第8話 それぞれの孤独

 聖ヘキサ魔法少女学院の生徒たちはほとんどが寮住まいだ。

 生徒の皆が皆、大魔法都市・アルテニアの中に自宅があるわけではなく、ほとんどの生徒が親元を離れて暮らしている。

 そんな中で帰る家があるということは幸運なことなのかもしれない。

 そんなことを以前のテューナ・ヴァイオレットなら思っていた。


「ただいま……」


 ヴァイオレットの家はアルテニアの富裕層が住んでいる中央区にある。

 二階建てのベージュの漆喰が塗られた家。〝貴族〟という言葉からイメージするには小さな家だが人気のアルテニアの中央区にあるという立地の良さで価値は見かけよりも何倍もある。

 日が沈んだ頃、テューナは帰宅した。

 扉を開き、真っ暗な廊下を進み、壁にある魔灯ライトに手をかざす。

 テューナの魔力に反応し、部屋に光を灯すだけの小さな雷魔法が発動する。

 家の明かりがつく。

 テューナは、一人きりだった。

 他の家族は誰もいない。

 部屋の中は散らかっており、書類やガラスケースが床に散乱している。他にも鉄製のパイプやエメラルドに光る宝石のような物———魔法石がテーブルの上に紙と一緒に置かれている。


「…………」


 テューナはトットットッと家の中を歩き回る。

 家。

 ここは家なのだ。

 だというのに、驚くほど生活感がない。

 まるで、研究施設の様にガラスの試験官と細かく数字が書かれた書類しか散らばっていない。

 寂しげな瞳をしながら、それらを眺めていくテューナ。

 やがて階段を登り、二階にある自分の部屋に辿り着く。

 そこには———何もなかった。


 ———いや、あるにはある。


 ソファが一つ。毛布が掛けられたソファが窓際の壁に置かれており、テューナはそこに寝そべった。


「ハァ~……」


 何もない部屋。

だから、彼女のため息が響き渡る。

 ソファに体を預け、目を閉じ毛布にくるまる。


「今日も学校……楽しかったよ……」


 誰にでもなく、そうつぶやき目を閉じた。

 まだ日も落ちたばかりで、空は薄く赤みがかかっていた。


 〇


 テューナ・ヴァイオレットがソファに寝転がっているころ、『ロード探偵事務所』でもソファに寝転がっている人間がいた。


「……どっかで見たことあるような気がするんだよなぁ」


 ルキ・ロングロードだ。

 しかも彼はラフィエルから拝借したテューナの写像を眺めていた。

 眉を顰め、テューナの顔をじっと見つめる。教室で顔を合わせた時から、ずっとデジャヴのようなものを感じていた。どこかで会っているような……だが、対する彼女の反応からして、恐らく初対面で間違いはなさそうだ……が。


「どこで見たんだっけなぁ……都市広報紙だったっけか……?」


 事務所に散らばるアルテニアが発行している情報紙を漁る。毎日発行しており、その日に起きた事件や事故などを記者が調べ、魔法使いが光魔法で紙に文字と写像を焼きつける。

 昔は文字や絵を記録残すというのは紙が貴重だったためにコストがかかっていたが今は魔道具技術の発展により、かなりお手軽に手に入れることができる。おかげで〝大声屋ラウダ―〟という職業が一つなくなってしまった。昔は音魔法を使い、ある一定範囲に集まった人間に一斉に最新の情報音声を届けるという仕事があったのだが、情報紙ができたおかげですっかり需要がなくなりみなくなってしまった。

 そういうことを考えると、現在の魔法少女が重宝されている社会で男の魔法使いが冷遇されている現状と重なり、ルキはナーバスな気持ちになってしまう。


「え~っと……『女王崩御。世継ぎは誰に?』『国王。養子をとり世継ぎとするか?』『予言者雷に打たれる』……それ、自分で予言しろよ。『国王に隠し子発覚か?』『旅先での遭難事故多発。観光地の安全性の向上必須』……どれも違う」 


 情報紙で彼女の顔を見たような気がしていたのだが、いくら探してもテューナの写像が描かれていそうな都市広報紙はなかった。


「それにしても観光で旅……か、昔は魔物が街の外には溢れていたからそんなものはできなかった。いい世の中になったもんだ」


 ルキはテューナの情報を探すのを諦め、観光地の安全性を問うと言う記事を摘まみ上げる。その記事では危険な山道を知識なく進んだゆえに遭難したと書いてあり、他にも野党に襲われた事件が多数、海での事故も起きていた。


「この程度で一々騒ぐんじゃねぇよ……昔はベヒモスとかゴブリンとかに人類殺されまくってただろうが……」


 魔神を倒す英雄一行として長い旅に出ていたルキとしてはこの記事は騒ぎすぎな気がする。


「いろいろ、みんな暇なんだな……」


 そんな感想を抱いていると。


 ———にゃーん……。


 鳴き声が聞こえた。

 ここいらは猫なんて珍しくない。そこまで興味もない。だが、何となく視線を窓に向けると、窓の外に猫がいた。

 窓のわくに足をかけて、呑気にあくびをしている茶色い毛の猫。


「……あれ? お前……みーちゃんじゃね?」


 まさに、その猫は先日マダム・コンフォートに届けたばかりのみーちゃんだった。


 ———にゃ!


 高級そうなふさふさした毛を揺らし、事務所の窓から飛び降りた。


「おいっ、待て!」


 また脱走してやがる!


 だったら、また俺が捕まえねばと思いルキはソファから体を起こし、事務所を出た。

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