第2巻発売まであと1日! ■スサーナとキティと家族のみんな

発売前日の本日は、スサーナと家族のみんな、それと、スサーナが大事にしているあるお人形についてのお話を。


■スサーナとキティと家族のみんな


 キティは、木彫りの人形だ。


 むにっと口元の上がった愛嬌のあるサバトラの頭に、黄色のショールに茜色のワンピース。猫のお嬢さんなので安易にキティと名付けたものだが、前世で言うならなんたらバニアにどちらかといえば少しだけ似ているだろうか。サイズはもう二回りぐらい大きいし、現代日本感覚の可愛さに振り切ったデザインではなく、どちらかというとちょっと味のある顔をしているのだけれど。


 その人形のシリーズは、街でも人気の子供向けの玩具のひとつで、キティは叔父さんがスサーナに初めて買ってきた人形で、病弱で家から出ることのないこどもだった五歳までのスサーナのおともだちだった。


 と、いうわけで、キティの定位置はスサーナの裁縫机の上から部屋中を睥睨できる特等席だ。心が騒いだ時にラバーダックメソッドに使われたりもするのでたまにベッドの中や椅子のクッションの下に居場所を変えたりもするが、スサーナの所持する玩具の中では圧倒的に重用されている。

 というより、叔母さん達のお下がりの玩具などにはとんと興味を示さず、玩具の所持数が少ないスサーナがめずらしく大事にしているのがキティだ。


 スサーナに言わせてみれば、異世界感性の人間型のきせかえ人形や関節人形は、知らない間に後ろに置かれでもしていたら現代人ならばギャン泣きするのでは、というぐらいにホラーじみたデザインであり、寝室に入れでもしたらうつろな目のまま包丁を持ってかたりかたりと距離を詰めてきそうだったりするのが悪いのだが。

 叔母さん達が幼き日に怯えもせずにそれで遊んでいた、というのはいまいち信じがたい話である。



 ある日のこと。おばあちゃんと商談をしにきたという商人が、お嬢さんに、とお土産を置いていった。

 それはすこしいびつな五角形の箱の一面に調度の絵を描いた、いわば簡単なドールハウスであり、木彫りの人形がいくつかおまけについているというものだ。


「ううん」


 お嬢さんに、と言いつつも、そういうものは次に同じお客様が来た時にありがたく頂いていますよ、というデモンストレーションのために応接間の飾り棚の上だとか、玄関だとかに飾られるものだ。


 スサーナはそれを眺めつつそっと唸っていた。


「うーん。やっぱりファミリーはファミリーで飾るべきですよねえ……」


 何が気に入らないかって、なんのことはない、ドールハウスについてきた人形が「猫のおくさま」「猫のだんなさま」であった、というだけのことだ。

 それはキティと同じシリーズで、きっと一緒に飾れば映えるにちがいない。

 合わせればワンセットになるものを一つだけ手元に持っている、というのは、ボードゲームのコンポーネントをちゃんと揃えて仕舞わずにバラバラにしている、というのに似た謎のもやもや感と、揃えて飾れば仲良し家族を表すシリーズのうち一体を引き離して手元に置くという悪いことをしている感がある。あと単純に、二個だけだともの寂しいのだ。


 とはいえ、キティはスサーナの人形で、セットで飾る用途のものではないし、というのも偽らざる気持ちだ。


 もう10歳であることだし――というより、中身は一度成人まで迎えているわけなので、お人形遊びにそこまで傾倒するわけではないのだが、やっぱり思い入れというやつはある。

 ――でもなあ、私がキティを持っているのを何処かで見かけて選んでくださったのかもしれませんし。

 礼儀を考えれば一緒に飾ってお礼を申し上げるのが望ましい。相手はなにせこれからも付き合いのあるお仕事相手であるのだ。


 そんなわけで、その日のスサーナはドールハウスに他のお人形とキティを並べて置き、唸ってはまた回収する、という、23歳の精神からしてみれば本格的に無為な行為に耽っていた。

 もちろん、一度は大人になった柔軟性は存在しているわけなので、いや、キティを合わせて飾るのは次の商談のときでいいし、何なら飾る用途の「猫のお嬢さん」を買ってくればいいじゃないか、と、ある程度のところで気づいたので、夜には手元に回収したわけなのだが。


 そうやってお休みを半日潰したスサーナを、どうも誰かが見ていたらしい。


 数日後、特になんの意図もなく応接室の飾り棚の上に置いたドールハウスを見たスサーナは、ん? と首を傾げた。


「あれ? この人形、こんなデザインでしたっけ……?」


「猫のおくさま」の服に、いつのまにやら白いエプロンが足されている。

 ――こんなエプロンを付けてましたっけ? ……ううん、いえ、でも、そんなに情熱を燃やして見ていたわけでなし、記憶違いかな……?


 少しの疑問を感じたものの、そこまで注目するつもりもなかったスサーナはそこまで深く気に留めなかった。


 また数日後、さらなる違和感にスサーナが人形を見ると、猫のおくさまの服に装飾が増え、ちょっとやぼったかった猫のだんなさまの衣装が全面的に刷新されていた。


「おお、衣装が若返ってる……」


 さらに数日後。

 手作りらしい木彫りのどうぶつ人形がドールハウスに増える。

 さらにさらに数日後。

 街で買ってきたらしいどうぶつ人形が衣装がカスタムされた状態で増えている。

 さらに数日後……。


 なぜだか、ここのところ随分と大所帯になったドールハウスを眺めつつ、スサーナはうむと頷いた。

 ことここに至ればスサーナにもわかる。


「昨日増えたこのお人形は猫お針子ですね……? こっちは、猫叔母さん……」


 日に日に増えていく、手作りだったり既製品だったりするどうぶつ人形に着せられる、どうもプロの腕を感じる衣装は、スサーナのお家のみんなの格好だ。


 猫おくさまのエプロンはおばあちゃんのお気に入りのものに似ていたし、なんならちょっとリペイントまでされてぐっと雰囲気が若くなった猫だんなさまの服は叔父さんのやつだ。


「うわあ縫製こまかい……一体どうしてこんな手間のかかることを」


 手にとって細部までしっかりと作られた人形の服の縫製に感嘆しつつ、スサーナは応接室の入り口のところで捕まえた証人を見上げてみる。


 どことなく編み髪のようなひつじさんのぬいぐるみにきっちりとお針子衣装を着せたものを手にしたブリダは後ろできちんと編んでまとめた髪を揺らしながら眉を下げて微笑んだ。


「あらあら、ばれちまいましたねえ。全部出来上がってからお嬢さんに教えることにしよう、ってフリオさんが決めていたんですけど」

「む、叔父さんがです? あ、やっぱりこの人形の服、叔父さんの手なんですね。とっても細かいし出来が良いですもん」

「フリオさんのだけじゃないですけどね。私も、他のお針子もお手伝いしましたし」

「むむ」


 ブリダが手にしているひつじのぬいぐるみは本体からブリダが作ったものだそうだ。叔父さんには木彫りの才能は全く無いと判明したので自分で納得の行くものを作ったのだとブリダはしみじみ言った。


「このレーレさんの格好の木彫り、何だと思います?」

「ええと……は、鼻の長い犬?」

「栗鼠なんだそうですよ!」


 わあ、などと言っているうちに、叔父さんもやってきたのでスサーナは主犯もここぞと捕まえておくことにした。



「叔父さん、人形の着せ替え服を作るのが趣味になったんですか? それとも市場の新規開拓でしょうか。」


 にしても、お客様のくださったお土産に手を加えてしまうなんておばあちゃんが気づいたら怒られませんか、とスサーナがここ一番の疑問をぶつけたところ、叔父さんは、ああ、と頬を掻いた。


「ゴメスさんはおもちゃ屋だからね。こういう物が作れると次来た時にご存知になったらむしろ興味を持っていただけるだろうから、大丈夫じゃないかな」

「なるほど、やっぱり新規開拓……」

「いや、そういうわけじゃないさ。あの人形だけだとスサーナは気に入らなかっただろう? やっぱりうちの人形棚なら家族みんなの分を置かないと寂しいからね」

「むい」


 なんだか誇らしげな叔父さんの言葉にスサーナは目をぱちぱちする。

 叔父さんの話をかみくだくと、この度の謎行動の動機はスサーナがキティを置いたり回収したりを半日ばかりやっていたのを見たからであったようだった。

 スサーナとしては揃いのものは揃えて置くべきかという感覚と所有欲がぶつかり合っていただけであったのだが、叔父さんはなぜだか、家族で一揃えの人形なら、うちはうちの家族構成にすべきだとスサーナが思ったと考えたらしい。


「みんなの分を揃えて、あとはスサーナのを置くだけにしてから教えてびっくりさせようと思ったんだけどなあ、スサーナは目ざといから」

「これだけいっぱい日に日に増えていて気づかない人はいないと思います叔父さん!」


 ――キティはキティなんですけどねえ。

 とはいえ、そんな理由で張り切ってしまった叔父さんやブリダは微笑ましかったし、三体で家族セットとして置くよりも飾り棚の上いっぱいにわちゃわちゃ置かれた人形たちと置くほうが楽しそうだ。

 ――よし、キティ、ちょっとだけ代理になってくださいね。

 スサーナは全力ではしゃいで叔父さんにお礼を言い、キティを一角に配置しつつ、一つ一つの人形についての解説を受けることにした。



 後日、その話をフローリカちゃんに自慢したところ、自分のぶんも置くのだと全力で主張されたので、一緒に人形を買いに行くことになった。

 その際にスサーナ役の猫のお嬢さん(黒)も買ったので、キティは無事スサーナの机の上に戻ってくることになる。


 スサーナはなんだか倍得したなあ、というような気持ちでほくほくしていたが、うっかりこの話を講のいつもの面々に口を滑らせたところ、ぶちねこの男の子ときつねのお嬢さん、犬の男の子が贈られてきてしまったため、流石にそろそろいっぱいだった飾り棚の上で人形が雪崩を起こす危険性について少し真面目に考えることになってしまったのだった。

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糸織り乙女カウントダウン 渡来みずね @nezumi

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