第11話 遭遇
〝迷い猫の巣〟。
ルキがこれから行く場所はそう呼ばれている、らしい。
らしいというのはすれ違った男がそれらしい言葉を言っていたのを耳に挟んだからだ。「魔法少女が〝迷い猫の巣〟の方向に向かったから気を付けろ」———とガラの悪そうな男が同じようなガラの悪そうな男に忠告していた。
ルキは、へ~そうなんだ、魔法少女がいるんだぁ~と特に熟考することもなく〝迷い猫の巣〟へ向かった。この薄暗い路地ですれ違うかもしれないなぁ、ぶつからないように気をつけよ、と本当に『魔法少女』というキーワードに対して関心を持っていなかった。
「みーちゃん、みーちゃん、みーちゃんは……っと。ん……?」
そんなことよりも———ルキは金を見つけた。
「一万
飛びついた。
ロクな依頼をこなさず、充分な報酬を得ていないルキにとって道端に落ちている一万
「やったぜ! これでしばらく草を食わずに済む!」
定職を得たとはいえ、まだ給料日前。金はまだない。
旧友であり、学院長のラフィエルに金をまた借りることはできるが、すでに滞納していた家賃を立て替えてもらっている以上、手を借りるのは忍びない。
地面に落ちて薄汚れた紙切れにほおずりせんばかりの勢いで顔を近づけ、天からの恵みにルキは感謝する。
「……あ~、よかった」
この調子でみーちゃんも見つけられれば、加えてまた、一万
期待を胸に路地の角を曲がる。〝迷い猫の巣〟はこの先だ。
ルキの頭には先ほどすれ違った男が離していた『魔法少女』というワードは、既に頭から消失していた。
金に気を取られていたのもある。
彼の頭には貴族の猫を早く見つけて、飼い主の元に届けて、家に帰ってぐっすり寝たいと思っているというのもある。
だが———〝迷い猫の巣〟にいざ辿り着いた時、そのワードを鮮明に思い出すことになる。
「———あ」
月光に照らされた猫の山。
その中心にうずくまる少女は———一番寂し気な様子を見せていた。
「あ」
あちらもルキに気が付き、顔を上げる。
「涙……」
ぼそりとルキが呟く。
見た物をそのまま口にした。
少女は、泣いていた。
「あんた……どうしてここに……」
少女———テューナ・ヴァイオレットがとろんとした顔で尋ねる。夢うつつ、まだ自分が夢の中にいるかのような、そんな表情。目の前にいるルキを確認してもまだ脳ではっきりと認識できていないような茫然とした顔。
「猫を……探してて……」
ルキの視線がテューナの手元へと向けられる。
「……あ、みーちゃんだ」
いた。
探し猫、マダム・コンフォートの飼い猫はテューナに首筋を撫でられて「ゴロゴロ」と鳴いていた。
ハッとする。
テューナ・ヴァイオレット。ルキは彼女の顔を見た時に、どこかでその顔を見たような記憶があった。
三日前だ。
今と同じ。みーちゃんを探して街に出ていた時、捕まえてくれた魔法少女。黒衣の魔法少女だった。
「テューナ・ヴァイオレット……どうして君がここに?」
「…………」
魔法少女学院に通う女性徒たちはほとんどが貴族の娘で身分が高い。そんな子がこんな薄汚くて治安が悪い場所にいることに違和感を感じずにはいられない。
それに、〝迷い猫の巣〟にいる猫達は完全にテューナに気を許していた。みーちゃんは違うが、ほとんどは野良猫だろう。野良という生き物は見知らぬ相手に対しては強い警戒心を抱き、近づこうとしない。
それが自分から近づいていると言うことは———そういうことなのだろう。
「ここにはよく来るのか?」
テューナ・ヴァイオレットという少女は猫達にとって見知らぬ相手ではないということだ。
「…………」
彼女は視線を逸らし続けている。
気まずいところを見られたというように———。
「なぁテューナ、答えてくれ。一応俺はお前の担任教師なんだからさ、」
「—————ッ!」
キッと睨みつけられた。
ルキは、怯んだ。
いきなりテューナから敵意を向けられるとは思ってもみなかったのと、その眼力の強さにビックリしてしまったからだ。
そして———テューナはルキが怯んでいるうちにダッと駆け出した。
集まっていた猫達が、自分たちより大きな存在が突然動いたことによる驚きで「ニャー!」とパニックを起こして飛散っていく。
「あ……ッ! おい……!」
テューナの足は速い。
一瞬で距離を作られて、既に彼女は曲がり角の手前まで到達していた。
一応、ルキは声はかけた。
だけど彼女は立ち止まらなかった。
…………。
ルキは一瞬考えた。
テューナと自分は知り合ってまだ間もない。
彼女は何か、悩みを抱えている。
それは間違いない……が、それを解決できる自信が自分にはない。もっとふさわしい人がいるのではないかと思う。もっと適した人がいるのではないかと思う。
だけど———、
「ちょっと待ってくれ」
呼び止めた。
そして、ルキは右手の人差し指と中指をクイッと上げた。
ドプ……ッ。
「————ッ⁉」
急に、テューナの足が地面に沈んだ。まるで沼地に足を突っ込んだように足首まで地面にどっぷりと沈み込んでいる。
暗い、夜の地面に……。
「な、何この魔法……⁉ 土魔法⁉」
テューナは沈んだ地面から足を引き抜こうとしてもがくが、全く持って動かない。
地面の下で何かに固定されたかのように彼女の足は沈んだままになっていた。
「話を、聞かせてくれないか……?」
ゆったりとした足取りでルキはテューナに歩み寄る。
だが、やはりテューナは敵意を込めた瞳を向け、
「聞かせる話なんて何もないわよ。あんたなんかに」
「まぁ……頼りないかもしれないな。昨日今日会ったばかりの俺なんて」
「……そうよ。あんたも所詮、
———〝大人〟……と来たか。
ルキは苦笑した。初めて彼女の感情を知ることができたような気がしたからだ。
「……何よ?」
「いや、別に。俺に対して〝大人〟なんて認識するやつはそうはいないから、つい笑っちゃっただけだ。就職に失敗して、路頭に迷って、ラフィに助けてもらわないとどうにもならなかった奴が……大人かぁ……別にそんなことはないぞ?」
「あんた……」
テューナの瞳がどんどん開かれていく。
———月が傾き、雲が流れる。
差し込んでくる月光がルキの顔を照らし、暗い路地でもくっきりと見えるようになる。
「———あの時の」
「……あぁ」
思い出してくれたようだ。
初めてルキと会った時のことを。
「話、聞かせてくれないか? 俺は真面目な人間じゃあないつもりだが、ただ話を聞くだけの壁ぐらいにはなれるつもりだ」
テューナに向けて手を伸ばす。
彼女はその手を取ることなく、警戒している猫のような目つきでルキの頭のてっぺんから足先まで目を走らせ、
「とりあえず足、解いてくれない?」
「ああ」
クイッと指先を先ほどと同様の動きで動かすと、さーっとテューナの足のまとわりついてた
「……あんた、何者なの?」
そんな魔法———習ったこともなければ、見たこともない。
ずっとこの街で暮らしてきたテューナにとっては未知の魔法を彼は使っていた。
「言ったろ? 元英雄の最強教師だって」
「……何が教師よ。この
魔法少女学院の不良教師 あおき りゅうま @hardness10
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