名も無き足軽の足掻き
橋本洋一
名も無き足軽の足掻き
周りの大人連中が各々の『ヨロイ』を纏う中、俺は一人怯えていた。
敵は巨大な絡繰を使うらしい。そんなのに勝てる奴なんかいない。
それなのに、みんなは無表情で戦支度をしていた。
「おう。どうした暗い顔して。戦が怖いんか?」
隣にどかりと座った近所の兄ちゃん――茂助が話しかけてきた。
俺は膝を抱えながら「怖いに決まっとる!」と喚いた。
「相手は大大名の富樫家じゃ! 百姓が集まっても勝てるわけじゃありゃせん!」
「ふん。この戦が普通じゃねえのは分かっているはずだ――喜三太」
茂助はぶっきらぼうに言う。
「俺たちが信仰している本願寺のための戦じゃ」
「教えのために死ねと言うのか」
「ああそうじゃ。死ねと言うとる。行けば極楽浄土、退けば無間地獄だ」
そうだ。これは普通の戦じゃない。
命を懸ける戦じゃなくて、命を捧げる戦なんだ。
分かっているさ、そんなこと。
「もし勝てたらこの加賀国は俺ら門徒のもんだ。自由に暮らせるし武士がのさばることもねえ」
「だけど、そのときには俺たちはいねえ」
「いるのは極楽浄土だからな」
茂助は立ち上がって「時間だ、喜三太」と手を差し伸べた。
「十五で村一番の力持ちだろ? 頑張って戦うんじゃ」
「…………」
◆◇◆◇
「ねえ、喜三太。あなたが三男でとてもがっかりしているって言ったら怒る?」
幼馴染のきょうかが、俺をからかうように言う。
「怒っても仕方あるめえ。事実なんだからよ」
「あは。怒った言い方だね」
少し年上のきょうかはいつも俺をからかう。
もう十五になって立派な大人の仲間入りになる年齢なのに。
「がっかりしている理由、教えようか?」
「なんじゃい。お前の婿になれんからか?」
「そう。あたしは名主の家に嫁ぐかもしれないの」
美人だしねと自分で言うきょうか。
まあ可愛い見た目をしているのは間違っていない。
「あーあ。喜三太ならお嫁さんになっても良かったのに」
「そりゃあ残念じゃな」
「でも、戦で手柄を立てたら話は別だと思う」
それを聞いても俺はよく分からなかった。
よしんば手柄を立てられても、土地が手に入るわけがない。
小作人になるしかないし、なればきょうかを養えない。
「戦は嫌いじゃ。命のやりとりなんぞしとうない」
「あたしも嫌いよ。喜三太が人を殺すなんて……」
きょうかが目を伏せた。
俺はその横顔を見て何も言えんようになった。
「生きて帰ってきて」
きょうかはにっこりと笑って言う。
「喜三太となら、どこへでも逃げてあげるわ」
「はん。地の果てまでか?」
「うん。地の果てまで」
きょうかは「だから死なないで」と言う。
目に涙が浮かんでいたのは――気づかないふりをした。
「喜三太なら生きて帰ってくるって信じているから」
◆◇◆◇
俺は今、『ヨロイ』を着て戦場を駆けまわっていた。
手には青白く光る『ヤリ』を持っている。相手の『ヨロイ』を損傷させられる。
だけれど、敵も同じ武器を持っている――油断はできない。
『ヨロイ』は着ている者の身体能力を上昇させる。
動きは鈍くなるが、力は二倍三倍へとなる。
普段より力が上がっている――これなら生き残れるかも。
「鉄鋼騎馬兵だ! みんな、逃げろ!」
前方から悲鳴のような報告が上がる。
ヒヅメの音が戦場を響かせる。
機械の身体でできた『ウマ』という生物。
突進されればひとたまりもない。
俺は周りを見た。だだっ広い原っぱ。隠れるところがない。
次々と討たれていく味方。
俺は――覚悟を決めた。
騎馬の集団は三人。
それに付随している歩兵は五人。
「うおおおおおおおお!」
俺は『ヨロイ』から発せられる突進用の炎を噴出させて、騎馬兵の側面を突く。
繰り出した『ヤリ』が鉄の身体の『ウマ』を破壊した。
「なんじゃあ! 一向宗のガキが!」
落馬したのはどうやら名のある武将のようだ。
倒せば手柄になりそうだ――
突進に使える燃料は僅かだ。
慎重に戦わなければならない。
歩兵が一斉にかかってくる――俺は『ヤリ』を振り回しながら寄せ付けないようにする。
そのうち、歩兵の一人が煌めく『カタナ』で『ヤリ』の柄を切断した。
俺も腰の『カタナ』を抜く。
相手は八人、こっちは一人。
しかも二人は『ウマ』。絶体絶命な状況だった――
「喜三太! おーい、こっちに武将がいるぞ!」
そのとき、こっちに駆けつけてきたのは、同じ一向宗の仲間たちだった。
数は十より多い。
「ええい、新手か! 皆の者、打ち倒せ!」
そこからは乱戦だった。
光り輝く『カタナ』を使って敵を斬り倒す。
騎馬に乗っている武将は己の手から銃弾を撃ち始めた。
くそ、機械の身体か!
銃弾が飛び交う中、命令を下していた武将が逃げようとした。
俺は「待て! 卑怯者!」と呼び止めた。
「卑怯者だと!? 雑兵がよう言ったわ!」
その武将は身体をどんどん変形させていく。
胴体からさらに二本の腕、計四本の手には『ガトリング砲』が備わっていた。
「うおおおお! もう容赦せんぞ!」
銃弾を乱発する武将。
俺は弾がなるべく当たらないように身を縮こませる――
「うぐうううううう!」
銃弾が胴に当たった。『ヨロイ』を着ていても、深い傷を負ったと確信する。
もう駄目だ……
「諦めるな、喜三太!」
茂助と他の一向宗たちが一斉に武将に向かって――四本の腕を抑えた。
どうやら他の兵たちを片付けたようだ。
「喜三太、お前の手柄じゃ! 首を刎ねろ!」
俺は残された『ヨロイ』の燃料を使って――突撃した。
「うおおおおおおおおお!」
武将は目を見開いたまま、何も言えず――首を刎ねた。
はあ、はあ、という息遣いだけが辺りを支配していた。
「喜三太、ようやったわ!」
茂助が褒めてくれた。周りの一向宗も俺の背中を叩く。
これで一応、手柄を立てられた――
「お、おい。なんじゃありゃあ!?」
一向宗の兵が遥か上空を指さす。
そこは――巨大な城が浮かんでいた。
『一向宗共め……我が武力を見るがいい!』
大大名の富樫だ。見る見るうちに城が変形していく――巨人になった。
その巨人が握った拳を地面に叩きつける――地震となり地崩れが起こった。
俺たちは立っていられず、その場に座り込んだ。
『ふはははは! もはやどうすることもできまい! 貴様らの村もこれで破壊してやろう!』
戦意消失――その状態が辺りに広がった。
だけど、俺は一人立ち上がった。
「喜三太、お前どうするつもりだ?」
「戦うんだ。あんなのほっとけない」
茂助は「勝てるわけねえだろ……」と座り込んだまま言う。
「もしかしたら、足元を攻撃したら倒れるかもしれない。そして倒れたら起き上がれないかもしれない」
「そんなの分からねえじゃねえか!」
「ああ、そうだな。でも、一つだけ分かることがある」
俺は持っていた『カタナ』を構えた。
「あの大名は必ず俺の村を壊す。そんなの許せねえ」
「……喜三太」
「あいつのいる村には、指一本、触れさせねえ!」
今まで怯えていたのが嘘のようだ。
戦う理由があれば、勇気が出る――
「いくぞ、富樫!」
俺は駆けた。
たった一人、足掻き続ける。
たとえ強大な敵でも、決してくじけない。
『喜三太なら生きて帰ってくるって信じているから』
きょうかの声が聞こえた気がした――
名も無き足軽の足掻き 橋本洋一 @hashimotoyoichi
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