先輩に心惹かれていく僕。きっと先輩も僕に特別な感情を持っているんでしょう?

桃もちみいか(天音葵葉)

先輩と僕

 僕には付き合ったばかりの彼氏がいる。


 ……好きだと思ったのに。


 彼は僕が困っていると、ことあるごとに助けてくれた。


 優しくて意思がはっきりと力強く、男らしくて。


 だけど、どこか心の隙間が埋まらない。

 彼といても虚しい気持ちが消え去らずにいた。


 かけちがえたボタンみたいに違和感がぬぐえない。



 ここにいれば、僕は彼氏とのことを考えずにすむ。


 彼とはクラスメートだから、いやでも顔を突き合わすことになる。


 なぜ、だろう?

 あんなに彼に触れたいと、僕に触れてもらいたいと願ったのに、触れ合えた途端に色褪せて、今では逃げたくなっている。


 好きなはず、……なのに。



 今はこうして一人で過ごすこの時間が、この上なく安らぐ時間だった。



 だがつい最近、僕のこの静かなる時間を安らぎを、壊す者が現れた。



 冬の放課後の屋上のベンチには、僕ひとりしかいなかった。


 落下防止のために屋上はゴルフ練習場のように網で全方位囲まれている。


 屋上の網のフェンス越しなのに眺める夕焼けは、やけに目に強く赤くまばゆい。


「また、いるんだね?」

「うん、いるよ。また、ここに来ちゃったんですね? 先輩」


 僕は、置かれた寂しい一つだけのベンチに寝転んでいたが、先輩がやって来たので座り直した。


「うん、来ちゃった。君と話したくて」


 そう言って僕の横に座る先輩、長い髪がサラリと揺れた。

 ――あぁ、綺麗だ。

 夕焼けに照らされた姿が神々しくすらある。


「君は中庭か屋上にならね、いるかなと思ったんだ」

「うん、当たったよ、先輩。僕はここにいる。……もしかしてわざわざ僕に会いに来てくれたの? 僕のことがそんなに気になるんだ?」


 挑発めいた気分で先輩を見つめてみる。


 ――先輩。


 僕はあなたを見ると、あなたに会えて嬉しい自分に気がつくんだ。


 先輩に急速に心惹かれていく僕。


 きっと先輩も僕に特別な感情を持っているんでしょう?


 聞けずにいる。


 僕は先輩の顔にかかる艶のある綺麗な黒髪をよけ、そのまま頬を包み唇にそっと口づけた。


「あっ……」


 少し身じろぐ先輩を追うようにまた口づけた。


 先輩を好きになった。

 僕はそうだ、先輩を大好きなんだ。

 ……ただの話し相手のつもりだったのに。


 彼氏より、あなたのことが頭から離れません。


 好きなはずで付き合っている彼氏よりも、もっともっとあなたが好きだ。

 激しくさえある想いは、止められなく溢れ出してくる。


 僕の気持ちはあなたに向けられたものだけが真実だ。


 気づいたんだ。

 囲った偏見や性別の枠を取っ払って、あなたを好きだ。


 僕は囚われていた。普通という名の周りのレッテルや常識に。


 あぁ、止められない。

 だめだ。

 もう止められないな。

 溢れてしまった好きは、衝動を起こす。


「先輩、綺麗だ。好きです」

「彼氏いるのに」

「彼氏か……アイツを本当に好きか分からない。僕は男じゃなくて女だけど……、あなたのことが好きになったみたいだ。先輩だって彼氏がいるじゃないですか」


 僕は先輩の胸に顔をうずめた。小さすぎもせず、大きすぎもしない。とてつもなく柔らかい。


「手で触っても良い?」

「……良いよ」


 そっと先輩のブラウスの裾をスカートのウエストから出してゆっくりと下から肌をなぞると、先輩が顔を赤らめながら小さく「ひゃっ」と声をあげた。


「まだ……したことないの?」

「ないよ。彼氏はしたがってるけどね」


 かわいいよ、先輩。

 先輩の初めてを僕にください。

 無責任なことだ。

 僕の胸の奥底に秘めた欲を口にしてしまえば、甘やかな言葉は先輩のこれからを狂わしてしまう。だから自分勝手にそんなことは言えないけどね。


 ――そうだ、奪ってしまうには先輩は純粋すぎて、僕の思いは破壊てき過ぎなのだ。


「僕となら出来る? する?」

「する」

「――えっ?」

「本気だよ」


 冗談めかして言ったのに思いのほか、受け取った先輩の瞳は決意で真剣そのもので、返り討ちに合う。

 僕のほうが怯んで躊躇う。


「女同士ってこの先はどうするの?」

「……さあ? ごめんなさい。よく分からないけど」


 ただ先輩、あなたと体を重ねるだけで僕は満たされると思うんだ。

 先輩の存在にかき乱されもしてる。


「君は彼氏とは……その……キスとかしてるの?」

「初体験はすませましたよ」


 そう言ったら、先輩は泣いた。

 僕は泣かせてしまったんだ。


「なんで先輩が泣くの?」

「分からない……」

「僕のことが好きだからですか?」

「たぶん、そう。……そうだね私、君のことが好きなんだ」


 美しい玉になった雫は先輩の瞳からこぼれ落ちた。僕は親指で流れた先輩の跡をぬぐう。


 ――この人を守りたいと思った。


 僕は先輩のブラウスを元通りにして、もう一度口づけた。


 先輩の柔らかい唇は僕の唇とぴたっとくっついた。ゆっくりと押しつけると、体の芯に痺れとうずきが走る。


「寒いから帰ろうか。……先輩?」

「まだ一緒にいたい。抱きしめて」


 二人が同時に息を吐くと僕の白い蒸気と先輩の吐息が混ざり合う。僕はベンチに先輩を押し倒した。


「僕は女性は初めてです。覚悟はできてますか?」


 先輩の耳元で囁くと小さなため息と吐息が漏れた。

 先輩の「良いよ」と消え入りそうな可愛らしい声がした。


 僕はそれを聞いてホッとする。


 先輩の耳朶じだを軽く噛みながら、整えたばかりのブラウスをまくし上げる。


 僕は押し開くように先輩のなまめかしい色気を放つ両脚に自分の両脚を絡めた。


 自分の内側のぞくりとした欲望を解き放つ。


 隠すものを一枚ずつはがした。お互いがさらけ出すと熱を求めて抱き合っていた。

 柔らかく華奢な先輩の体が触れているだけで、僕の頭も体も心地よさにどうにかなりそうだった。


 ――僕と先輩。


 お互いに、離れられなくなるのが分かってた。


 惹かれて、魅せられて、離れられない。

 ――先輩を離したくない。


「ずっと僕のそばにいて?」


 山の方から強い風が鋭い音をさせ、僕らのあたりにやって来た。


 からかうように悪戯に吹き荒ぶ北風に、負けじとますます僕らは固くきつく抱きしめ合った。


「愛してる」


 ただの友達、話すだけの関係だったあなたが、僕のいとし恋しい人に変わっていく――。




          【了】




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