第9話 夜の街
夜のアルテニアの街を駆け抜けるルキ。
「おい、みーちゃん! 待て! 待てって!」
猫に比べると当然体格が大きいルキは人にぶつかり、どんどん距離が離されていく。
みーちゃんの姿が人ごみの中に消えていく。
「あ、あぁ……見失った」
夜の繁華街で完全に猫の姿を見失った。まぁ、元々小さな隙間にも潜むことができる猫を人間が捕えようと言うのが元から無謀な話ではあった。
「お兄さ~ん、寄ってかない?」
声をかけられる。
気が付けばピンク色の
「いや、いい、大丈夫だ」
肩を大きくはだけさせたドレスの女性に手をかざし、そっちの店に今は行く気はないと答えると、相手はルキの顔を見てハッと息を飲んだ。
「あんた、ルキじゃない」
「え、あ、あぁ……ミカさんか。ご無沙汰」
彼女は知り合いだった。と言っても彼女に接客をしてもらったと言うわけではなく、一応この街で探偵業をやっていたものだから彼女に対して聞き込みを行ったことがあるのだ。彼女は夜の街ではそこそこ有名な〝お嬢〟であり、いろんな客と接しているから様々な情報を持っている。だからただの〝お嬢〟としてだけではなく情報屋としての顔も持っており度々ルキはお世話になっていた。
「なぁんだ、ルキか……じゃああんた金は持ってないわね。とっとと去りな」
シッシッと手の甲をひらひらさせて追い払うような仕草をするミカ。
「ひど。まぁいい慣れてるから。それよりもここいらで猫見なかった? いい毛並みをした高級そうな猫。探しているんだ」
「猫? 猫なら店の中にいっぱいいるよ。にゃんにゃん鳴いて馬鹿なオスから金を搾り取る猫がね」
「そっちじゃない……つーかミカさんは一応その中での顔役みたいな立場だろ? 客をバカって言っていいのかよ」
「いいさね。男も馬鹿になりに来てるんだから。馬鹿になりに来ているオスに優しくレベルを合わせて猫の振りをする女。それで喜んで金を払ってもらってるんだから、両方にとっていい事づくしさね」
「……それより、本物の猫は?」
「知らないね。猫なんてどこにでもいるし、いちいち毛並みなんて見てないからね」
「そっか……」
「ほらほらとっとと帰んな貧乏人。あんたが近くにいたら運気が落ちて金の巡りが悪くなる」
「うるさ」
「うるさ……じゃない。どうせまだろくな依頼をこなしてないんだろ? いい加減探偵なんてやめたらどうなんだい?」
「探偵辞めたら何ができるんだよ。学も資格もない俺に……って今までの俺だったら言ってたけど、じゃ~ん!」
俺は六芒星が描かれたバッチを見せる。
「……なんだいそれ?」
「聖ヘキサ魔法少女学院の教員バッチだ。就職したんだ俺」
ミカが目を丸くする。
「あんたがぁ? 就職ぅ? それも教員ってことは教師かい?」
「そう言ってる」
「アッハッハッハッハ!」
まぁ、笑い飛ばすだろうなとルキは予想していた。
「あんたが教師……世も末だね」
「うるさ。昔の仲間に誘われたんだよ。おかげでこれからは収入も安定するし、家賃もちゃんと期日までに払うことができる」
「収入が安定⁉ 皆に知らせなきゃ! お~い、みんなぁ! ルキがちゃんと就職したらしいわよォ~! 今までのツケを返してもらえるわよォ~!」
「待って! やめてくれ! まだ給料日前なんだ!」
「……じゃあ、給料日が楽しみだね」
あっさりとミカはやめてくれたが、からかうようなニヤニヤ笑いは浮かべ続けている。
「勘弁してくれよぉ……ミカさん」
「勘弁してやるも何も、あんたはここら辺の飲み屋に合計で百万
「そんなに……?」
「そんなに」
自分がそこまでツケをため込んでいたとは、とルキは戦慄する。よくよく周囲に視線をやれば、酒場の窓の向こうから店主〝たち〟が怒りを込めた瞳で彼を睨みつけていた。
「あぁ……じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
気まずくなって、一刻も早くこの場から退散しようと、じりり……とルキの
「猫の話だけどね」
「ん?」
「そっちの裏道を進んで行ったら、空き地がある。そこは居心地がいいのか猫が溜まっているスペースがあってね。もしかしたらそこにいるのかもね」
「……ありがとう!」
「別に礼なんていいよ。貰い手がいなくてにゃーにゃー鳴いている迷い猫に迷惑しているのを思い出しただけさね」
ミカはドレスの腰の部分からセンスを取り出し、大きく広げ口元を隠すとルキに背を向けた。
ルキはもう一度「助かった!」と礼を言って手を振り、彼女の言葉に従って猫のたまり場に向かっていった。
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