やわらか

高橋梨穂子

やわらか

ムーンライト 誰かに読ませる必要のない歌ばかり作って暮らす


着ては洗い着ては洗いの毎日でアンパンマンは何度も濡れる


本名が筆名よりもかっこいい人が今年も浴びる脚光


米粒がやたら落ちてるこの家にトムもジェリーもいない退屈


コンバーターにインクは揺れて手のなかの水平線を今日も眺める


手のひらのなかから鳥たちはばたいてカードとじたらまた手のなかへ


やわらかなてざわりである思い出にふれればぼろぼろ剥げていく皮


〈悩みごと、聞かせて〉なんて黒じゃないインクで刷られた電話番号


(泣くひとを叩いて静かになるならば目覚まし時計と同じであれば)


慰めるわけでも罵るわけでもないペスカトーレのイカの食感


やわらかいえんぴつのしんで海を描くほんとはもっとやわらかい海


あか、だいだい、むらさき、ぴんくのぐるぐるでくだものかごになるらくがきちょう


へその緒で育たないのにへそがある描いてと言われて描いた蛙に


(この腹へ戻っておいで痛い思いするくらいならここで死になさい)


せまりくるきみのくちから、そのおくから、つぶれたいちごのにおいがしてる


恐竜とたいして変わらないのかもヒトの波打つ背骨抱きつつ


おまもりについたちいさな鈴握るきみの手のひらうんとおおきい


力強く握った鈴は鳴らなくてきっと手を離さなきゃならない


〈見ました〉のはんこがどこかにいっちゃってこんなことでもちゃんとかなしい


お湯よりもぬるくぬるま湯より熱い体温のまま花を見ている

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