第6話 それだけのこと

「……教師殺し、か」


 ルキは改めて、今回ラフィエルから受けた依頼内容を確認するために彼女の……いや、彼女たちの〝異名〟を口に出した。


「教師殺しの二年花組。今は踏蟹ふみがにの月。あいつらが二年花組になってから三つの月が過ぎ去っている。その間に辞めた担任教師は三十人。一つの月に十人辞めさせられたことになる……全部———生徒による〝いじめ〟で。その理由がさっきわかったよ」


 ルキは「ハァ……」と一つため息をつく。


「あいつら……大人を舐めきっている」

「あぁ。それも厄介なことにあのテューナ・ヴァイオレットはこの学院始まって以来の才女で座学も武学も学院二位。学年じゃあない。全六学年中の第二位なのだ。つまり……この学院で二番目に強い女性徒ということ、そして彼女は卒業後の進路が決まっている。あの四大貴族の内の一つヤフコフ家だ。この国を動かしている現右大臣のタイダス・ヤフコフの家に専属魔法少女として仕えるとことが決まっている。これから権力者の家のものとなる彼女に対して、強く言うことができる教師など存在しない———」


 ラフィエルはルキが不愉快そうに眉をひそめていることを気にせずに言葉を続ける。


「———だから、君だ。君はそんな貴族のしがらみなんかどうでもいいだろう? 将来有望だが素行不良のあの魔法少女たちを救ってほしい」

「たち……か」

「ああ、あの花組に所属する少女たちはみんな魔法少女としてはかなりの才能を持っている。卒業すれば皆名家の専属魔法少女になれるほどのものだ。ただ一点、教師を……憎み切っていると言う点だけがネックなんだ。それを———君に救済して欲しい」

「……救済ね。それでも信じられないな……あいつらは確かに大人を舐めきっている。それはさっき理解した。だけど……人一人殺すような女の子には……見えなかったけどな」


 テューナの写像をまじまじと見つめる。

 気が強そうなツリ目だが、非常に理知的で真面目そうな印象を受ける。


「だろうな。確かにテューナはあの問題児集団の中でも比較的理性的な方だった。オーファンやトロン、サンディたちが主導してクラス全体で教師いじめを行っていても、彼女だけは参加していなかった。まぁ、反対しているという態度をとるわけでもなくただ単純に興味がなさそうな態度だったが……」

「オーファン、トロン、サンディ?」


 眉を顰め考え込むように天井に視線をやったルキに、呆れたような視線を向けるラフィエル。


「顔を覚えていないのか? 生徒の顔写像が載っている名簿をちゃんと渡しただろう?」

「あぁ、いや覚えていないわけじゃないんだが。いじめの主導ってあいつらがやっていたのか……と思ってさ」


 トロン・アインセンスとサンディ・アインセンス。先ほどのエログッズ散乱事件で主に騒いでいたのはあの双子だった。同じ顔をして同じ金髪のツインテールの髪型。ただ一点、髪飾りは違っていた。姉のトロンは白い天使の羽の髪飾りをしており、妹のサンディは黒い悪魔の羽の髪飾りをしていた。

 教室での子供っぽい振る舞いを思い出しながら、思わず苦笑が漏れるルキ。


「あの二人は確かにクソガキっぽかった。だけど……オーファンもか? オーファン・クリムゾン?」


 その名前は真面目そうな眼鏡をかけた少女の名前だった。ルキが教室に入って来るなり、『男がどうしてここにいるの⁉』と長いポニーテールを揺らし、パニックになりかけていた少女だ。自分を見てパニック状態に入りそうな様子があったところから、どちらかというと大人しそうな印象を受けたが……。


「オーファン・クリムゾンは外面がいいタイプだ。表面では無害そうに振る舞い媚びへつらって、裏では弱い者いじめをして楽しんでいるような性格の人間だ」

「おいおい、学院長がそんな人間だってわかっていて、放置しているのかよ」


 典型的ないじめっ子だと理解しておいて何も対策を打っていないのかと少し語気を強めた。


「そんな人間が証拠を掴ませるわけがないだろう? 証拠を掴まないと学園長と言えども流石に干渉できない。それに、そんな子供もちゃんと更生してこその教育施設だろう」

「……もっともなことだ。だけど、更生ね……俺にできるのかね? 俺はお前たちと一緒に魔神を倒しただけだぞ? 学校にも行ってないし。そんな俺に子供を導くなんてことできると思っているのか?」

「自信がないのか?」

「やったことないからな」

「ハッハッハ!」


 不安げに漏らしたルキの言葉をラフィリアは笑い飛ばす。


「大丈夫さ。だって君はルキ・ロングロ―ド。誰よりも優しいルキ・ロングロードなんだから」

「優しいだけで……更生なんてできないだろう?」

「できるさ。ただ真正面から、向き合うだけでいいんだから」

「あ?」

「それだけのことが……どうしてみんなできないんだろうな……花組あいつらだって、本当は大人を信じたいんだよ」


 最後に呟いたラフィエルの言葉がルキにはとても寂し気に聞こえた。

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