第34話 ラストワン-11
最早完全に瓦解した陸野派は、いくつかの小グループに分裂する兆しを見せていた。ただし、一点においてのみ意見が一致している。すなわち、松井を次回投票で一位にすることでは。
「二位になるにはどう振る舞えばいいか……。問題は」
愛甲は久能ら十三名の様子を覗き見た。第六回投票での団結ぶりを次も継続して発揮するようであれば、二位はあの中から出る可能性が高い。
「とは言え、奴らにしても、二位を狙って一位を取ってしまう危険はある。何らかの保証が欲しいはずなんだ」
愛甲は向き直り、今の段階での仲間を見た。仲間と言っても勢多と折原の二人だけで、票としてなら裏切りの心配が低いものの、策を立てることに関しては頼りにならない。いや、勢多達にしても、愛甲より良案を出す奴が誘えば、あっさり移るだろう。
「何か意見は?」
それでも一応、話を振ってみた。
ちょうどそのとき、折原の視線が愛甲を通り過ぎて、その後ろに向けられるのを感じ取った。
「そちらが、話があるようですが」
折原に言われずとも、振り返った愛甲。久能と裏染が立っていた。
「やあ、愛甲、折原、勢多。一時的に組まないか」
話し掛けてきたのは裏染。頬を綻ばせ、目尻を下げたその表情は。
「……単刀直入だな」
「時間がないんでね」
「じゃあ、久能の立てた作戦を聞かせてもらうとしよう」
愛甲が久能に顔を向けると、裏染は「ひでえな。まあ、その通りなんだが」とつぶやき、引っ込んだ。代わって前に出た久能は、努めて無表情を作っているようだ。
「一位、二位ともに独力で決定できる組織作りを目指しておるんだ。現時点での参加人数三十においてそれを満たす絶対多数は、一位が過半数の十六、二位は残りのまた過半数だから八。合計二十四名だな。この人数を集め、次回以降六回の投票で残りの六人を順次、一位にする。二位は我々の中から一人をくじ引きで選ぶ。無論、くじは不正が行えない形でやるし、投票用紙に書いた名前の確認も徹底する」
「はぐれ者の六人を駆逐したあとはどうする?」
「組織を解散、再編成して同じ手段を執るか、それとも違うやり方が編み出されるか……残った奴らで思うようにやるさ。そうせざるを得まい」
「要するに、自分の投票権で、今後六回の安全と二位抜けできる可能性を買うってことだ」
愛甲は折原と勢多の顔色を窺った。二人とも理解しているようだ。
「で、乗るかね? 返事は早いとこ頼む。保留はなしだ」
久能が聞いてきた。愛甲は一つだけ聞き返した。
「これまでに確保できたのは何人だい?」
「十九人」
「俺達を加えると二十二。目処は立っているか。よし、乗るよ。仮に二十四人に達しなくても、状況は今と大差ない。むしろ爪弾きされる方が恐ろしい」
愛甲と久能は右の拳を軽く合わせた。
~ ~ ~
――徴用か解放か。
湖上の島での投票は、最終局面を迎えていた。
現在、参加対象者は三名。車崎の悪友・出門の他、
「ここまで人が少なくなれば、俺でも分かるぜ」
解放を確信した出門は、考えていることを声に出した。沢尻と外尾の前に立つと、胸を反らせて勝ち誇る。
「沢尻。おまえはあと一人しか書く名前がないだろ? 知ってるんだぜ」
人差し指を突き付け、次いでそれをついと水平移動させた。今度は外尾に向ける。
「沢尻が書けるのは外尾、おまえだけだ。そして外尾が書けるのもたった一人、沢尻が残っているだけだよな。誰が誰を書いていないか、俺、ちゃんと掴んでいたんだぜ」
「そんなことは当たり前だよ」
沢尻が唇を尖らせる。なよなよした外見だが、声の響きは荒っぽい。横領で捕まった彼は数字には強いものの、投票では運に恵まれず、ここまで残ってしまった。
もう一方の外尾、こちらの罪状は贈賄で、どちらかと言えば人に使われる立場であり続けた。頭は悪くないにも拘わらず、投票においてはどっちつかずの態度を取り続け、最後の三人に入る始末と相成った。
そして彼ら二人は、島に着いてからの知り合いで、そこそこ親しいのだが、今までの投票で一度も連携していない。この段に至ると、協力しても無意味となっていた。
「当たり前ってんなら、俺が誰に投票できるか、言ってみな」
大きな態度を崩さない出門。沢尻は「俺と外尾の二人を書けるんだろ」と早口で吐き捨てた。
「よく知ってるな! そうとも! つまりは、おまえらの運命を握ってるのは俺という訳だな」
出門は二人の前を行ったり来たりし始めた。
沢尻はそれを目で追い、外尾は前を向いたままでいる。
「おまえら、助かりたいか? 助かりたいよな」
答えるまでもない質問に、沢尻も外尾も無反応だった。出門は足を止め、やや不満げに唇を歪めたが、じきに笑みを漏らす。並びの悪い歯が除いた。
「助かりたければ、分かり易く態度で示せよ。俺に入れられたら、一位になってしまうんだぞ」
「態度?」
怪訝そうな表情を作って片目を瞑り、やがて噴き出したのは沢尻。外尾の方は寡黙を貫いていた。
「俺が女か、あるいはおまえが男色家なら、たっぷりとサービスしてやってもいいんだけどな。生憎と俺は男だし、おまえは女好きだったよな、宗旨変えしてなけりゃ」
「うるせえ!」
だん、と地面を踏みつける出門。
「他にあるだろ、他によぉ。外に出てから、俺に何をしてくれるのか、言ってみろ。比べて、気に入った方を助けてやる」
言ってみなとばかりに、耳に手を当てた。しかし、応じる声は外尾からも沢尻からもなかった。
「ん~? どうした。言わなきゃ分からねえんですけど? 二人とも、それなりに金を貯め込んでいるはずだぜ。なくたって、家や土地を売れば、そこそこの金になるだろ」
「君にそれを与えると約束しても」
外尾が口を開いた。出門だけでなく、沢尻もびっくりしたように目を向ける。
「意味がないだろう」
「何で? 俺は金と引き替えに、おまえらのどちらかを助けるって言ってるんだぜ? そんなことも分からない馬鹿じゃないよねえ、外尾さーん?」
顔を近づけた出門。外尾はぼそりと言った。
「馬鹿は私じゃなくて、君の方だろう」
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