辿り着いた場所【後編・下】


「もちろん、ブレヴィティが得意でない人も中にはいますよね。ブレヴィティが普及してからも、変わらずスイーツを愛し続けているトルテ姫にはおわかりになるはずです。貴女様の好みは否定いたしませんが、BKFP001殿という事をお忘れではないでしょうか?」


「……そう、かもしれません」

 

「最初にお会いしたとき、トルテ姫が『何を遺したい』とおっしゃったか、覚えておいでですか?」

 

「わたくしは……あのとき、BKFP001のお菓子の味だけではなくて、アッシュゴートに残っている文化が廃れていくのを防ぎたいと思っていました。最初は彼の作ったお菓子の味を残す事を目標としてきましたが、それでは本当の意味で彼の極めたものを遺すことにはならないと気付いて……」


 トルテ姫は、ブレヴィティやそれを主食とする人々の事が憎いのではありません。

 

 しかし、ブレヴィティの登場で失われそうになっている伝統的なお菓子の製法や、近頃はとんと見かけなくなった元気のない人にお菓子を渡して励ます風習などがこのまま消えていっていいものだという風には、どうしても考えられなかったのです。


「そうです。トルテ姫は『BKFP001殿のお菓子の味を目指しながら、アッシュゴートの伝統的な製菓技術なども遺したい』と私に聞かせてくださいました」


 トルテ姫は自分の両手に視線を落としました。


 白魚のようだった手には、火傷や水ぶくれが絶えません。

 

 煌びやかなアクセサリーは似合わなくなってしまったけれど、彼女は宝石にも劣らない美しいスイーツを生み出す事が出来る自分の手を誇らしく思っていました。

 

「そうでしたね。でも、それも少し違っていたみたい。同じ事かもしれないけれど、わたくしはBKFP001の作ったお菓子の味と身につけた技術の両方を継いでいきたいと考えています。アッシュゴート国内外問わず、素晴らしい文化は継承されていってほしいですから」


「……だとしても、現時点でその目標の半分は確実に達成されています。この先どうなるかはわかりませんが。彼が自主的に始めた研究の成果は間違いなく受け継がれているでしょう? BKFP001殿からBKFP002殿へ。BKFP002殿からトルテ姫や私含むブレヴィティ開発関係者へと。先ほどトルテ姫もおっしゃっていたではありませんか。『BKFP001はいなくなったあとも色々な人を助けている』と。その『色々な人』の中には、当然貴女も含まれているでしょう?」


 グラセ王子は問い掛けます。


「…………ええ。わたくしは表面的な事ばかりにとらわれて、一番大切な事を忘れてしまっていたようです。BKFP001はいまも、わたくしを導いてくれているのですね。みんなだけではなくて、わたくしの事も……。だからといって、ここでやめるつもりはありません。わたくしにとってのは、いまも昔もBKFP001だけですもの。死ぬまで追いかけ続けます」


 力強い声に背中を押され、トルテ姫は顔を上げます。


 グラセ王子の背後のワークトップには、ボロボロになったファイルが置かれていました。



 END?

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