第10話 迷い猫

 わたし・・・はさ迷っていた。


 どこへいけばいいのか。

 これからどうすればいいのかもわからなかった。

 ただ、言われていることはある。


 ———私たちの言うことを聞けば、あなたは幸せになれるから。


 そう、幸せそうじゃない大人たちは言う。

 そうなんだ、と自分に言い聞かせ大人の言う通りに動く。

 叱られないように体を動かす。

 大人に言われていないときは、ただジッと大人に何も言われないように隅でうずくまる。

 それが正しいと教えられたから。

 こう生き続けていけば、私は幸せになれるんだと自分に言い続けて。

 いつかはおもしろくなるんだと思い続けて。

 でも今は———とってもつまらない。


 〇


「………ぃさん! いい娘いるよ! ちょっと寄ってかない⁉」


 ハッとする。

 気が付いたら、わたし・・・はまた夜の街に来ていた。

 キラキラと目に痛い光が視界一杯に広がる通り道。ガラの悪そうな刺青の男が年配の男を誘っている。客になりそうなあの男は手に金の指輪を見せつけるようにつけている。いかにもカモといった外見だ。「いやぁ~、困っちゃうなぁ……」と言いながら、そのままガラの悪い男の口車に乗せられそうになっている。

 不快だなぁ。

 ああいう、不真面目なのは嫌い。 

 だけど、一人でいるのは寂しくて、いつもわたしは此処に来てしまう……。

「お、お嬢ちゃん。仕事でも探しに来たのかい?」

 大柄の男がわたしの道を塞ぐ。

 耳にピアスをしており、いかつい体をしている。

 わたしがわたしじゃなかったら、その威圧感に圧倒されてビクビクと体を震わせていただろう。


「…………」

「……お嬢ちゃん、何とか言いなよ。ここに来たってことは、お金に困っているってことなんでしょう? いい仕事あるんだ。おっさんと喋るだけでお金がもらえる仕事。ただしゃべるだけ。それだけで一日一万Mマシェリ稼げる。悪い話じゃないだろ?」


 この口車に乗せられた女の子がどうなっていくのか、知らないわたしじゃない。

 最初はただ、客の隣に座って晩酌をしながら接客をするだけに留まるかもしれない。だが、段々と店側の要求がエスカレートしていき、最終的には客の夜の相手をさせられる。女の子にその要求をのませる方法はいくらでもあるが、一番の方法としてはギャンブルだろう。一度付き合いでギャンブルに誘い、ハマらせたところで借金漬けにし、店の要求を断れないようにする。

 要は〝弱み〟を作らせるのだ。

 その〝弱み〟で滅んでいった人たちをわたしはいくらでも見ている。


「……お嬢ちゃん。何とか言いなよ。仕事探してるんだろ? 今はどいつもこいつも職にあぶれて大変だもんなぁ。俺はその手助けを親切にしてやろうって言ってんだけどォ⁉」


 語気が上がった。脅すような声色。 

 男の眉根がより、ガッと肩を掴んできた。


 ——————ッ!


 鳥肌が立つ。

 叫び出しそうになるのをグッとこらえる。


「やめなさい」


 声を絞り出した。


「あ?」


 男の身体がビクリと震えた。

 目線を上げて、男に目を見る。

 彼もまた怯えていた。


「私がどんな人間か、わからないようだから教えてあげるわ」


 わたしの声は震えていたと思う。体も震えていたと思う。

 だけど、精一杯の虚勢を張って———腕を上げた。

 その手にある黒い宝石の埋まっているブレスレットを見せつけるために———。


「その腕輪は……⁉」


 男の顔から、明らかに血の気が引いていた。


「私はヘキサ魔法学院の生徒なの。下手なことをして痛い目見るのはどっちかわかるでしょう?」


 男はわたしの肩からバッと手を放し、飛びずさるように後退した。


「あ、あぁ! 悪かった。本当に悪かった! だから、親とか先生とかに言わねぇでくれ! 見逃してくれ、頼む! この通りだ!」


 頭まで下げる。そして、男は自分のポケットに手を入れて、紙幣を取り出す。


「一万Mマシェリやる!」


 わたしに突き出す。


「金をやるから、黙っていてくれ! 殺されちまう。魔法少女に舐めた態度とったなんて知られると殺されちまうよォ!」

「……いらないわよそんなの」

「いいから、受け取ってくれぇ‼」


 男はわたしの手に押し付けるように一万Mマシェリを渡すと、脱兎のごとく逃げ出していった。


「くっそぉ! なんで魔法少女がこんなところにいるんだよ⁉ 来るんじゃあねぇよ、貴族のお人形がよォ‼」


 聞こえていないと思っているのか。捨て台詞を吐き散らしながら男は曲がり角の先に消えていった。


「…………」


 わたしは、お金ゴミをその場に捨てて前に歩き出した。

 あんなものはいらない。

 わたしが欲しいのは、もっと暖かいもの。

 薄暗くて汚い裏通りを、わたしはずんずんと進んで行く。

 ———にゃー。にゃー。にゃー。

 猫達ともだちの声が聞こえる。


「ただいま」


 薄暗い、月明かりだけが照らす空き地に猫達が集まっている。

 わたしを見つけるとトトトッと可愛らしい足取りで集まって来る。その猫達をかき分けながら歩いていく。まるで水の様に猫達は私の足取りに合わせて道を開けて、また寄り添ってくる。

 空き地のド真ん中、膝を曲げて腰を落として座る。そして、茶色毛の高級そうな猫の喉を撫でていると感情が爆発してしまう。


「優しいね……お前は。私を慰めてくれるんだ」


 曲げた両ひざに顔をうずめる。


「さびしいよぉ」


 つぶやく。

 だけど———涙は出ない。

 かわいてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る