第7話 敗者の美酒

「「トリックオアトリート!」」

 二人組の少女は、酒場だというのに書き物を続けている男を次の獲物に定めた。


 男はペンをインク壺に差し、少女らに向かって座りなおす。

「大事な報告書にイタズラされちゃかなわない。ほら、お菓子だよ」

 ポケットから出てきた小袋には、ラムネが4つ残っていたので、2つずつ少女たちに握らせる。


「で、何の仮装なのかな?」

 少女たちは骸骨の面をつけており、その頭からは犬のようなピンと尖った耳が突き出ている。


「がいこつー」「だよー」

 少女らが面をいじると、骸骨が現れたり消えたりを繰り返す。

 男は柔らかな笑みを浮かべて、少女らの頭を撫でてやった。血の通った温かい手触りの耳が手にくすぐったい。


「いいお面だね。良い収穫祭を」

「ありがと、おじさん」「ありがとー」

 また次の獲物を狙いに行く少女らを見送って、男は報告書に向き直る。と、テーブルの真向かいにいつの間にか相席者がいた。


「異端にそんな甘い顔を見せていいのかい、審問局長どの」

「たまたま人狼に生まれただけの子供を審問しても意味はないさ」

 笑いかける銀の瞳に、口角を釣り上げて答える。実は表情豊かな方だということは、彼の二番目に大きな秘密だった。

 いつもの鉄仮面を見ている神殿の面々なら、今の彼を見ても似ている別人だと思うだろう。


「思ったより上手くいったよ。若干複雑な気分だがね」

 ミエラ司祭長が、異端審問局を好いていない事は知っていた。

 その反発を利用する方が、異端審問局が突然仮装大会を公認するより自然だと考えたのも局長自身だ。

 神殿が仮装大会を支援して教育イベント扱いするというのは局長の想定を超えていたが。


「誇りに思いなよ。君が嫌われ者なおかげで、収穫祭の間はちょっとばかり獣耳や角が生えた子供たちがいても、誰も気には留めない」

 不審な吟遊詩人兼行商人は、嫌われ者の異端審問局長に二つ握っていたジョッキの片方を押し付けた。

「乾杯しよう。審問局長どのの陰謀に」

「それと、司祭長猊下の輝かしき勝利に」

 木のジョッキ同士が触れ合って、ぽこんと気の抜けた音を立てた。

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司祭長猊下の輝かしき勝利 ただのネコ @zeroyancat

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