夜依伯英

私が視た夢

 美、死、血。海辺に街が佇む。高低差を伴う白い街が、崖の上に在るのだ。私は其の高低差を用いて家々の屋根を渡り歩いた。其れが可能な程に高低差を有する住宅街。私が歩いていたのは、専ら性行為の場所を求めての事だった。素っ裸の女を壁に押し付け、背後から欲望を貪りたいと願った。屋根の上を歩く。下に住む人々は其の家々の外観から庭の在り様を弄して自らの富を主張する。茶色の犬がひとつ吠えた。私は道を歩いている。森をふたつに割る、真っ直ぐに伸びた舗装道路である。右手には鉄柵が在る。立ち入りを禁止する旨の、紫色の看板が掛けられて在る。其処から、眼鏡を掛けた彼が近づいて来た。彼は其の穴と云う穴から血を吹くと、忽ち倒れた。私は其の森へ足を踏み入れる事を避けた。

 少し歩みを進めると下り坂となる。最早、舗装道路とは相違するものであった。乾いた杉の葉が地面を覆う。私は矢張り其処を歩いていた。今度は或る家へ向かう為だ。其処には彼等が住んでいるはずだ。私は其の家に入る。中は暗く、僅かに何処かの部屋の明かりが漏れるのみである。奥から咀嚼音、に聞こえる何かが響く。其れは一般に聞く咀嚼音にしては大きく、汚らわしい不愉快なものだった。私が其の深い闇を覗けば、闇が私を覗き返す。そして、其れは大きく口を開いた。其れは酷い獣臭を伴い、冒瀆的な視線を拡散させている。狼の様な毛を持ち、人の様に歩いて来た。私は咄嗟に、壁に在った鶴嘴を取って即座に闇を殴った。其れは悲鳴と血飛沫とを上げて笑った。私はもう一度其れを殴った。もう一度殴った。殴った。殴った。そして、其れは二度と立ち上がって嗤う事はなかった。今度は私が笑った。


 さて、今度も道が在る。周りの草原と丘陵を針葉樹林が囲む。五分としない内に左手に大きな建造物が見えた。其処は動物園だったが、見えた物は赤い巨大な半円上のオブジェのみである。近くには彼女の家が在るが、私は其処へは行けない。私は温泉施設へ行き、入浴した。誰かを待っていた覚えが有るが、私の脳は其れを出力できない儘であった。


 街から海岸へと下りて行く道が在る。海の向こうには或る物が存在している。其れは決して覚醒めてはならない災害である。海水の中を深く深く深淵へと下りる先に、最早二度とは戻れぬ先に、其れの眠る場所が在る。其の神殿は洞窟の様である。海岸へ下りる坂よりもずっと内陸の方に、駅が在る。私は迷いながらも列車に乗って其処へと向かった。車内はバスの其れであった。太った運転手は私を歓迎し、両隣に昔の学友が座っていた。久しく会っていなかった。彼等は変わらずに笑っていた。

 駅に着いて外へと出ると、酷い雨が降っていて、三階建ての駅舎が黙って荘厳でいた。私の親友共が、其処で各々好き勝手にしていた。私は其れに安心を覚える。幾年経とうと何里も離れようと、逢えばあの日の続きが始まる。喩え何年後だろうと、きっと彼等の内の誰もが、私が偶々近くで雨に降られれば、其奴の家で珈琲を飲ませてくれるだろう。


 私は螺旋階段を駆け上る。上には敵が在る。敵が下方に在って如何する。背広に身を包んだ彼は、私に銃を向ける。私は銃体を掴み上げて射線を外し、小手を返しながら其れを奪った。彼の顎に向けて発砲すると、彼は万死の床に臥した。もう一人に飛び掛かり膝蹴りを喰らわせると、其の儘、彼の息の根は絶えた。此れが終われば良しと見積もったが然れども、駆け上がった先には二人の女が男に犯されていた。女等は股に其々男根を打ち込まれ、各々血塗れの無惨な姿を晒していた。嗚呼、彼女等は私の後輩ではないか。私は只、若干の悪寒を感じるのみだった。

 私は港に居た。船には私を待つ人々が居たが、私は既の所で間に合わなかった。否、只々飛び乗る勇気に欠けていただけの事。


 私は教室に居た。不安、憂鬱、不安、恐怖、戦慄、不安、爆発。私の身体の中を数多の蟲共と数多の悪魔が駆け巡り荒らし廻った。破壊と汚染の蹂躙に私は堪えなかった。私は自分が座っていた椅子を振り上げて、後ろの男を殴った。殴った様に思ったが、椅子は彼を通り抜けた。教壇に立つ教師に向かって、私は椅子を投げた。机を投げた。他の椅子や他の机を、投げ、蹴り倒し、踏みつけ、そしてまた投げた。周囲の人々は私を止めなかったが、然し凍てつく視線で私を刺し殺した。私の身体が蛙へと変貌して崩れ、跳んで行こうとする。私は其れを許さなかった。私は自身を炎へと変えて私ごと全て燃やした。私は斯くして火の鳥と成った。

 隣の教室へ移る。人々は彼が来る事を恐れて震えている。彼ではなく私であったから安心した様子を見せた。其れでも彼は来る。逃げて行かねばならない。其の終焉はやって来た。植物と人間の合いの子で在り、如何にして生と死の子でなかろうか。私は其れを落として死なせてやった。最も尊い大地に勝利したのだ。大地から離れようとする或る物。其れは万死に値する。離れて居ては、どうして其れを殺せようか。


 真に、私は貴方等に此の様に言う。貴方等の支配者は打ち倒さなければならぬ。全てを瓦礫へと変えた上に貴方等自身の旗を掲げるのである。背後に在る声は私等に知恵を与える。否、其れ自体が知恵で在り、勇気で在り、無知で在って臆病で在る。意志である。其れは私等を破壊し得る。私は逆に其れを殺す。私こそが意志で在る。荒廃と瓦礫の中から立ち上がる軍旗こそ、最も尊ばれるべき旗だ。全てを飲み込む巨大な魔物を如何に殺すべきか。其れ自体を加速せよ! 其れ自体が其れを飲み込んで殺すだろう!

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夜依伯英 @Albion_U_N_Owen

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