[10] 宴会
打ち上げに参加する。といっても居酒屋の一室を貸し切って好き勝手に飲むだけで、面子は基本的に潜行に参加した人々のほか、社の方で準備に携わってくれた人たちがいた。
酒が入れば普段とはまた違った話が聞けるだろうと、土川先生の隣で飲んでいたら、ついでに重野さんと、それからなぜか現れた迷宮管理課の吉崎くんも同じ机にまとまっていて、それならそれでちょうどいいと、ふと思っていたことをざっくり尋ねることにした。
飲みの席の話を持ち出すなんて信義にもとると言われるかもしれないが、もちろんこの原稿については後で見せて確認してもらったので問題ない。のせられない話はのせられない話でおもしろかったのだけれど、それらは確かに現時点では表に出していいものか迷う話だったので仕方のないことだ。
「迷宮って何なんですか」
結局これが一番気になっていたことだ。調べてもよくわからなかった。これは多分俺の理解力調査力が不足しているせいではなくて、人類全体がまだはっきりわかっていないことだ。
そうした問いに迷宮最前線で暮らしている彼らがどう答えてくれるのか? それが気になった。
宙をにらんで真剣に考える人々をよそに最初に口を開いたのは吉崎くんだった。
「僕にとっては仕事の一部です。特別なものではありません。今も大きなものはともかくちっちゃなものは生まれては消えていってるんですよ。到底管理しきれない自然的な現象です」
その答えに思うところがあったのが、土川先生が口をはさんできた。
「いくら不思議なものであったとしても日常的に接していれば不思議は不思議でなくなる。たとえ不思議であったとしてもそれはそういうものだと納得する。それは人間があるいはもっと広く生物が生活をつづけていく上で獲得した重大な機能だね。その不思議でなくなったものをもう一度不思議としてとらえなおしてそれの抱えている謎を追求するのが私のような人間の仕事なんだよ」
「手伝いをしててなんだけど個人的にはわからないものはわからないままの方がいいなあ」
土川先生の意見に遠慮がちに重野さんが異議を申し立てた。
「だってそっちのほうがおもしろいだろう。いや先生の言ってることも俺とあんまり変わらないか。要するに謎の状態から謎が解消されてる状態へその推移してくところが一番おもしろいと言ってるんだから。たいがいのものってそうだろう。物語も決着がつく寸前のところがおもしろいんだ。何も始まっていないところはつまらない、すべてがおわった後もつまらない」
「それが尽きせぬものであればいいんだ。けれども大迷宮というのはどれほどの深さのものなのか? それを判断する材料は今のところない。案外最深部まであと一歩というところまで迫っているのかもしれない」
「あるいは今も拡大してるのかもしれませんよ。人が謎を求める限りその領域はどこまでも広がっていく」
「君にしてはなかなか詩的なことを言うね」
何度もともに死線をくぐりぬけているであろう2人は大きな声で笑いあう。彼らの意見というのは大筋においては一致しているようだ。
「今思いついたことなんだが迷宮とは必ずしも終わりが存在するものではないのかもしれない」
ひとしきり笑ってから、土川先生は不意に真剣な顔をして言った。
「小規模迷宮から類推して大規模迷宮にも最深部が存在すると思い込んでいただけで。ひょっとすると、どこまで行っても潜りたいだけ潜ることができて無限というところまでそれはつながっているんだ」
迷宮は地下に空間として存在しているわけではなくて、入り口からどこか別の世界に移動しているようなものと理解されている。とすればそれは地球上での大きさの制約を受けることはなく、潜っても潜っても終わりのないものであることも考えられる、可能性としては。
「それは困りましたね。迷宮の踏破というのはある種のロマンであり称号なんですよ。宮原大迷宮の完全制覇というのは我々のひとつの目標なんです。もし先生が言ってることが当たっているならどこにも存在しないゴールに向かって歩きつづけることになる……」
「管理課としては助かる話ですけどね。なんだかんだ言って大迷宮は今やこの市の大きな資産となっています。それが攻略されてしまったら――少なくとも管理課の仕事は大幅に縮小することになるでしょうね。僕も別の仕事にまわされることになるかもしれません。せっかく慣れてきたというのに。いや実際に攻略されたらされたでうれしいことには違いないんでしょうけどね」
土川先生の本気なのか冗談なのかわからない仮説に、重野さんと吉崎くんはそれぞれ自分の立場から意見を述べた。彼らにとっては迷宮は夢であり現実であるものだと、その意見を聞いて思った。
「ここがこの場所も迷宮なんだよ。突き抜けた先に同じ場所に戻ってくる。境界なんてどこにも存在しない。私たちは迷宮に閉じ込められてどこへ行くこともできない。迷宮がこの世界に現れたのではなくて、自分たちがいる場所が迷宮なのだと感覚できるようになっただけで――」
話が混沌としてきたのは話している彼らに酔いがまわってきたのか、聞いてる俺に酔いがまわってきたのか、あるいはその両方か。大きなジョッキを片手に大きな男が大きな話を熱弁する。それを聞いているとここが迷宮なのだという理屈もなんとなく飲み込めるような気がしてきた。
とはいえ論理が飛躍しまくってどこに向かっているやらわからなくなってきたので、このあたりで筆をおくことにする。
素人冒険家、迷宮に潜る 緑窓六角祭 @checkup
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