界外赴任

@wanizame

第1話

 空は赤く、地面は真っ黒。空気は重く湿って、嫌になる程暑い。罪人達は贖罪の為に働き、獄卒達もお金の為に働いてる。地獄の様相は100年前から変わらない。

 緑鬼の獄卒、東ウツロ(アズマウツロ)は、粗末な部屋の中、1人デスクワークを取り組んでいる。積み上げられた紙の資料をパソコンに打ち込み、データを整理・保存している。資料の内容は、罪人や獄卒の人数、刑罰毎の贖罪効率、地獄で起きた出来事、などである。

 ウツロは積み上げられた資料を見て大きくため息を吐き、手元の缶コーヒーを飲み干して、再び作業に戻った。

 昼休憩の鐘が鳴ると、部屋のドアが勢いよく開いた。

「よっ。元気にしてるか?」

 入ってきたのは死神の狭土山(サツチヤマ)。ウツロにとって、数少ない友人である。

「…悪いけど帰ってくんね?仕事かまだ終わってないんだ」

 ウツロは眠そうな声でそう言った。目の下には大きめのクマがついてる。髪はボサボサで、服はヨレヨレだ。最後に風呂や布団に入ったのはいつだっただろうか。

「しゃーねーな。手伝ってやるよ。」

 狭土山は袖を捲り、資料の山の上半分を持ち上げた。そして、部屋にあるいつのまにか失踪した同僚の席に座り、資料を置き、パソコンを立ち上げ作業を始めた。

「この部屋確か10人くらいいたよな?」

 狭土山は資料の紙を片手にウツロに問いかけた。

「いたさ。こないだ全員失踪したけど。」

「そら災難だなぁ」

 狭土山は人事のように(実際そうだが)笑うと、続けて言った。

「この後話がある。コレ終わったら時間いいよな?」


「で、話って何さ。」

 いつのまにか日付けは変わり、ウツロと狭土山は近場の居酒屋の前に訪れた。朝まで働かないと消費できないと思っていた書類の山も、なんとか終わらすことができていた。

「それは飯食ってからな。」

 狭土山は言い終えると、居酒屋のドアを勢い良く開けた。あれほどの書類を捌いたにも関わらず、彼は元気である。

 酒樽やらが乱雑に放置され、客の騒ぎ声で五月蝿い店内を、店員である女の赤鬼に案内されて進んでいく。一番奥のテーブルに座ると、ビールと串や唐揚げを注文した。

「いやーあれだけの書類を良く一人で捌けてたな」

 狭土山はお冷を片手に言う。

「仕方無いだろ。俺以外みんないなくなったし」

「んじゃなんで周りに相談しようとしなかったんだ?そしたら上もちょっとは考えただろ」

 少しだけ、狭土山の声から能天気さか消えた。

「…別に。その発想はなかったよ」

「それは無いだろ」

 苦笑いしながら答えられる。

 実際には、思いつかなかった訳では無い。しかし、それをやろうと、ウツロはどうしても思えなかった。

 地獄に居る獄卒の多くは、かつて大きな罪を犯した者達である。その罪より死後ただの魂になる事が出来ず、鬼となる。地獄の制度は妖怪に罪を償わせるものでは無い為、彼らは獄卒として働くことで罪を償っている。

 一方でウツロは、獄卒でありながらこの例に当てはまらない。彼の両親は他の鬼以上の大罪人である。その罪を少しでも償うために、彼は物心ついた日から働き続けている。

 彼は、労働以外の時間の使い方が分からない。たとえ自由な時間があったとしても、虚無感に襲われるだけだ。だから、同僚が失踪しようとも、羨ましいとは思ったが、だからと言って何かをしようとは思えなかった。

「まあいいや、話って言うのは、」

 狭土山はいつのまにか運ばれてきたジョッキ片手に言う。

「界外赴任の話が来たぞ」

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