後編

 わたし、愛紀あき陽葵ひまりが好きで好きでたまらない。

 でもこれは禁断の恋。

 陽葵はわたしのことを友達としてしかみない。

 それもそのはず。

 わたしも陽葵も女の子だから――。

 でも今の時代、それもありだよね。

 お堅いことは言わずに攻めているけど、ゆるふわのんびり天然な彼女は気がついていない。

 だからわたしが溺愛していると気がつかないのだろう。

「愛紀!」

 普段のんびりとした口調の陽葵が久々に大声を上げた。

 そう思っていたら、バレーボールが目の前に迫っていた。

 もちろん回避するだけの力はなく、

 わたしはボールの直撃を頭で受け止めていた。

 その場に倒れ込み、意識がもうろうとする。


 次に目を開けたときには陽葵の顔が視界いっぱいに広がる。

 ウェーブのかかった茶髪。灰色の瞳。形の良いふっくらとした唇。

 そんなに近づいたら、動悸が止まらないんだけど!

「ひ、陽葵。わたし……?」

「大丈夫~?」

 陽葵がわたしの手をとって顔を寄せてくる。

「え。あ、うん」

「良かったぁ~♪」

 同性であるが故の近さがある。

「わたし、どうしたのさ?」

「ボールがガッてなって、ふらふら~って」

 なんとなく言いたいことは分かるけど、もう少し具体的な言葉を言ってほしい。

 まあ、これも陽葵の良さだね。

「もう、大丈夫なら行くね~」

「あ」

 離れようとする陽葵の袖をつかむ。

「ん?」

「あ、いや、ごめん」

「ううん。一緒にいたい?」

 わたしは答えることはできずにうつむく。

 それを頷いたと勘違いした陽葵はまたベッドの端に座る。

「じゃあ、恋バナでもしようか?」

「へ?」

 裏声が出てしまうほどには困惑した。

「ん。しないの~? この歳になれば恋の一つくらいするよねぇ~」

「いや、まあ」

 わたしの初恋は陽葵なんだけどね。

 それを伝えるのが怖い。

 だって同性だし、陽葵はわたしのことを友達としてしか見ていないだろうし。

「そういう陽葵はどうなのさ?」

高來たかきくんが好きだったなぁ~」

「高來!? あいつのどこがいいのよ!?」

「えぇ~。よくない?」

 勉強もできないし、スポーツも不得手。できることと言えば人にこびへつらうこと。

 そんな奴のどこがいいのか。

「天然な陽葵には分からないんだ」

「ひっどい~! 私にも好きな人がいるんだからね!」

 ぷんすかと怒り出す陽葵。

「あ、いや、ごめん」

 誰だって好きな人をけなされたら怒るよね。

「まあ、いいけど。高校で別れちゃったしぃ~」

「そうだけど。気持ちは残っている?」

「う~ん。私ってミーハーだからねぇ~」

「ふふ。あんたらしいよ」

 クスクスと笑うと、次の授業の準備をする。


 放課後になり、わたしは寝ぼけている陽葵に近づく。

 こてんと頭を肩に預けてくる陽葵。

「もう。陽葵ってば」

 こんなかわいい姿を見せられたら、わたし。

 ギュッと抱きしめる。

 甘い香りとほのかに感じる熱。

 ドキドキするのに、嫌じゃない気分。

 ああ。ずっとこうしていたいなぁ。

「ん……」

 腕の中で身じろぐ陽葵。

「おはよー」

「うん。おはよう、陽葵」

 そっと身体を離すわたし。

 その瞬間が少しおしいと思ったのはナイショ。

「ん。愛紀?」

 目を擦りながらも上目遣いをしてくる陽葵。

 その全部が愛おしい。

 額にチュッとキスをしてしまうわたし。

「何をしたの~?」

 のんびりとした口調で、まだ夢の中にいる陽葵は気がついていないらしい。

「うんうん。なんでもない。さ、帰るよ?」

「うん。帰る~」

 のんびりとした動きで帰り支度を始める陽葵。

 なんとも小動物感のある動きに癒やされるのはわたしだけではないらしい。

 見ていた他の人も微笑ましいものをみるようにしている。

 それにしても、さっきのキスは誰にも見えなかったよね?

 内心、心臓をバクバクさせていた。

「んじゃあ、帰ろ~。おーっ!」

「うん。帰ろうか」

 わたしも鞄を手にすると陽葵と二人で帰路につくのだった。

 その道中、わたしは陽葵に話しかける。

「ねえ。陽葵は卒業したらどうするの?」

「わかんなーい」

「考えていないのね。もうしっかりしなさい」

 わたしは顔を背けてさらに続ける。

「わたしの人生設計がめちゃめちゃじゃない」

 ぶつぶつと小さな声で言うと、陽葵は可愛く不思議そうに小首を傾げる。

「もう。あんたは!」

「ひー。怒んないで!」

 ふんわりとした雰囲気の陽葵が少し違って見えた。

「もう。いいわよ。許す」

 こんなに可愛い子は他にいない。

 誰にも渡したくない。

 わたしと一緒に歩んでほしい。

 一緒のところにいてほしい。

 まあ、それもわたしの勝手な言い分なんだけど。

「そう言えば、陽葵は今、好きな人いないの?」

「ん。いないよ?」

「そっか!」

 どこか弾んだような声が漏れる。

「いなくて嬉しがるなんてひどーいっ!!」

 ぷんすかと怒り出す陽葵。

「いや、ごめんね。こっちの気持ちもあるんだ」

「あー。もしかして同じ人を好きになったのかと、警戒したの~?」

 のんびりとした口調で、明後日の方向を考えていた陽葵。

「わたしの好きな人は絶対にかぶらないよ」

 そう言って陽葵をギュッと抱きしめるわたし。

「もう、いるんだ。じゃあ教えてよ~」

「教えなーいよっ」

 意地悪をしているわけじゃない。

 でもあなたです、とは言えない。

 そんな勇気、まだわたしにはない。

 まだそんな雰囲気じゃない。

 これから二年間、彼女を落とす人生が始まる。

 最高のパートナーって認めさせるんだから。

 そのために頑張るんだから。

「ふーん。教えてくれないんだ~」

 ブスッとした顔を向ける陽葵。

「陽葵には内緒だね」

「もう、私だけのけ者にするんだ」

 少し強めの語気に戸惑う。

「で、でもね。言いたくないんじゃなくて、言えないの」

「言えない?」

 驚いたように眉根を寄せる陽葵。

「言わないじゃなくて?」

「そう言えないんだ」

 わたしの気持ちがまだ言わせてはくれない。

 

 という言葉をわたしはまだ言えない。

 彼女のことを思っているからこそ、言えない。

 だって友達でいられなくなるから。

 そんなのダメだよ。

 だったらわたしは傍にいて見守るんだから。

 喩え、視線のその先にいる人が別の人であっても。

 わたしはそれを考えなくちゃいけない。

「とんとんとん! と」

 陽葵は側溝の上をステップを踏む。

「言えるようになったら教えてねぇ~」

「……うん。もちろん」

「さ。帰ったらゲームだ~」

「そうだね。今日はラストドラゴンを倒そうね」

 わたしたちはこうして楽しい一時を過ごすのであった。


 家に帰り、ゲームをネットにつなぐと陽葵に音声チャットを送る。

『さっそく狩りに行くよ~』

「うん。いける」

 声の向こう側にいる陽葵。

 その声が耳朶を打つ。

 心地良い。

 素敵な声に聞こえる。

 わたしの大好きな声。

 気持ちを揺るがす声。

 こんなに気持ちのいい声があるんだ。

 そう思わせてくれる。

「ふふ。陽葵は可愛い声だね」

『そういう愛紀は凜とした声だね~』

 そう言われるとかっかっしてきた。

「もう。なんてこと言うのさ」

『ええ。いいじゃない。他に誰も聞いていないんだし~』

「まあ、そうなんだけどね」

『それに言い出したのは愛紀だよ~?』

「はいはい。すみません。さ、行こ?」

『うん。行く』

 わたしはゲームのコントローラーを動かし、画面の中のキャラを前に進めさせる。

 その隣で陽葵のキャラが動きだす。

 そっと寄り添ってくれる陽葵。

 そんなにゲームは得意じゃないけど、陽葵と一緒なら――。


 わたしはどうしようもなく陽葵を好きでいる。

 ずっとこうしていたいと思う。

 わたし、陽葵が好きだよ。

 いつかそう言える日が来ると信じて。

 今日もわたしは陽葵と一緒に遊ぶ。


『なんだか。今日はドキドキするなぁ~』

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ゆるふわのんびり天然彼女を溺愛するサバサバ系なわたし 夕日ゆうや @PT03wing

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