華麗戦役

夢火

プロローグ

____華麗創世暦1339年


 鍋渓⾕は「⼨胴鍋帝国」を中⼼とする複数の国衆から成る連合国として統治に向けて動こうとしていた。ついに⻑きにわたる争いは終わったのである。だが、危機を脱したわけではなかった。⼨胴鍋帝国は4⼤国家の中で最も資源に恵まれた⼟地である。諸外国からの侵略に備える必要があり、予断を許さない状況が続いていた。

 そんな中、国議によって新国王に選ばれた「パンプ国王」は頭を抱えていた。


「刃の国…『ナイフズ』、炎の国…『フレイムズ』、板の国…『ボーズ』、そして、我が国…鉄の国『アインズ』」


「同盟国であるフレイムズの【炎の盾】によって諸外国からの侵略を防げているが、連合国となった今、我が国はフレイムズより強⼤な国となってしまった。このまま同盟を結び続けることは可能であろうか…。すぐに⼿を打たねば…。」


 戦によって国⼒が半減している今、同盟の破棄は、そのまま国の存亡にかかわる。パンプ国王はすぐに密使を送り込み、フレイムズの動向を探るよう命を下した。特に恐れていたのは、近年、⼒を増している「ナイフズ」である。

 ナイフズは【軍事統⼀国家】を⽬指し、周辺の国々から奪い取った資源をもとに国を繁栄させてきた野⼼的な国家である。当然、⼨胴鍋帝国の豊富な資源も狙っていた。しかし、その刃はフレイムズの【炎の盾】によって、何度も阻まれていたのである。

 兵⼒は明らかに削がれているはずであった。が、沸々と湧き上がる野⼼が垣間⾒えるナイフズは警戒すべき国であると、パンプ国王は考えていた。


「貴族にも倹約が必要ですわね。いえ、王族も、かしら。」


 何不⾃由ない暮らしをしてきた王族をはじめ、貴族も同様ではないかと、メイ王妃は⾔う。そのことはパンプ国王も⾃覚していた。特に多くの貧しい⺠たちは、この状況を良く思わないであろうことは容易に想像できた。⼀⼈⼀⼈の⼒は取るに⾜らない勢⼒だが、数では貴族よりも勝る。その⼒をもってすれば、⼀夜で国が亡ぶであろうことも。


「国の⽴て直しには莫⼤な費⽤が必要だ。我ら王族は仕⽅が無いとしても、貴族の反発は相当なものだろう。慎重に事を進めねばならぬ。」


「そんなに悠⻑に構えていて⼤丈夫かしら。」


 視線を窓の外に送る。その細い瞳は⾒透かしているかのようだった。


「【事】はもう、始まっているわ。」


 眼下には不安の旗を掲げた⼩さな⺠が広がる。⼝々に叫ぶその声は、決して無視はできないものばかりだ。この不安の種を放置しては、やがてクーデターへと発展する。


「三つ巴ね。ナイフズも、フレイムズも、⺠も。」


「時間が無いわ。」


「分かっておる。既に⼿は打ってある。」


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____深紅の川「リコピン河」


 もともとは、とても澄んだ⽔が流れる河であったが、先住⺠のトマトゥルがナイフズの侵略によって⼤量に虐殺された後、真っ⾚な河になったと⾔われている。酸性の⽔になっており、踏み込んだものを容赦無く溶解させるほどの強い酸の河である。僅かに⽣き残ったトマトゥルは「呪いだ」と⼝を揃え、災いを恐れて近づこうとすらしない。死の河である。

 この【酸の河】と、フレイムズの【炎の盾】。この2つがある限り、アインズへは1歩たりとも踏み⼊ることが出来ない。東⻄を守る守護の⾨として機能しており、ナイフズとしては誤算であった。


「じゃがいも男爵殿はおられるか︕」


王宮より使いに来た兵⼠は、リコピン河から漂う臭いに⿐をつまみながらも必死に探していた。


「…クッ、ひどい臭いだ。」


「じゃ、じゃがいも男爵殿ーーー︕︕」


 先王の時代より、王命でこの「リコピン河」の守護を任されたのが「じゃがいも男爵」である。岩をも砕く屈強な⾁体を持ち、幾千の戦を勝ち誇ってきた⼨胴鍋帝国⼀の戦⼠である。古くより伝わる⻤神「オーガ」の⾎を引くと噂されているが、「オーガとな︖オーガニックの間違いぞな︖」と、本⼈はすっとぼけている。


「は、はぁ…。だ、男爵殿…︕︕どこにおられるのですか…︕︕」


「おわ︖」


「は…︕︖だ、男爵殿…︕」


⻘ざめた表情。充⾎した瞳。この河の毒気にさらされたせいであろうか。兵⼠は疲労困憊で息も絶え絶えであった。


「もう、死ぬぞな。」


「は、はぁ、は、はぁ…︖」


「おぬし。呪いにかかっておるぞな。」


「はぁ…男爵殿…はぁ…国王より…王命を授かっており……ぐっ。」


「がはぁ…︕︕」


「おぬし。叫びすぎたぞな。毒を吸いすぎぞ。」


 じゃがいも男爵は背中の⼤斧を取り外すと、天⾼く振りかぶる。


「どれ…。楽にしてやろうぞ…。」


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____世界樹「華麗リーフ」


 旧⽀配者達の時代より地上を⾒下ろしてきた、樹齢2000万年を超える⼤樹である。アインズとフレイムズの国境に位置し、北⽅の⼭脈から流れ出る雪解け⽔と、フレイムズから届く温暖な空気によって、1年中、湿度と気温が⼀定に保たれている特殊な場所である。

 世界樹は、その地中深くに張った根によって多くの地下⽔脈を構築し、⼤地に還元している。その恩恵もあり、⼨胴鍋帝国では野菜や果物の⽣育に適した環境が約束され、緑豊かな⼤地を育んでいる。

 また、意外と知られていないことであるが「鉄の国」と呼ばれる所以がある。旧⽀配者達が、この地を⽀配していた頃は、アインズとフレイムズは⽕⼭地帯であった。動く炎の⼤地は、冷やされ、熱され、飲み込み合い、溶け合ううちに、鉱⼭を作ったのである。それが、今のアインズ領となっている。

 表向きは緑豊かな⼤地であるが、地中深くには多くの鉄が眠っている。そのことをナイフズも知っているのである。


「ゴッスンにんじん様…お迎えに上がりました。」


「ちょーーーーーーーーーーーーーーーーーとだけ。」


「待ってくれないかな、君。」


「忙しいんだよ。私はね。」


「忙しそうじゃないけどね。私は。」


「暇そうな君と違ってね。」


「眠そうな君は、こうべを垂れるけどね。」


「私はね。」


「ちーーーーーーーーーーーーーーーーーっとも。」


「偉くないんだからね。」


「⾒ての通り、頭は⾼いけどね。私は。」


「君と違って。」


 ⼨胴鍋帝国が誇る【三賢者】の⼀⼈、【深淵の瞳】の異名を持つ「ゴッスンにんじん」である。ひょろりと細⻑い体格に⾚いマントを被っており、深々と被った三⾓帽⼦からは本当の表情が⾒えない。その⾵貌から、きっと眼光は⾒るものを震え上がらせるに違いないと噂されたのが始まりである。

 数年前より、この華麗リーフのふもとに⼩屋を建て、⾃⾝の研究に勤しんでいる。王族に仕える⾝でありながら、パンプ国王とは幼馴染である。幼少期は良く遊んだ仲で、王都から離れた今でも⼿紙でやり取りしている。今回の件についても事前に連絡を受けていた。


「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと。」


「⾒上げないでくれたまえよ。」


「君の頭上には、書きかけの術式が残っているのだよ。」


「下⼿に動くと…。」


「死ぬよ︖君。」


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____砂の⼤河「ペッパーミルズ」


 雪原のごとく広がる砂の街。緑⼀つ無いこの地は、⼨胴鍋帝国の最南端に位置する砂漠地帯である。元々は緑豊かな⼤地であったが、近年の異常気象により⽔源が枯渇。⼤地は⼲上がり、草⽊は枯れ、⽔の代わりに砂が流れる殺⾵景な海となった。その⼤きさは直径にしておよそ500km。年々、その範囲は拡⼤しており、度々、国議でも話題になっているが、これといって妙案もなく放置されているのが現状である。

 しかし、⼀つだけ、この地にもメリットがある。「ペッパーミルズ」と呼ばれる所以は「⽕薬」の主原料である「硝⽯」が取れるからである。砂の中に⼩さな粒⼦となって紛れ込んでおり、これを選別して採取することで、およそ1kgあたり100gの硝⽯が⼿に⼊るのである。

 また、採取場所によって「⽩」「⿊」「桃」「緑」「⾚」と、硝⽯の⾊が異なっており、それぞれに向き・不向きがある。たとえば⾚い硝⽯は鉄砲の⽕薬に使⽤される。また、⽩い硝⽯は⽕薬に適していないが燃焼効率が良く、燃焼材として使われることが多い。このような特性を⽣かして⽣み出された数々の道具は、鍋渓⾕内で勃発した紛争を⻑引かせる要因ともなったが、今⽇では、諸外国からの侵略に備えた、⾔わば「⽭」とも⾔うべき存在となっている。


「東⻄の盾に、南の⽭。北には指令室である王都。これだけ揃ってるっていうのに⺠は不安でたまらない、とさ。何を怯えてんの︖連合国にもなったんだしさ。」


「嫌だって⾔ったって、どうせ連れてくんでしょ︖」


「え、ええ。王命ですから…。」


「はい。はい。わーったよ。」


「砂ばっかり⾒てんのも飽きてきたところだしさ。王都にも⽤があるしさ。たまには帰ってあげようか。」


「パンプちゃんのために。キシシシシッ…︕︕」


 ⼨胴帝国⼀の⼸の名⼿であり、チャクラムの使い⼿「アーリーレッド」である。その正体は【4⼤精霊】の「シルフ」であり、本来、⼈間に⼿を貸すべきではない存在であるが、旧⽀配者達との盟約により、表向きは⼨胴鍋帝国の【護り⼿】として建国時より⼿を差し伸べてきた。しかし、実際は【調停者】としての役割を持ち、華麗創世暦が始まって以来、⼈類を⾒守る⽴場にいる。他の精霊とコンタクトを取る機会は無く、どこ吹く⾵といった具合に、あちらこちらへ旅に出ては歴代国王を悩ませてきた曲者である。

 精霊であるが故、不⽼不死であり、ご意⾒番としての意⾒を求められることも多いが「⾃分たちでどうにかしろ」と他⼈事であることも多い。


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____再び、深紅の川「リコピン河」


「………︖」


 ここはどこだろうか。暖かい。


「おわ︖⽬覚めたぞな︖」


「ぁ……っ……ぅ……」


 なぜだろう。⼝がうまく動かせない。


「今はまだ喋れぬ。」


「毒の後遺症ぞな。しばらく、そうしておるが良い。」


「ここは、わしの住処ぞな。リコピン河から離れておるゆえ、安⼼するが良い。」


 そうだ。思い出した。私はリコピン河の毒気にあてられ、気を失ったのだった。


「わしの斧はアースガルズで作られた退魔を払うことが出来る斧。この猛毒の河におっても無事でいられるのは、こいつのおかげぞな。おぬしも、この斧で毒気を払ってやった。感謝せい。」


 がははは。と笑う、この⼤男は、聴いてもいないことを⽮継ぎ早に話す。⼝が聴けない状態にある私に⾊々説明してくれるのは有難いが、すべてにおいて豪快であることを、この話しぶりからもひしひしと感じる。頼もしいと⾔うべきか、⼼強い。


「トマトゥルは呪術師たちぞな。リコピン河を【酸の河】と皆は⾔うが溶解しているわけではない。正しくは【分解】しておる。原初に戻す呪いぞな。」


 トマトゥルが居たこの場所、リコピン河はかつては森だった。アインズ領でもなく、ナイフズ領でもないこの地は、ちょうど国境となっており、どちらに属すわけでもなく、トマトゥルは呪術を⽣業とし、⾃分たちの暮らしを営んでいたらしい。

 ところが、アインズ領内で内戦が勃発するや否や、領⼟拡⼤を⽬論むナイフズから攻め込まれ、その多くは命を落とすこととなった。当時の各部族の族⻑たちは決死の覚悟で術式を展開し、残る部族を守るため、命を賭したという。


「呪いは必ず術者に返るものぞ。その結果、トマトゥルは⾃⾝をも分解したぞな。ナイフズに⽴ち向かう唯⼀の対抗⼿段だったやもしれぬが、今は国境の盾として、我々、アインズに利⽤される哀れな⺠族ぞな…。」


「おお、そうじゃ、おぬしが持ってきた⽂を読ませてもらったぞな。」


 ⼀瞬、じゃがいも男爵の表情が強張った気がしたのは気のせいだろうか。


「鍋渓⾕の内戦が始まって以来、わしは、この辺境の地で国境の盾として、守護の任についておったぞな。それを解くと書かれておる。」


「おぬしは、パンプ国王のことを信⽤しておるのか。」


 語尾が強まる。


「わしは、あやつの腹の底が読めぬぞな。」

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