アメリカ式鬼ごっこ

旗尾 鉄

第1話

 その夏、僕の家に外国人がやってきた。


 ジェーン・ハンター。アメリカ人。

 六週間、僕の家にホームステイする。

 父さんの仕事つながりで頼まれたそうで、断れなかったらしい。


 中二の僕より二歳年上。

 僕は一人っ子だし、同年代の女の子と暮らした経験などない。

 アメリカ人っぽいノリで「ヘイ、ユー!、hahaha!」とか言われたらどうしよう。

 正直びびっていた。






 僕の緊張感は、初日から無駄な心配だったとわかった。

 初めて会ったとき、ジェーンは言った。


「はじめまして! ジェーンです。よろしくね!」


 僕が一生懸命に暗記した英語のあいさつ文は不要だった。

 ジェーンは日常会話程度なら、普通に日本語が話せたのだ。


 金髪をポニーテールにした彼女は、紹介写真よりずっと綺麗に見えた。明るい声や表情のせいかもしれない。

 僕より少し背が高い。

 明るい性格で、なんていうか、会話が上手なんだ。


 ちなみに、ジューニャとは僕のことだ。正確には順也じゅんやなんだけど、ンの発音がはっきりしないのでジューニャに聞こえる。

 最初は僕の両親のことをアヤコサン、リュースケサンと呼んでたけど、数日後にはオカーサン、オトーサンに変わってた。


 僕の両親もジェーンがとても気に入って、彼女はすぐにわが家になじんだ。

 そして、僕も。

 たった二歳差だけど、僕にとっては眩しいお姉さんだったんだ。





 ジェーンは、アニメやゲームより日本の歴史や伝統文化に興味があるらしい。

 何か所か観光スポットに行ったけど、美術館めぐりをしたときが一番楽しそうだった。


 ある日、ジェーンが一冊の本を持ってきた。図書館で借りたらしい。


「ジューニャ、これ、なに?」


 昔の子供の遊びを紹介している本だった。開いたページには、鬼ごっこをする子供たちの絵が描かれている。


「鬼ごっこだね。んーと」


 スマホの翻訳機能を使おうとすると、ジェーンはそれを遮った。


「スマホじゃなくて、ジューニャの解説が聞きたいよ」

「え? えっとねえ……」


 もっとまじめに英語の勉強しとけばよかったと後悔したけど、しょうがない。


「ジャパンチルドレン、オールドゲーム……」

「ゲーム? どんな?」

「えーっとね、ワンピープル、オニ。オニ、キャッチ、フレンド、えーっと」

「オニってなに?」

「オニはね、モンスター。こう、頭に、クロー?」

「頭に、爪?」

「あ、違った。クローじゃなくて、えっと、ホーンだ」

「あ、ツノね!」


 ジェーンは楽しそうに笑った。

 正しく説明できたとは思えなかったけど、でも、僕もすごく楽しい。


 肩が触れあうくらいの近さで、横に並んで本を眺める。

 ジェーンの髪から、シャンプーの匂いがふわっと漂ってくる。

 僕はドキドキした。






 楽しい時間が過ぎるのは、なんでこんなに早いんだろう。


 六週間はまさに、あっというまに終わってしまった。

 明日の午後の飛行機で、ジェーンは母国へ帰る。

 ジェーンは二、三日前から、少し寂しそうだ。


 今夜はサヨナラパーティーの予定になっている。

 その前に、その日の夕方、僕とジェーンは日本での最後の思い出にと縁日へ出かけた。


 はじめての縁日で、ジェーンは子供みたいにはしゃいでいた。

 ヨーヨーを釣ったり、射的をしたり。

 いつもの明るいジェーンに戻ったみたいで、僕も嬉しくなる。


 遊び疲れ、笑い疲れた僕たちは、屋台から少し離れたベンチで休憩する。

 ジェーンが言った。


「ジューニャ、ありがとね。お別れするの、寂しくなってたけど、今日いっぱい楽しくて、また元気出てきたよ」

「うん、よかった。いつかまた来てよ。待ってる」


 僕は泣きそうになるのをギリギリで我慢して、そう返した。


「そうだ、ちょっとここで待ってて」


 ジェーンは急に立ち上がると、屋台のほうへ走っていく。

 僕はあっけにとられて見送るしかなかった。


 十分ほどして、ジェーンは戻ってきた。手を後ろに回して、なにか隠している。


「おまたせ。いくぞー」


 ジェーンは隠していたものを、さっと自分の顔に当てた。

 さいきん流行っている、アニメキャラのお面だった。


「鬼ごっこ!」


 ジェーンは笑いながら言う。

 あ、鬼になったつもりなんだ。でもそのキャラの頭から飛び出てるのは、ツノじゃなくて耳なんだけど。

 教えてあげようとしたら、それより先にジェーンが動いた。


「キャッチ! 捕まえたよ!」


 ジェーンがいきなり僕を抱きしめたのだ。

 とつぜんのことに、僕はパニックで動けない。棒立ちだ。


 数秒後、ジェーンはひときわ強く僕をぎゅっと抱きしめ、ぱっと離した。

 そしてお面を外す。

 僕の唇に一瞬、柔らかい感触が伝わり、そして離れていった。


「誰にもナイショだよ。えへへ」


 ジェーンはいたずらっぽく笑うと、僕の手を取った。


「もうちょっとだけ、遊ぼ。射的、リベンジしたいよ」







 そこから先、僕はぼーっとして、よく覚えていない。


 覚えているのは、夕陽に照らされたジェーンの横顔は誰よりも綺麗だったこと。

 それと、僕のファーストキスはタコヤキソースの味がしたこと。


 僕はたぶん、いや絶対、一生忘れないだろう。

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アメリカ式鬼ごっこ 旗尾 鉄 @hatao_iron

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