第4話 問題児クラスと不良教師 

 ———ずっとこのままじゃあ嫌だろう?


 ラフィが最後に事務所で残した言葉は、ルキのしんをついていた。

 確かにいつまでももうからない探偵業を続けていくわけにはいかない。いや、探偵どころか探偵の真似事を続けていくわけにはいかない。

 ルキが探偵としてやったことは猫探しと浮気調査と猫探しと人探しと猫探しと猫探しと……。


 猫しか探してねぇ……。


 ずっと猫を探して小遣いを稼いでいた。どうしてそんな日々の中に犬がないんだと自分の経歴を問いただしたくなる。


「まったく、自分でも何をしていたんだか……」


 ポリポリと頭をかくと袖が広いローブが顔に当たり、鬱陶しく感じる。

 旧友ラフィエルに魔法少女学院の教師にならないかと勧誘されて三日後の今現在。ルキはある建物の中を歩いていた。

 石造りのアーチ形の廊下。

 そう、ここはラフィエルに誘われた『聖ヘキサ魔法少女学院』———魔法少女を育てるための学院である。十二歳から十八歳までの少女に最新の魔装技術を教える学院。その

 ルキはその第二学年の教室前廊下を歩いていた。


「これからこのだぼったい服を着て十四歳のガキの前に立ち続けなきゃいけないのか……」


 両手を広げてみる。

 ルキはヘキサ学院の指定していた教職員用の黒いローブを見に纏っていた。いかにも魔法使い然とした格好に嫌気がさす。ダボっとしたただ黒いカーテンを体を巻き付けただけのような暑苦しく重たい姿。それがただただ動きにくい。ルキはもっと近代的で動きやすい服装が好みなのだ。


 うんざりする。 


 だが仕方がない。背に腹は代えられない。あのろくに仕事が来ない探偵業はもうやめて今度からは教師として生きていくと決めたのだから。 

 何故ならば、給料が探偵業をやっていた時と比べて段違いに良いからだ。三倍以上は貰える。


 そして、やるからには———、


「ンンッ! まぁ、ろくに世間も知らないクソガキどもの手本になるようにビシッと振舞わなきゃな。大人として……世間には知られていないけれども、元・英雄として」


 咳ばらいをして気合を入れ、教室の扉に手をかける。


 二年花組にねんはなぐみ


 ルキが今日から、この時間を持って担任・・をすることになる教室だ。


「……どうなることやら」


 鬼が出るやら蛇が出るやら。

 内心、いきなり教室の中から強力な攻撃魔法が浴びせかけられるのを覚悟し———ルキは扉を開いた。


「みなさん、おはようはじめまして———、」


 ボタボタボタボタッッッ‼‼‼


 ———今日から僕がこのクラスの担任になるルキ・ロングロードです。


 という二の句を繋げることができなかった。

 何故ならば、ルキの足元には天井から降ってきたあるものたちが散らばっていたからだ。


 ウィ~ン、ウィ~ン、ウィ~ン……!


 音を立てて蠢くように回転する先端が丸みを帯びた棒状のもの。その形は男性器にそっくりで回転しながら小刻みに震えていた……。


「———あ?」


 その周りに散らばっているのは避妊のための伸縮性のゴム袋。猫の尻尾の偽物の根元に球体が連なっている怪しい器具。そして手錠とロープとゼリー状の液体が入った瓶。本来の目的が別にあるそれらの器具も周りに並べられた器具のせいで、朱に染まってしまいある営みに使われる器具にしか捉えることができなくなってしまっている。


「なんで天井から〝エッチな道具〟が落ちて来るんだ?」


 しかも、最新鋭の魔道具技術を駆使した———性具たち。

 その中の男性器を模した棒状の小刻みに震え続けているものを何気なく広い、状況を確認するために教室を見渡す。


 ———あ。


 目が合った。 

 ルキはそこにいる二十人の十四歳の少女たちの目が一斉に自分に向いているのを認識し、思考が停止した。

 こんなにもの多くの人に注目されるのは初めてだった。

 こんなにも純粋そうであどけなく、可愛らしい少女たちに真っすぐ見つめられたのも初めてだった。

思わず、ドキリと心臓が跳ねてしまう。

 そして、思考が停止しているのは少女たちもだった。

 全員目を丸くしてルキを見つめていた。


「おとこ……?」


 ぽつりと少し気が強そうなツリ目の少女がぽつりとつぶやいた。


「男の人⁉ え⁉ どうして⁉ どうしてここに男がいるの⁉」


 段々と頭が回り、状況を整理し始めた真面目そうな眼鏡をかけた少女が声を荒げ始める。


「まさかの変態⁉ 不審者⁉ 犯罪者ですか⁉」


 おかっぱの少女が椅子から立ち上がり、


「新任のおばさんに対する出迎えが仇になったね!」

「そうだね! このままじゃサンちゃんたち、自分たちで用意したエロエログッズでエロエロなことされちゃうよ!」


 同じ顔をした小柄な二人の少女が何故だか少しうれしそうにルキを指さし、


「「やっちゃえ! ゾフィッちゃん! 変態エロエロ侵入者を成敗だ‼」」


 おかっぱの少女に呼びかけると「了解しました‼」と声が上がり、ルキに向かって矢のように飛んでくる人影が現れる。


 当然———おかっぱの少女、ゾフィッちゃんと呼ばれる少女だ。


 ゾフィッちゃんはルキから五メートルほど離れた場所に立っていたが、そこから一足でルキの目の前まで接近していた。

 なんという脚力……人間は魔法を使わないとこれだけの身体能力ははっきできないはずなのに……。

 ルキが驚いている視界の中、ゾフィッちゃんは右腕を顔の前にかざす。


 白い———宝石が埋まったブレスレット。


 ———ああ、これかぁ……。


魔装マテリアル・アップ‼」


 唱える。

 ゾフィッちゃんが着ていたこの『聖ヘキサ魔法少女学院』の制服が消えていく。まるで手首のブレスレットに吸い込まれるように消えていく。

 代わりに、彼女の背中が神々しく輝き、真っ白な花弁のようなものが出現し、後ろからゾフィッちゃんの身体を優しく包んでいく。


 ———これが、魔法少女か。


 白い花弁は衣服だった。魔法でできた、特別な服。空中で彼女は制服のメイド服から全く違う、東方の国でルキが見たことがある着物きものと呼ばれる衣装。それに近い服装に変わっていった。


魔衣マテリアル・ドレス‼ 神馬スレイプニル‼」


 ———そうか、これが魔衣……魔法少女服か。今時の魔法使いってこんな煌びやかで、ヒラヒラしてて、可愛らしいん、


 ドッ‼


 顔面にゾフィッちゃんの蹴りが刺さる。 

 右足をしならせた鞭のような横薙ぎの蹴り。

 足には魔法少女の衣装の一部である、鉄の脛当てが装備されており、それが更に蹴りの威力を増してくれる。

 見事にルキの顔面に突き刺さり、彼の身体はグルグルと回転しながら教室の、黒板横の壁に叩きつけられた。

 ドォンと衝撃が起き、壁がひび割れ、粉塵が舞う。



「成敗完了‼」


 着地したゾフィッちゃんが「ふぅ~」と息を吐きながら、両肘を引き、心を落ち着かせながらくるりと振り返る。


「うわぁ~、ゾフィー! やりすぎだって!」

「いいぞ~! 流石はゾフィー!」

「「いいぞ! いいぞ! ゾフィッちゃん‼」」


 ルキは壁を背もたれにして、顔を手で押さえていた。一応、血が出ていないかどうか確かめるためだ。

 この教室にいる生徒たちは、彼が死んだとでも思っているようなありさまで喜び沸き立っている。


 ———あぁ、これか。


 鼻血が出ていないことを確かめ終わり、ルキは目線を生徒たちに向ける。


 ———これがこの学院始まっての問題児集団、二年花組か……全く厄介なことを押し付けてくれたもんだ。恨むぜ、ラフィ。


 ルキは立ち上がり、首をコキコキと鳴らした。


「え⁉ 嘘⁉」

「生きてる⁉」

「ゾフィー! 後ろ見て! 変態がまだ生きてる!」


 ———何だよそのリアクション……本当に殺す気だったのか?


「え、生きてる? 本当に———?」


 花組の生徒たちに向かって手を振り愛想を振りまいていたゾフィッちゃんが振り返り、ルキと目が合う。


「———わぁお! ビックリ! 私の本気の蹴りをくらって生きてるなんて!」

 ———こっちこそビックリ! 初対面相手に本気で殺そうと蹴りをかましてくるなんて!


 ルキは怒りを抑えようと必死にニコリと笑い……いや、無理だそれでもやっぱり抑えられないとゾフィッちゃんの頭を鷲掴みにした。


「え、あ? アダダダダダダダダ‼ 痛い! 痛いです! やめてください! やめてください! 不審者の方‼」


 アイアンクロー。


 万力のような力で、彼女の頭を握力任せにそのまま締め付ける。

 悲鳴を上げるゾフィッちゃん。見ている生徒たちは「やめて! ゾフィーの頭が割れちゃう!」「そのままだとただでさえ馬鹿なゾフィッちゃんが更に馬鹿になっちゃうよぉ~!」と悲痛な声を上げている。


 ———マジか、これ以上馬鹿になったら困るな。


 ルキは十分これで罰になっただろうと判断し、手の力を緩めてやり、ゾフィッちゃんを解放する。


「……あ~痛かった……脳みそはみ出るかと思いましたよ」


 ゾフィッちゃんが頭をペタペタと触り、「あ、少し小さくなったかも……? 小顔効果……?」と意味の分からないつぶやきを漏らしているのを聞いて、ルキは彼女を放置しておこうと決めた。


「ちょっと……あんたなんなのよ? ここは『魔法少女学院』なのよ」


 教室の奥でふんぞり返っている髪を真ん中で分けているツリ目の少女が顎を上げた状態で、見下すような目線を送り続ける。


「いい? 魔法〝少女〟———を、育てる学院なの? 当然、男が敷地内に入っちゃいけないの。どこのバカかは知らないけど———男が常時魔法を纏うことのできる〝魔装〟を使える女に敵うわけないんだから、とっとと消えなさい。でないと———殺すわよ」


 脅すようにツリ目の少女が手首に装着している宝石の埋まっているブレスレットを見せつける。


「ハッ、上等だ。クソガキども」


 ———あ、やべ。挑発に乗って教師らしからぬ口調が出てしまった。

 ルキは内心、ラフィエルに謝った。再三彼女からは「言葉遣いに気を付けろよ。この学院に来ている少女たちはみな一応・・貴族の娘、英才教育を受けたエリート中のエリートだ。君は教師なのだから、そのエリートたちの手本になるような言葉遣いと態度を心掛けろよ」と言われていたのに。

 だが、もう発してしまった言葉は取り消せない。

 このままいくしかない、と白のチョークを掴んで黒板にルキは自らの名前を殴り書いた。


「…………るき・ろんぐろーど?」


 黒板をめいいっぱい使って書かれた文字を、前の方の席に座っていた前髪で目を隠している少女が読み上げる。

 『ルキ・ロングロード』。荒々しく汚い字だった。

 その前に立つ一人の男が、十四歳の少女たち二十人の視線を集めながら、腕をゆっくりと上げ、人差し指を突き出……、


「今日からお前たちの担任になる超優秀・超優良・元英雄教師———ルキ・ロングロードだ。夜露死苦よろしくゥ‼」


 ———舐められないように。だが親しみも忘れずに。

 第一印象が大切だと、インパクトバッチリの自己紹介をビシッと決めた。

 つもりだった。


 ウィ~ン……ウィ~ン……ウィ~ン……。


 ルキは花組の生徒たちにビシッと人差し指を突き立てた……つもりだった。

 だが、彼は忘れていた。

 突き出した右手にはある者が握られていたことを。

 それは女性の性器にあてがう男性器を模した震えて開店する最新鋭の魔道具だということを。


「あ?」


「「「きああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」」」


 男性に性具を突きつけられた、十四歳の少女たちはいっせいに悲鳴を上げた。


「ま、待て! その反応はおかしくないか⁉ コレを用意したのはお前らだろ⁉」

「うるさい! 変態! そんなものでこっちを指さないでよ‼」

「うっへ~! やっばいよ! 知らない男の人がエロエロバイブをこっちに向けてきた! このままじゃトロちゃんたちレ○プされちゃう~~~~~‼」

「逃っげろ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼」


 ————するかボケェェェェ‼


 女の子がそんな……レ……なんてことを口に出すんじゃないと思いながらも、縦横無尽に走り回る花組の女の子をなんとか宥めようとする。


「だぁぁぁ‼ 騒ぐな! いい加減にしろ! これはお前らが用意したものだって言ってるだろ⁉ 自分たちで用意したもんで一々騒ぐんじゃ、」


 ルキはやはり———内心緊張していた。


 自分よりもはるかに年下の女の子たちの前に立つ。集団行動慣れしていない上に、共に旅した仲間であるミシェルという女の子以外、年下の女の子に接したことがない。そんな彼がいきなり二十人もの女性徒の前に立つと言うのだから、間違えてはいけない舐められてはいけないと緊張して当然である。

 彼の掌にはびっしりと手汗が噴き出ていた。


 スポッ……。


 緊張して手汗で滑りやすくなっていた右手を、動揺していきなり振り上げたものだから、その手に握られていた男性器を模した魔道具がスルリとルキの手を離れ、放物線を描いて花組教室上空を飛び、


 ゴ……ッ!


 教室の一番後ろの席に座っているツリ目の少女の額に突き刺さった。


「あ……」


 しん……と、先ほどまでの喧騒は何処へ行ったのやら。まるで葬式会場の様に教室が静まり返った。

 一番気が強そうで、一番このクラスで偉そうにしているツリ目の少女の真ん中わけにしている髪型のど真ん中、輝くおでこに男性器を模した性具が突き刺さってしまった。

 まずい———その空間にいる誰もがそう思った。

 額に突き刺さった性具が重力によりツリ目の少女の机の上に落ち、コロコロと転がる。その刻みのいい音に呼応するようにツリ目の少女はプルプルと全身を震わせ始め、やがてそれが大きくなっていく。

 ———ああ、どうやら俺は竜の逆鱗に触れてしまったようだ。

 そう、ルキが覚悟した瞬間怒りのあまり目に涙をためたツリ目の少女が勢いよく立ち上がった。


「あ~……落ち着いてぇ……テュナたん……」


 双子の一人、自らのことを「サンちゃん」と呼んでいた方が恐る恐る、「テュナたん」を宥めようとする。

 が———テュナたんはエロバイブを掴み、


「何が超優秀超優良教師よ‼ この———不良ヨカラズ‼」


 思いっきりルキに向かって投げ放ち、矢のような一文字の軌道を描いた性具はお返しとばかりにルキの額に突き刺さった。

 ———とんでもねぇ……とんでもねぇ餓鬼ガキどもだ……恨むぜ、ラフィ。

 衝撃でのけぞり、ルキは後頭部をすぐ後ろにあった黒板に打ち付けてしまい全身の力が抜け、ずるずるとその場に崩れ落ちる。


「あんたなんか教師として認めてやらないから」


 テュナたんとやらは腕を組んでルキを見下しながら、吐き捨てるようにそう言い放った。

 恐らく、ルキが想像するに、何度も何度も言ったその言葉……。

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