第7話 フィオナ・イヴセレス

 聖ヘキサ魔法少女学院は、巨大な赤レンガでできた三階建ての修道院を改築して作られた施設である。


 ゴ~ンゴ~ン。


 十字の形の北側先端部に突き出ている時計塔から帰宅時間を告げる鐘が響く。夕焼けが差し込むアーチ形の廊下に響き渡るそれをフィオナ・イヴセレスは聞いていた。


「……もう、こんな時間?」


 鼻の上まで伸ばした前髪の隙間から、暗くなっていく空を見つめる。そして結んだ後ろ髪をくるりと流しながら体の向きを変えて階段へと向かう……その手に抱えるおとぎ話の本を抱えながら。

 その拍子は窓辺のお姫様に手を伸ばすハンサムな顔立ちの王子様が描かれている。


「るき・ろんぐろーどせんせい……か。カッコイイ人だったな」


 本を持つ手の力をギュッと込め、フィオナは頬を染める。

 今日、二年花組に新しい教師がやってきた。これまでやってきたのは皆女性で、魔女で……フィオナはあまり好きではなかった。


「今度の先生はいい人だと……いいな」


 そうつぶやきながら階段を降りていると、フィオナとは逆に登って来る足音が聞こえ、思わず身を強張らせる。


「……ニヒヒ‼ それいい考えだねぇ! オファっち!」

「……やっちゃう? やっちゃおうよ!」


 クラスメイトの双子の声だ。

 ならば……、


「でっしょ~! まさか今度の担任が男だなんて思ってもみなかったけど、どうせロクな奴じゃないに決まってるんですから!」


 オーファン・クリムゾンだ。

 彼女が双子の姉妹、トロンとサンディを両脇に侍らせるようにして階段を登って来る。


「絶対にあのクソオス教員もこの学院から追い出して……あら?」


 オーファンがフィオナに気づき足を止める。


「あ、えへ……ごきげんよう……オーファンさんに、トロンちゃん……にサンディちゃん」


 どこか卑屈めいた笑みを浮かべてフィオナが挨拶をすると、オーファンは微笑を浮かべ、


「ごきげんよう! フィオナさ、」


 と名前を最後まで言い切る直前で両脇の双子がダッとフィオナに向かって飛びついた。

 フィオナが「ヒッ」と悲鳴を上げる間もなく抱き着くアインセンス姉妹。

 そして、彼女たちはフィオナをもみくちゃにする。


「うりりりりり! 今日も可愛いねぇ~フィっちゃんはぁ~! え子だぁ~! え子だぁ~!」


 姉の方のトロンが頭をわしゃわしゃわしゃ! っと高速で撫でまわし、妹の方のサンディが———ガシッとフィオナの胸を鷲掴みにした。


「ひぎ……⁉」

「おほほほほ! ええ乳や~ええ乳や~‼ 今日もたわわに実っておるわ~! あぁ~いい感触ぅ~! 柔らかなミルクの感触ゥ~!」


 あまりのことで固まるフィオナの胸を容赦なく揉みしだいていくサンディ。


「や、やめ……サンディちゃん……やめ……!」


 激しく揉みしだかれるうちに、段々とフィオナは高ぶり頬が赤くなっていき、「あ……!」と声を漏らしたところで……、


「こらこら、もうフィオナさんは帰るところなんだから邪魔しないの!」


 オーファンが姉妹の首根っこを掴んでフィオナから引きはがす。


「ご、ごめんね、オーファン……さん」

「謝らないでください! そういうところですよ!」

「ご、ごめん……」


 ぴしゃりと子供を叱りつけるような態度のオーファンに委縮してしまうフィオナ。


「だから謝らないでと……そういうところをクズな大人たちに付け込まれるんですのよ?」

「ご……え、えひひっ……ありがとう」

「…………」


 謝罪をすると再び叱られると思ったフィオナが、顔を引きつらせて笑い、感謝の言葉を口にした。それが、怒られたくないの一審で無理やりひねり出したものだとオーファンは簡単に察することができ、ジト目を向ける。


「まぁいいですわ。これから寮に帰るんですの? では一緒に帰りましょうか。丁度あなたを探していたんです」

「え、あ……」


 前髪で隠れた瞳が双子に向けられているとすぐに察した。

 フィオナは双子に何かされるのではと怯えているのだ。


「ハァ……大丈夫ですから。何もさせませんわよ。私がちゃんと首根っこを掴んでおきますから」

「そうだよぉ!」

「しないよぉ! 可愛くてたわわなフィオナちゃんの胸を揉むだけだよぉ!」

「それをさせないって言ってるんです!」


 まだ首根っこを掴まれたままでブーブーと文句を言い続ける双子。


「うん……と……」


 それでもまだ悩み続けるフィオナに対して、オーファンは、


「もう一緒に行きますわよ! あなたボーっとしていて危なっかしいんですから!」


 そう言ってくるりと踵を返す。

 そしてついて来いと言わんばかりに双子を掴んでグイグイと階段の下へと降りていくオーファン。その背中を見つめているうちに、フィオナはフッと笑みを漏らし少し駆け足でついていく。

 正直、フィオナはこの三人が苦手だ。

 オーファンはこう見えて気が強いし、アインセンス姉妹は自由奔放で何をするかわからない。

 それにフィオナは静かに本を読むのが好きだが、この三人はワイワイと騒ぐのが好きだ。だからノリが合わず、喋らないフィオナは自分が一緒にいても楽しくないんじゃないかと思ってしまう。


「あら? フィオナさん、どうしました?」


 すこし立ち止まりかけたフィオナ。足を止めて振り返るオーファン。

 待ってくれている、ただそれだけの級友に対して心が温かくなるのを感じながらフィオナは階段を一段とばす。


「ううん、ごめ……待っててくれてありがとう」

「いいんですのよ」


 と、微笑んでオーファンが返した瞬間だった。

 階段を突風が吹き抜けた。


「キャッ……!」


 四人のスカートが一斉にめくれ上がり、下着があらわになる。


「もう~なんですの……⁉」


 階段の窓が開いていた。先ほどの風はそこから入り込んできたのだ。

 スカートの端を手で押さえながら、オーファンは窓を閉じようと枠に手を当てた。


「あら……?」


 窓の外。四人がいる場所からはちょうど正門が見える。

 そこに一人の女性徒がいた。


「テューナさん」


 真ん中わけの髪型をした、二年花組の中でもリーダー格の少女テューナ・ヴァイオレットだ。その銀髪が夕陽に照らされて輝きを放っている。

 凛とした足取りで外へと向かう彼女を、オーファンは鼻で笑った。


「ハッ……相変らず、カッコ可愛くてムカつきますわね。歩いているだけで絵になるなんて、ヴァイオレット家なだけはありますわ」


 罵倒しているのか褒めているのかわからない言葉を発する。

 オーファンという少女がテューナに対して好意を抱いているのか憎しみを抱いているのか、深く彼女を知らないフィオナにはわからない。

ただ一つ分かるのは、テューナを羨んでいると言うことだけだ。

 ———フィオナと同じように。


「ですが、いい気なもんですわね」

「なに……が?」


 吐き捨てるように言ったオーファンにフィオナは悪意を感じた。


「よくもあんなに堂々としていられるものです———人一人を殺しておいて」


 その言葉に常に笑顔を浮かべているアインセンス姉妹の表情が凍る。


「オファっち……」

「それは言いっこなしだよ……あれは仕方がない事だったし……それに……」


 チラリとサンディの視線がフィオナに向けられるがすぐに逸らされる。


「〝あいつ〟最低だったじゃん!」

「やり方というものがあるでしょう。おかげで学院側は当てつけるようにあんなクソオスをあてがってきて……」


 ……コッ。


 小さな、本当に小さな足音がした。

 その瞬間———四人の少女の身体が固まる。

 足音は階段の下の方から聞こえた。

 少女たちの間に緊張感が走る。別に悪いことをしているはない。人に聞かれてはいけないことを話しているわけでも———ない。

 だが、話している内容が内容なだけに下手に誰かに聞かれてはマズいのではと不安になっていた。

 少女たちの視線が下の階に向けられる。


「……あ、やべ」


 そこにいたのは———男だった。

 先ほどから何度か話題に上がっているクソオス教師こと、ルキ・ロングロードだった。

 なぜかフィオナたちに姿を見つけられると気まずそうに顔を逸らした。


「せんせい……?」


 どうしてそういう反応をするのかわからず、フィオナは首を傾げた。

 が———、


「「ああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼ あいつウチらのパンツ覗き見たぁ‼」」


 双子がルキを指さし叫ぶ。

 先ほど、階段の窓から流れ込んだ突風に四人はスカートをまくり上げられたばかり。それを彼は下から見ていたのだ。


「覗いてねぇ! 偶然視界に入っただけだ! 不可抗力だろそんくらい許せよ!」


 ルキとしてはわざとじゃないのだから、そんなことで一々騒ぎ立てないでほしいと講義をする。

 だが、それが開き直っているように見えたのか、オーファンは顔を真っ赤にして全身を震わせていた。


「み、見られた……見られた見られた見られた……パンツなんて男性に生まれてこの方見られたことないのに……! 結婚する相手にしか見せないって誓っていたのに……!」


 ブツブツと言葉を紡ぐ彼女の目の端には若干の涙があった。

 その言葉を聞いて、ルキは納得したように手を鳴らした。


「あぁ、だからあんな子供っぽい下着はいてたのか。水色の縞し……、」


 バキィッ……!

 無神経にオーファンの下着の詳細を言おうとしたルキだが、遮られた。

 オーファンの跳び蹴りによって。

 二度目。

 本日二度目の跳び蹴りがルキの顔面に突き刺さり、ブーツの裏が彼の顔面にめり込み口を塞ぐ。


「死ねえええええぇぇぇ‼ クソオスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ‼‼‼」


 その、全体重をかけた蹴りには本気の殺意がこもっていた。

 さっきまで、同級生を『人殺しのくせにいい気なものね』なんて罵っておきながら……。

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