エピローグ

エピローグ


 数十年、あるいはそれ以上先のアッシュゴート国。

 

「ねえ、ママ」


「なあに? マドレーヌ」


 一軒の家の中で、ちいさな女の子とその子の母親が絵本を広げていました。


「トルテ姫のおはなしって、ほんとうにあったこと?」


 マドレーヌと呼ばれた女の子は、絵本の中のお姫様を食い入るように見つめています。


 そのお姫様は、なぜかドレスではなくコックコートを身にまとい、顔には小麦粉までつけて、屈託のない笑みを浮かべていました。


「うーん……。あ、そういえば、昔はアッシュゴートこの国にもトルテ様って名前のお姫様が本当にいたみたいだよ」


 お気に入りの本を開いたまま、期待に満ちた目を向けるマドレーヌに、母親は優しく微笑みます。

 

「じゃあ、そのひとがトルテ姫?」


「どうなんだろうねえ。ママの生まれるよりも前のお姫様だから、ママにもその人がお話に出てきたトルテ姫と同じ人かわからないの」


「そっかあ……」


「でも、珍しいお名前だし、もしかしたらおんなじ人かもしれないね」


「ほんと? おんなじ人だったらいいなあ」

 

 マドレーヌはぱっと顔を上げました。





「あ、クッキーできた!」


 オーブンが焼き上がりを知らせると、マドレーヌはいち早く駆けていきました。


「おいしそう! ねえママ、はやく食べようよ!」


 天板の上のクッキーは、こんがりとしたきつね色。


 マドレーヌは、バターのいい香りにお腹を鳴らします。




  

「さくさく! おいしい!」


「うん、おいしいね。美味しいお菓子はいっぱいあるけど、ママはマドレーヌと一緒に作ったお菓子が一番好きだなあ」 


 母親は、出来たてのクッキーを頬張る娘の口の端を拭います。

 

「あたしね、トルテ姫みたいにいーっぱいおいしいお菓子作るの! それでね、ママとパパとみんなと一緒に食べるの!」


 マドレーヌは食べかけのクッキーを片手に、将来の夢を語りました。


「ママとパパにも食べさせてくれるの?」


「うん! いちばんおいしくできたのあげるからね、たのしみにしててね!」

 

「ありがとう。嬉しいなあ」


「あとね、みんなにもわけてあげるの。フランちゃんとか先生とか、王さまとか……お姫さまにも!」


「マドレーヌは優しいねえ。将来はトルテ姫みたいな職人さんかな?」


 と母親は問いかけましたが、いつものように元気な返事は返ってきません。


「…………ねえママ。このクッキーも、フランちゃんちに持っていってあげてもいい?」


 しばらく見守っていると、マドレーヌはお皿を両手で持ち、愛らしく首をかしげました。


「もちろんいいよ。マドレーヌとフランちゃんは本当に仲良しだねえ」


「えっとね、さっきフランちゃんね、お気に入りのくつ、ちいさくてはけなくなっちゃったって泣いてたから……」


 元気のない人に甘いお菓子をあげて励ますのは、アッシュゴートに伝わる文化のひとつでした。


「そっかあ。じゃあ、急いで届けに行かなくちゃ! 沢山包んであげようね」


 母親はがたっと音を立てて立ち上がり、急いで準備に取り掛かります。

 

「うん! ママだいすき!」


 マドレーヌはがばっと母親の足に抱き着きました。


 

 

「フランちゃん、元気出してくれるかなあ?」


「きっと元気になってくれるよ。マドレーヌのお菓子は世界一だもん」


 昼下がりの街角。


 手を繋いで歩く親子がまとう甘く幸せな香りに、すれ違う人たちも顔を綻ばせていました。

 


 END

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