第35話 ラストワン-ラスト
「――いい加減にしろよ、おっさん!」
胸ぐらを掴んだ出門だが、彼の拳が炸裂する前に、衛兵が飛んできた。少人数になったおかげで、騒動が起きれば即座に駆け付けられるよう、近い距離で備えているのだ。
「しねえよ。何もしねえってば」
力を抜いた出門。
「ここまで生き残っておいて、暴力奮ったおかげで、問答無用に奴隷行きにされちゃあ、たまんねえしな。あ、外尾のおっさん、これが狙いか」
外尾は服の乱れを直すだけだ。出門は衛兵の手前、再び脅す訳にも行かず、せいぜい嫌味な台詞を吐くにとどまった。
「そっかあ、なるほどなあ。危うく引っ掛かるところだったぜ。いやあ、よかったよかった。おっさんの知恵よりも俺の頭が上回ってたおかげだ」
それからおもむろに投票用紙を取り出した。
「まだ時間はあるけど、もう決めたぜ。あとから色々言ってきても、聞いてやらねえからな、絶対に」
出門は書くふりをした。そして、外尾が泣きついてくるのを予想して待った。だが、外尾に動じた気配は微塵もなく、それが出門を苛立たせた。
「私と沢尻のどちらかが解放されるのなら、若い沢尻の方がまだ世間のためになるだろう。いい選択だと思う」
淡々とした口調の外尾に、出門の両目は奇異な物を観るようなそれになった。
「……ははん。外尾、おまえは解放に執着してないふりをして、俺に逆の行動を取らせようっていう腹だな? そんな芝居には引っ掛からねえよ」
「どう受け取ろうと勝手だが」
外尾は言葉を切り、ため息を入れた。
「――君は近い将来、自分は愚か者だったと噛み締めることになるだろう」
「ああ、そうかよ! 分かった、もう本当に決めたぜ。馬鹿が」
出門は宣言通り、紙に外尾の名を書いた。
「沢尻、儲けたな! おまえからは何も取らねえから、安心しろよ。あーあ、早く投票時間になんねえかな!」
一位、外尾、二票。
二位、沢尻、一票。
役人がこれを発表するや、外尾は自らの足で奴隷行きの道を歩き出した。衛兵が両脇を固めるが、当人は暴れるどころか取り乱すこともなく、静かに出て行った。
出門はこの頃にはわめきすぎて、喉が痛くなっていた。最後にもう一つぐらいなじり倒してやろうと考えていたが、やめにしたほどだ。
「出門」
沢尻が声を掛けた。外尾が喋り始めて以後、ほとんど黙っていたのは、出門の機嫌を損ねるのを恐れたからである。結果が確定し、ようやく安心できた。
「礼は言わないぜ」
「そりゃそうだな」
少しばかり涸れた声で、出門が応じる。
「外尾のおっさんが俺をあまりにも怒らせるから、儲け損なっちまったぜ。ま、外に出たら、酒ぐらいおごってくれや」
「……礼の代わりに、一つ、教えてやる」
「ん?」
沢尻の重苦しい響きの物腰に、初めて嫌な予感を覚えた出門。
「外尾の言葉に嘘はない」
「何のことだか分からんね」
「じゃあ、分かるように言ってやろう。俺がおまえに酒をおごるのは無理だ。何故なら……」
沢尻は語尾を濁し、目を斜め上に向けた。自分の耳の辺りをかすめたその視線につられ、出門は振り返った。
頭二つ分ほど高い巨漢の衛兵が立っていた。その隣では役人が退屈げに、丸めた帳面でぽんぽんと音を立て始めた。
「そろそろ行くぞ、出門」
「あ、ああ、分かった、いや分かりました。お待たせしてすみませんね」
平身低頭する出門。衛兵は腕をがっちりと掴んだ。
「痛ててっ! もう少し優しくできねえの?」
伝わってくる力の強さに、思わず口が悪くなる。だが、衛兵は改めなかった。そのまま、ずるずると出門を引きずる。
「おい、ちょっと。自分で歩けるって!」
「離すことはできん」
後ろから来る役人が告げた。
「どうやらおまえは勘違いしているようだから、事実を伝えると逃げ出す恐れが強い。それを防ぐための措置だ」
「ど、どうして俺が逃げるんだよっ」
立ち止まろうにもできず、首から上のみ後ろに向けて、必死に声を出す。そうする合間にも、出門は自分が連れて行かれようとしている場所について考えた。この方向は……さっき、外尾が出て行ったところと同じ!
「出門、おまえを奴隷として徴用する」
出口が近くなって、役人は伝えた。
「なっ、な、何でだよ!」
無理に身体を捻ろうとすると、腕がちぎれそうになった。無力なまま、引きずられる。
「やはり、勘違いしておったな。最初に説明したであろうが」
役人は小馬鹿にした口調になった。
「規則の5に、こうあったろう。『全参加者の運命が決まるまで繰り返される』とな」
「だからぁ! 俺は最後の一人として生き残ったじゃねえの!」
役人は衛兵に命じ、立ち止まらせた。そして、呼吸を乱した出門に、説いて聞かせる。
「参加者の運命は投票で決められるのだ。だから、一人になっても投票は続けられる。おまえは誰に投票できる? 誰にも投票できん。規則の4『書く名前がなくなった者、投票しなかった者は徴用』に則して、おまえは徴用されるのだ」
「ば、馬鹿な……」
萎れた草花のように崩れ落ちる出門を、衛兵が強引に立たせる。
「くそ、俺は自分の名前を残しとくべきだったのか……」
後悔する出門に役人は笑い声を上げ、首を振りながら教えてやった。
「いやいや。仮に自分自身に投票できたとしても、その一票で一位になる訳だから同じことだ。おまえの運命は、三人になった時点で決まったのだよ」
出門は一際わめき、抵抗した。わめき声はやがて叫び声と変わった。
衛兵は出門を木材のごとく扱って引きずる。役人はそのあとをまるで急き立てるように付いて行く。
出門の姿がついに広場から見えなくなると、程なくしてその煩わしい声も聞こえなくなった。
――END
未《ひつじ》たちは沈黙しない、させられるのみ 小石原淳 @koIshiara-Jun
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