聖杯で作った魔法の料理なの?!」


「たとえが大げさだなぁ。くふふ」


 その驚きっぷりがなんか可愛く見えて俺は思わず笑ってしまった。グィネヴィアはそのままコーラも飲んだ。


「変わった味ね。でも甘くてとても美味しいわ」


 ハンバーガーのセットはお気に召したらしい。美味しそうに残りを食べるグィネヴィアは可愛らしかった。追われている最中なのにまるでデートのワンシーンみたいで楽しかった。そして食べ終わって俺は気になることを一つ尋ねてみた。


「さっきの白い髪の男はどんな知り合いなの?」


「……女の過去を詮索するのはどうかと思うのだけど?」


 質問に質問を返してきやがった。どうやら答える気はないらしい。だけどああいう風に接するってことはただならぬ関係ってことだ。顔見知りってことは円卓の騎士の一人だろうか?


「まあいい。とにかくあいつの追跡から逃げるのが先決だ。明日はロンドンを目指そう。あそこには大きな魔術師たちのコミュニティがあるからお前を保護してくれる団体もいるかもしれない」


「わかったわ。ところでお花を摘みたいのだけど?」


「入口のところにドアがあったでしょ。ユニットバスだけど文句言うなよ」


 言われたとおりにグィネヴィアはトイレに向かう。だけど部屋にはいってすぐに俺のところに戻ってきた。


「あれがトイレ?どうやって使うの?」


「ああ…昔の人なんだよなぁ…」


 古代のトイレ事情なんて想像したくもない。俺はトイレの流し方を説明して、ついでにシャワーについても説明した。グィネヴィアは一言だけ「この時代の人間はずるい」と羨ましそうに言った。そして彼女はユニットバスに籠ってしまった。シャワーの音がする。さっそく風呂ってるらしい。その音にちょっとドキドキしている自分がいるのに気がついた。


「サネトシ!着替えを持ってきなさい!」


 ドア越しにグィネヴィアが偉そうに注文をつけてきた。


「はぁ?女ものの服なんて持ってねーよ。さっきの服着ればいいだろう」


「湯あみして同じ服なんて着たくないわ!いいから持ってきなさい!」


 お姫様がわがままこいてきてなかなかにウザい。俺はリュックからパジャマ代わりにしているジャージを取り出す。ドアをノックして。


「持ってきてやったぞ」


「ご苦労様」

 

 ドアが少しだけ開いて、しっとりと湿った白い手が出てきた。手だけなのにひどく艶めかしい美しさがある。俺はその上にジャージを置く。そして手は引っ込んでドアは閉まった。すぐに着替え終わってジャージ姿のグィネヴィアが出てきた。纏めていた髪を下ろしていた。腰まで届く金髪は艶々と光を反射していた。風呂上がりでノーメイクのはずなのに本当にびっくりするほど美しい。そして彼女はつかつかと俺の横を通り過ぎて、ベットの上に仰向けで横たわった。


「疲れたからもう寝るわ。でも努々私のベットに入り込もうなどと不埒なことを考えないで頂戴ね。私は夫がいる身なの。同じ部屋で寝るのはあくまでも緊急避難でしかない。夫以外の男と寝るようないやらしい女だと人々に噂されるなんて耐えられないわ。だから私の騎士を気取るならば礼節を守りなさい。いいわね」


 それだけ言ってグィネヴィアはすっと眠りに入ってしまった。ところで今言っていたのは自虐ギャグ?それとも本気?後者なら自分のことを棚に上げすぎじゃない?まあいいや。俺も今日は疲れた。そしてその夜はシャワーを浴びてとっとと寝ることにしたのであった。



 朝起きてすぐにロンドンに向かうつもりだったが、その前にグィネヴィアの服やらなんやらをそろえることになった。バックパッカーの貧乏旅行だけど、クレカは持っている。だから金の心配はない。ないのだが。


「服を買う?なら部屋に仕立て屋を呼ぶものでしょう?」


「どこのお嬢様の発想かな?そんな贅沢できるわけないだろ」


 俺とジャージを着たグィネヴィアは街のショッピングモールにやってきた。


「そう。まあいいわ。さすがに仕立てるとなると時間もかかるでしょうし既製品でもこの際かまわないわ」


「妥協してくれてどうもありがとうよ」


 数は必要になるから俺は大手の量販店に向かっていたのだが、途中グィネヴィアがとある店の前で足を止めた。


「あら。なかなかいいわね。そう思わない?」


 飾ってあったのは青いドレスだった。正直に言って逃避行の真っ最中に着る服ではない。


「ふーん。いいじゃない…ひゃ?!」


 ウィンドウに飾ってある服の値段を見て俺の顔はきっと真っ青になったはずだ。だって一着でクレカの限度額が軽く飛ぶレベルだったから。グィネヴィアは何の抵抗もなく店の中に入っていく。そして店員さんを見つけて声をかける。


「表に飾ってあるのが欲しいのだけど…」


「だめぇ!!それはだめぇ!!」


 俺はグィネヴィアの手を引っ張ってすぐに店の外に出た。


「なにするのよ」


「高すぎるだろうが!!」


「はぁ?高い?あの程度のドレスが?」


「ああ…これが王侯貴族様の発想かぁ…あれはとにかく無理」


「はぁ…お前には甲斐性がないのね…」

 

 なんかがっかりされてる。けど俺の方がまともだからね。とりあえず量販店に向かう。


「へぇ。すごいわね。こんなに服があるなんてね。世界はとても豊かになったのね」


 量販店の特有の広いスペースに無尽蔵とも思える服が並んでいる様子を見てグィネヴィアは目を丸くして感嘆している。


「ここなら大丈夫だから好きなの選んで」


「そう。では荷物持ちをしなさい」


 ナチュラルに命令されてイラっとしたけど、まあ沢山の服を前にして楽し気にしている姿が可愛かったので許してやった。その後数時間をかけて服と靴を選んで店を後にした。服はデリバリーサービスで宿に届けてもらい、俺たちは手ぶらになった。だから昼時のピークを過ぎた飯屋が空いている時間だったのでフードコートに行った。


「あらあら。いろいろあるわね。見たことない料理ばかりね」


 グィネヴィアはジャージからさっそく買った服に着替えていた。シンプルなブラウスにひざ丈くらいのプリーツスカートにローファー。


「ねぇ。一言くらいは世辞を送るのが男の務めではなくて?」


 どこか挑発的にグィネヴィアは言った。服を褒めてほしいみたいだ。


「そうだね。とても綺麗だよ。お嬢様」


「そう。ありがとう。まあもっと修辞を駆使して欲しいものだけど機嫌がいいから許してあげるわ」


 だけど本当は褒めることにちょっとためらいを持ってしまった。だってこの女は美しすぎる。実際に周りの男たちの視線がすごいことになっている。ついでに女たちの視線だってなかなかにエグいものを感じた。地味なブラウスの下には隠しきれないほど豊満な乳房の形が綺麗に浮き出ていて。腰のラインは艶めかしくきゅっとくびれていて。スカート越しでも尻の形がいいことがよくわかる。そして伸びる足は程よいにくつきで挑発的に思えた。セクシーという言葉では形容しがたい。もっと生々しい言葉で形容するべき性的魅力だった。これが一国をたかだか不倫騒動だけで潰してしまった女の魅力なのだ。


「で、お嬢様は何が食べたいの?」


「なんでもいいわ」


 うわぁ。これが女の子が言うと言われている伝説の『なんでもいい』発言か!たいていの場合は私の心を読んで適切に行動しなさいという意味らしい。はっ。さっぱりわからん。とりあえず牛丼屋に連れて行くとアウトらしいってのは知ってる。めんどくせー。


「わかった。じゃあこれね」


 俺はフードコートにあったサンドイッチ屋でサンドイッチを買う。そしてそのまま歩いてフードコートの外に出る。


「ねぇ。テーブルはあっちにあるんじゃないの?」


「もっとお上品な食い方させてやるよ」


 俺たちはショッピングモールの外に出て街の名物の公園に向かった。そして芝生の上に俺は座る。そしてその隣にサンドイッチの箱が入っていたビニール袋を広げて。


「最高級のクッションにございますよお嬢様。なにせこれならお尻が汚れませんからね」


 個人的には振り回されたりイラっとさせられたりした腹いせのつもりだった。だけどグィネヴィアは穏やかに笑っていた。


「あらあらそうなの。本当にお前はひどい男ね。でも多少は細やかな気遣いができるようになったみたいね。褒めてあげるわ」


 グィネヴィアは俺の敷いたビニール袋の上に座った。そしてサンドイッチの入った箱を開ける。


「この時代のものは何でも美味しいみたいね」


「まあまずいものを探すのが難しい時代にはなったな」


 まずい料理なんて自炊してて調子乗ってレシピを無視したときにできる料理くらいな気がする。


『くるっくぅ』


 近くに鳩が寄ってきていた。俺はサンドイッチのパンを少し千切って放り投げる。鳩はパン屑に集まってそれを突っついている。


「あら。かわいいわね」


 鳩を見て可愛いというのはなんか現代人っぽくない気がした。だけど楽しそうにグィネヴィアは笑った。その笑みには傾国なんていう称号が似合いそうな気配はなかった。ただただ可愛らしい女の子に見える。


「それぇ!ふふふ」


 グィネビィアも俺に倣ってパンくずを鳩に向かって投げる。鳩が集まってきてパンくずを突っつく。それ見てきゃきゃとグィネヴィアは笑った。なんだろう普通に楽しいなって思える。だけどそんな時だった。突然鳩が一斉に飛び去って行った。まるで何かを恐れるかのように。


「ああ!なんと喜ばしい日だろう!グエンロイ!アーサーによって別たれてしまった俺たちはやっとこの時代で巡り合うことが出来たんだ!!愛しき恋人よ」


 どこか粗野な雰囲気を纏う茶髪のイケメンが俺たちの目の前に現れた。そのねっとりとして熱い視線はグィネヴィアに注がれているように見える。


「誰だお前は?グィネヴィアに何の用だ?」


「君こそ誰だ?現世の人間がなんで彼女の傍にいるのかな?…俺の邪魔をするってこと?」


 一瞬だけ俺の方を男が睨んできた。その時にはすさまじい重圧と憎しみを感じた。間違いないこの男も神話の登場人物だ。グィネヴィアを見る視線には間違いなく恋心がある。だとするとこいつの正体は間違いなく…!


「その口ぶりからすると、あんたがあのサー・ランスロットか!!」


「「えっ?」」


「ん?え?違うの?」


 グィネビィアと茶髪の男がハモっている。俺はその反応に戸惑ってしまった。もしかしてサー・ランスロットじゃないの?

 

「ちょっとなんであいつをランスロットって勘違いしてるの?」


 グィネヴィアが俺に耳打ちしてくる。


「だって恋人って言ってるじゃん。お前の彼氏やろランスロットって」


「たしかにあの男は私のかつての恋人だけどランスロットではないわよ」


「え?」


「ん?」


 どういうこと?その口ぶりだとまるでランスロット以外にも彼氏がいたみたいな感じじゃない?


「はっきり言って不愉快だ。アーサーの騎士に落ちぶれた我が身も許せないが、何よりもあのランスロットのようなグエンロイを大事にしない男と一緒にされるなんて!!」


 なんか茶髪の男さんがメッチャ怒ってらっしゃるんだけど…。いやなんだろう。リアルに考えれば元カレの数は別に一人に限るものではないと思うんだけどね。あれだけ有名なランスロットとアーサーとの三角関係にまだ男が入る余地があるの?ないわー。


「どうやら俺のことを知らないようだな。この俺を!グエンロイの真の恋人であり!アーサーから救うこの俺の名を!!」


 男から闘気とでも言えそうな気迫が漏れている。


「グエンロイの魅力に充てられただけの只人であれば見逃してやるつもりだったけど、お前は許さない!我が名『イデール』にかけてお前を殺し!グエンロイを救って見せる!!」


 茶髪の男はまるで鹿の角のような形をした剣を召喚してその切っ先を俺に向ける。


「いや、イデールって誰やねん?」


 聞いたこともない名前の元カレ君が出てきて激しく混乱する俺であった。










***作者のひとり言***


元カレ四天王の一人!

アーサー絶対に許さないマン!イデール!参上!!




イデール君の神話を知っている人ならば、鹿の角のような剣って記述にニヤリ( ・`д・´)としてくれるはずです!

ではまた。

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いぇ~いwwwアーサー王くん見てるぅ?君のかわいい大事なNTRビッチ嫁なら俺と結婚しちゃったよwwwだから早くアヴァロンから起きてこのビッチを迎えに来てください! 園業公起 @muteki_succubus

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