第5話 教師殺し

「おうゴラ‼ ラフィィィィィィィィィ‼」


 聖ヘキサ魔法少女学院一階校舎。十字の形に作られたその建物の交差点に理事長室はある。

 そこに小袋を持った一人の男———ルキ・ロングロードがドアを蹴破らんほどの勢いで入って来る。


「何だ何だ騒々しい」


 理事長室の中でも立派そうなピカピカに輝く黒皮椅子の上に座り、荘厳な何かを感じさせる木製の机に肘を置いているラフィエルが微笑を浮かべながらルキを見つめる。


「白々しい! あいつらとんでもねぇ魔物モンスター集団じゃねぇか‼」


 ルキがその手に持っていた小袋をラフィエルの机の上に投げ放つと中身が理事長専用机の上に広がる。

 袋の中から出てきたもの———それは大量の最新魔道具技術で作られた〝大人のおもちゃ〟。

 余裕の笑みを浮かべていたラフィの顔が、その笑みを保ったまま朱に染まっていく。


「何のつもりかな? これは?」

「何のつもりだと思う? これはお前が俺に任せたあのガキどもがいきなり俺の目の前に落としてきたものだよ! あいつらとんでもねぇぞ……新しい担任教師に向かってエロ道具のライスシャワーをかましてきやがった」


 ラフィエルはルキの説明で大体状況がわかったのか、その中の一つの伸縮性の高いゴム袋を手に取る。


「なるほどね……まぁ想定内と言ったところだろ?」

「全然想定内じゃねぇよ! エロ道具が振ってきて、それを手に取ったら蹴りを喰らったんだぞ! 思いっきり‼ 魔法少女に変身して蹴り飛ばされたんだ!」

「……無傷じゃないか」

「それは……まぁ、そうだけど……」


 思いっきり魔衣マテリアル・ドレスを纏った魔法少女にルキは顔面を蹴り飛ばされた。本来であれば死んでもおかしくない。少なくとも大きく腫れあがっているべきであろうに、ルキは全く傷を負っていなかった。

 外傷がなく、実は既に痛みなんてどこにもないことをラフィエルに見抜かれてしまったルキは気まずそうに視線を逸らす。

 そんな彼の様子を見て、余裕を取り戻したラフィエルは、にや~っと口角を上げて、


「やっぱり、君にあのクラスを任せて正解だったようだ」


 自慢げに笑みを浮かべるラフィエルは調子に乗って……、恐らく無意識なのだろうが避妊具の役目を果たすゴム袋の端を口に咥えた。

 避妊具を唇で甘噛みして挑発的な視線を送る旧友に、何やってんだこいつと思いながらも、ジト目を向ける。


「何言ってんだ……ったくよぉ。とんでもない貧乏くじを引かせやがって」

「貧乏くじなんかじゃないさ。これは必然、運命だよ。英雄になりそこなってろくに仕事がない君に聖ヘキサ魔法少女学院の理事長であるこの私が偶々たまたま旧友だった。そしてわが校始まって以来の超問題児集団———二年花組を唯一更生・・できるのは最強最悪の魔神を倒したルキ・ロングロード唯一人ただひとり。全部、神の思し召しというわけさ」

五月蠅うるさ……神の思し召しとかいうのがあるんだったら、俺をちゃんと英雄としてカウントして世間に広めて欲しかったけどな」

「そうなってたら今君は落ちぶれていないだろう。落ちぶれているからこそ、暇だからこそ、ここで教師にとして働けるというものだろ」

五月蠅うるさ……」

「まぁ、でも今の君に選択肢がないのは事実だろう? あの探偵事務所は本来今日……出て行かなければいけなかったんだから」


 口に咥えたゴム袋をペイッと机の上に放り投げて、ラフィエルはあごをクイッと上げて誇らしげに胸をついと突き出す。


「ウッ……!」


 あの探偵事務所の大家に指定されていた期日が、本日。ルキが『聖ヘキサ魔法少女学院』に初めて赴任した日だ。


「君が滞納していた家賃、百万Mマシェリ。払ってやったのはどこの親切な物好きだったかなぁ~?」

「……目の前におられます、三大魔法少女が一人———ラフィエル・チルサト様にございます」

「そう、君は私に借金をしている。それを返すために我が学院で立派に勤めを果たしたまえ———」 

「クッ……!」


 旧友に媚びへつらわなければいけない現在の状況が屈辱的でルキは歯を噛みしめる。

 あの部屋を追い出されるわけには、まだ行かなかった。

 元々探偵業は資金も職歴もないから始めたビジネスでそこにこだわりはない。教師としてラフィエルが給料を払ってくれるのなら廃業しても構わない。だが、ロード探偵事務所はルキの自宅も兼ねていた。他に行く当てもないし、滞納していた家賃はどちらにしろ払う必要がある。

 なので、この旧友に借金を立て替えてもらいそれを返済するために旧友の元で頭を下げて働き続けなければならないという極めて不愉快な状況に身を置かざるを得ない。


「———それに、私から与えられた任務・・をこなせれば、直ぐに借金なんか返済できる。それ相応の報酬はちゃんと私は払う。誠実だからな。ラフィエル・チルサトというのはそういう女だよ」


 ———知ってる。

 何を今更と思うルキに向かってラフィエルは一枚の紙を投げて渡した。くるくる回転し、円盤の様に見えるその紙をルキは人差し指と中指で掴み、受け止める。


「こいつか……」

「ああ、教室で会っただろう?」


 ラフィエルが投げてよこしたのは、一枚の写像だった。


「ああ、会ったと言うか……見た、というか……」


 そこに写っている人物は、確かにあの花組の教室にいた少女だった。

 聖ヘキサ魔法少女学院のメイド服に似た制服を着ている———ツリ目の女の子。


「テューナ・ヴァイオレット。彼女を更生させてほしい———」


 ピリッとラフィエルの雰囲気が変化する。

 両掌を顔の前で組ませる。

 少し人をからかうような雰囲気を纏っていた彼女が真剣な張り詰めた緊張感を纏い———言葉を続ける……。


「———前任教師を殺した彼女を、君の手でどうか正しい道に導いてほしい」


 ラフィエルは組んだ両手に力を込め、何かに祈るようなポーズをとった。

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