即死魔法「百合キス」のせいで親友が恋人になったんだけど?!

SEN

本編

 私、佐々木ささき静葉しずははいつも通り親友の風原かざはら百子ももこと一緒に下校していたはずだ。何ら変わりのない世間話をしながら、寄り道もせずいつもと変わらぬ道を歩いていたはずだ。


 それなのに、私達は二人そろって青い空と白い雲に囲まれた無限に広がる光の平原の上に立っていた。何故こんな所にいるのか皆目見当がつかない。いつの間にか帰り道の光景がこの意味不明な場所に変わっていたのだ。


「ね、ねぇ、ここどこなの」

「……わかんない」


 モモがこの突拍子のない状況に怯えて私の袖をつかんでいる。モモは私より少し小柄で、小動物じみた臆病さと可愛さがある子だ。だからこうやって困ったときは私に頼ってくるし、私は可愛いモモが好きだからその度に彼女を守っている。


 つまりは私はモモというお姫様を守る騎士なのだ。というわけでいつも通り私は彼女を守るために、かばうような体勢で抱き寄せた。


「大丈夫だよ。私がなんとかするから」

「しずちゃん……む、無理はしないでね」


 ぎゅっと私の袖をつかんで離せないくらい怖がっているのに私の心配をしてくれるなんて、モモはやっぱり天使だ。


「心配してくれてありがとね」


 お礼代わりにモモの頭をなでると、彼女の表情が少し和らいだ。私の手で安心してくれたのだと思うと、彼女が堪らなく愛おしくなる。しかし今はこの異常事態をなんとかするのが先だ。そう思って周りを見ようとした瞬間、目の前にやたら露出度が高い赤髪の女が現れた。完全に痴女だ。こんな変態は純粋なモモの教育に悪すぎる。


「やっほー」

「誰だよ」


 こんな変態をモモに近づけまいと、モモを後ろに隠しながら変態を睨みつける。すると変態はビクッと肩をあげて、妖しげな表情から焦りの表情に変わって首をブンブンと横に振った。


「ちょちょちょ! 別に取って食おうってわけじゃないよ! だからその怖い顔やめよ?」

「……そうかよ」


 こいつはこう言ってるが警戒を解くわけにはいかない。モモにもしものことがあってはいけない。とにかくこいつから情報を引き出そう。


「ここはどこだ」

「あやぁ、怖い顔はやめてよぉ。でもまあ教えてあげるよ。ここは天界。神様たちが住まう世界さ」

「……本気で言ってんのか?」


 そんなファンタジーみたいなことがあり得るのか。常識的に考えればあり得ないが、こいつが何もない空間から突然現れたこと、突然この天界とやらに連れてこられたことを考えればそうも言ってられない。


「本気も本気さ。そして私は世界のバランスを管理する女神様」

「そんなやつが私たちに何の用だ」

「そう、君たちにはとある世界を救ってもらいたいんだ」

「はぁ?」


 突然何を言っているんだこの自称女神の変態は。世界を救う? 私たちは特別戦闘力が高いわけじゃない普通の女子高生だよ? そんな大層なことができるわけがない。


「もちろん世界を救うために最強の力をプレゼントするよ!」

「そんな事して私たちに何の得があるんだよ」

「えぇー……ノリ悪いなぁ。普通は異世界だってワクワクするもんでしょ」

「私たちは元の世界で幸せで平和な人生を送ってるんだよ。それを勝手にぶち壊しやがって」


 私は可愛いモモと一緒に生きていければ幸せなのだ。変なスリルもリスクも必要ない。


「うーん……でももう呼んだからには世界救ってもらわないと」


 そう言って自称女神は頭を悩ませはじめた。つまり世界は救わないといけないのか。そんな危険をモモに冒させるわけにはいかない。


「なら私だけで行く。モモは元の世界に戻して」

「し、しずちゃん! 危ないよ!」

「大丈夫だよ。パパっと世界救って帰ってくるから」

「ダメだよ!」


 私だけで全部終わらせようと思ったけど、モモが凄まじい剣幕で反対するものだから驚いた。普段は大人しいモモがここまで言うなんて。私のことをそんなに大切に思ってくれてるんだ。嬉しいな。でもその分こんなに愛おしいモモを危険な目に遭わせたくなくなる。


「でも、モモに危ないことしてほしくないよ」

「それは私もだよ。しずちゃんに怪我してほしくない。それにしずちゃんがいない生活なんて耐えられない。行くなら一緒に行こ!」

「モモ……」


 私の親友はなんて愛おしいのだろうか。こんなにも私を想ってくれて、怖がりなのに一緒に行こうと言ってくれるなんて。


「ありがとう、モモ」


 涙目で気持ちを訴えていたモモを抱きしめて感謝を伝える。これでようやく私たちの心は決まった。この理不尽な状況を二人で力を合わせて打開する。


「えっと、じゃあ二人で行くってことでいい?」

「あぁ」


 モモとの抱擁という至福の時間を堪能し終えた私に、タイミングを見計らって自称女神が声をかけてきた。私がイエスの返事をすると、そいつはホッと安心したようにため息をついて、綺麗な青い球が先端についた杖を何もない空間から出現させた。


「それじゃあ、いってらっしゃい!」

「ちょ、私たちにどんな力をくれるのか教えてくれよ!」

「君たちを見て最高の力を思いついたから大丈夫! 詳細は後で伝えるね!」


 質問を無視した自称女神が杖を掲げると、私たちの周りを青い光が取り囲み、次の瞬間には私とモモは知らない森の中にいた。


 木漏れ日が差し込む明るい森の中で、鳥たちのさえずりが聞こえてくる。柔らかい感触の草花の上に座っている私たちは顔を見合わせ、異世界に二人きりで放逐された緊張を紛らわすように笑い合った。


「ここはもう異世界なんだよね」

「あの怪しい奴の言うことが本当ならな。まぁ、あんなもの見せられたら信じるしかないか」


 さっきの移動でモモに異変が起きてないか確認しながら、周囲を見渡す。森は平和な雰囲気で危険はなさそうだ。そのことに一旦胸をなでおろした時、頭の中に直接声が響いてきた。


「やっほー、この世界の救世主たちよ」

「変態か?」

「女神さまです。もう、親友ちゃん以外には辛辣なんだから」


 当たり前だ。モモは私の中で最も尊い存在であり、この変態女神は私とモモの平穏を脅かしたくそ野郎なんだ。この扱いの差は妥当といえるだろう。


「まぁとにかく、君たちに与えた力の説明をするね」


 変態女神が気を取り直して、私たちがこの世界で生き抜くために最も重要なことの説明を開始した。


「能力は単純! 君たち二人がキスしたら、敵は全員光の力で浄化されて死ぬ! 無効化不可能の最強の即死魔法さ!」

「えっ」

「はぁ?」


 変態女神が告げた私たちのこの世界での生命線は、あまりにもふざけたものだった。モモも予想外の方向からのアプローチで不意を突かれ、間の抜けた声を上げた。


「ふざけてんのか?」


 私たちが生きるか死ぬかを決める能力をふざけたものにしたクソアホ女神にイラついて、姿の見えないアイツを威圧した。しかし私から干渉できないと分かっているからか、さっきみたいに慌てた様子は見せなかった。


「ふざけてないよー。普通なら私といえど無効化不可能の即死魔法なんて与えられないけど、君たちの特別な力がそれを可能にしたのさ。間違いなくこの力は君たちに与えられる力で最強のものさ」


 確かにこいつが言うように力そのものは規格外だ。しかし、発動条件がモモとのキスだなんて。私はモモのことが好きで、できることならキスがしたいと思ってるからいいけど、モモがどうだかわからない。


 この世の何よりも大切に思ってるから万が一でもモモを傷つけることなんてしたくない。モモは少女漫画や恋愛ドラマが好きで、キスだとか恋だとかに強い憧れと理想を持っている。きっとファーストキスだって大切にしたいはずだ。それを弱みに付け込む形で奪うなんて嫌だ。


「ふざけてるだろ! 私たちに特別な力があるって言うなら他の力にして!」

「し、しずちゃん。私は大丈夫だから……」

「我慢しなくていいよ。ファーストキスは好きな人としたいでしょ」

「う、うん。だから」


 モモが何か言おうとした瞬間、背後から何か巨大なものが落ちたような轟音が響いた。土煙があたり一帯を包み込み、凄まじい風圧で吹き飛ばないように抱き合ってうずくまった。


「大丈夫!? ケガはない?」

「うん。しずちゃんが守ってくれたから」

「よかった……」


 モモの無事を確認し、安堵して胸をなでおろす。風圧が落ち着いたころに音の発生源のほうに振り向くと、土煙の中から五人分の人影が見えた。しかしその五つの影は普通の人のものとは思えない異形であった。そして土煙が晴れた時、そいつらの全体像が明らかになった。


 五人の中心には、黒いローブを羽織って、金の装飾がされた綺麗な服を身に纏っている紫色の肌をした男が自信に満ち溢れた表情をして立っている。その右には露出度が高いセクシーなドレスを着た、黒い角が生えた金髪の美女が妖しい笑みをたたえている。


 その後ろの三人は、右から黒い鎧を装備した3メートル越えの騎士、眼鏡をかけて本を小脇に抱えた白衣の頭がよさそうな悪魔、知性を感じない緑色の肌の太った大男が立っていた。


「な、何あいつら……」

「し、しずちゃん……」


 異形の集団を前にして、流石の私も冷静ではいられない。モモも奴らを怖がって私の腕を掴んで震えている。


 コイツらはヤバい。現代日本で生きてきた私たちにとって想像もできない悪意の塊を前に、私達は足がすくんで動けない。そんな私たちを見て、中心に立っていた黒ローブの男が高笑いをした。


「ハハハッ! 神の使いと聞いて来てみれば、ひ弱な女二人だけ! これはもはや我々がこの世界の覇権を握ったも同然ではないか!」


 高笑いは漫画を読んでいて小物っぽく思える行動だが、平和な世界で生きてきた私たちにとってはその笑いすら恐怖の対象になる。でも、いつまでもこうしている訳にはいかない。


 私はモモを守らなきゃいけない。これは私がモモに出会ってから決めた誓いだ。


 私とモモが出会ったのは小学三年の頃。転校してきたモモに私は一目惚れした。あの時、モモを初めて見た瞬間、私は天使が舞い降りたような幻覚を見た。いや、あれは幻覚なんかじゃない。あの時間違いなく私の目の前に天使が舞い降りたのだ。


 初めて会った日に友達になり、私の天使にバカなちょっかいをかける男子や嫉妬していじめようとした女子からモモを守り続け、中学生になる頃には唯一無二の親友になった。


 あらゆる危機からモモを守り続け、モモが幸せになることだけを考えた。私はモモに恋をしている。だけどモモが幸せになれるなら、この恋は成就しなくてもいい。死んだって構わない。


 死んだっていいとは、私の覚悟のための言葉で現実にならないと思っていたけど、まさか実践する日が来るとは。でも、私の覚悟は変わらない。私の誓い通りの事をするだけだ。


「モモ、私が時間を稼ぐから逃げて」

「しずちゃん!?」

「大丈夫。死ぬつもりはないよ。この森を出たところで落ち合おう」


 モモは私を大切に思ってくれてる。私が抱く恋とは違うとしても、それはわかってる。優しいモモは私が犬死にするのは許してくれない。だから私は初めてモモに嘘をついた。


 私を信頼してくれてるモモは大人しく従ってくれる。そう思っていた。


「嘘つかないでよ……」


 大粒の涙を流しながら、モモは私の腕を離すまいと力いっぱい抱きしめた。恐怖で震える腕で、それでも行かせまいと必死に私を掴んでいる。


「大丈夫だよ。私は……」

「ダメ! 死ぬ気だって私でも分かるよ! 身体震えてるじゃん!」


 あぁ、私のバカ。モモを守らなきゃいけないのに、そのための嘘もまともにつけないなんて。


「嫌なの、私のためにしずちゃんが死ぬなんて。私はずっとしずちゃんと一緒にいたいの!」


 モモの言葉に私の決意が揺らぐ。私はモモの幸せを願っている。モモの望みは全て叶えてあげたい。だから、私は生きるべきなんだと思考回路に新たな要素が挟まった。


 しかし、この現状からモモを守るには私が囮になるしかない。


「でも私もモモに生きててほしい」

「なら女神に貰った力を使おうよ!」


 モモから私が避けてきた選択肢が提示される。でも、モモのファーストキスをそんな形で奪いたくない。まして、私はモモの恋人じゃないんだから。


「……ファーストキスは好きな人とするものだよ」


 私はそう吐き捨てて、モモを突き放す。こんな乱暴な事をモモにしたくなかった。だけど、こうするしかなかった。私が化け物どもに向かって走り出そうとした瞬間、私の肩に力が加わってバランスを崩した。


 転びそうになって後ろを振り向くと、そこには突き放したはずのモモがいた。それに驚いていたのも束の間、モモの唇が私の唇に触れた。


「んっ……!」


 驚きのあまり大きく目を見開く。モモは涙のせいで目元が赤くなっているが、閉じられた瞼からは安らぎを感じた。


 なんで望まないキスでそんな顔をしてるの。なんで大事なファーストキスを私なんかに躊躇いなく捧げたの。これじゃ、モモの幸せを私が壊したものじゃないか。


 モモに無理をさせてしまった罪悪感を抱いていたら、キスをした私たちの周りに魔法陣が発生して白い光が広がった。


「な、なんだこれは!?」

「アガー! 肌が焼ける!」

「まずい、このままだと消滅する!」


 異形達は一斉に苦しみ始めた。これが女神がくれた力か。私たちを姿だけで恐怖のどん底に突き落とした悪魔達は、私がそんな事を考えている間に消滅した。


 そして森は静まり返り、私たちだけが残された。ゆっくりと唇を離し、私は気まずいながらモモの顔を見た。


 怒っているだろうか。モモを守るって誓ったのに、肝心な時にモモに無理をさせてしまう無力な私に。そんな不安と、引っ叩かれたって構わないという覚悟を持って顔を上げると、予想外の表情をしたモモと目が合った。


 モモは今まで見たことがないくらい頬を真っ赤に染めて、上目遣いで私の様子を窺っていたのだ。


「モモ……?」


 私にはその理由がわからなかった。ただ一つ浮かんだのは、モモも私が好きだというあまりにも都合が良すぎる妄想だけ。モモの返答を待っていたら、それより先にあの女神の声が頭の中に響いてきた。


「ありがとう救世主たち! こんなにはやく世界を救うなんて流石じゃないか。というわけで、君達のお望み通り元の世界に戻してあげるね。もちろん力は没収だけど」


 私たちの心の整理がついていないのに、女神は勝手に話を進めていく。ただ唖然とするばかりだった私達は青い光に包まれて、気がつけば私達がよく知る通学路に戻ってきていた。


「……戻ってきたね」


 まだ黙ったままのモモに、この雰囲気を誤魔化すためにいつも通りを取り繕って声をかける。でもモモは何も言わないままで、なんとかモモから真意を聞こうと覚悟を決めて質問をした。


「どうしてキスしてくれたの」


 その答えが死にたくないからとか、私を死なせたくないからとかだったら、私は自分を許せない。モモのファーストキスを無理矢理奪ったことになるから。


 緊張に包まれた沈黙が少しの間続き、ついにモモが口を開いた。


「しずちゃんがキスしていいって言ったから」

「……え?」


 私の頭の中の混乱がさらに広がる。私はモモにキスしていいなんて言った覚えはない。だけど、モモは嘘をつくような子じゃない。ほんの少し言葉足らずなのだろうと思い、モモに追加の質問をする。


「どの言葉でそう思ったの?」

「……ファーストキスは好きな人とするって言ってたから」


 頬を真っ赤に染めてモモは小さな声でそう呟いた。それを私は聞き逃さず、彼女の言葉の意味を理解した。その瞬間私の心臓は激しく鼓動し始め、モモの次の言葉に釘付けになった。


「それって……」


 それからモモが何か言うまでの時間は本当は数秒程度なのだろうけど、私には何時間も経過しているように感じられた。


「私が好きな人は、しずちゃんだよ」


 モモは真っ赤な顔のまま真剣な目で告げた。都合のいい妄想は、まさか真実であったとは。その衝撃に動けずにいた私に、モモは勢いよく飛び込んできた。それを何とか受け止め、互いに目が合った。


「……しずちゃんはどうなの」


 不安そうに私を見つめる彼女の目を私は知っている。これは、モモが私を好きなわけないと思い込んでいた私の目と似ている。モモは私がモモのことを好きなのか不安に思っているのだろう。


 その不安の中で私に告白するなんて、すごく勇気がいることだ。いつの間にかこんなに強くなっていた私の天使のために、私は今まで隠し続けてきた想いを告げた。


「出会った時から、私はモモのことを愛してるよ」


 そう告げた瞬間、モモは私の唇を奪った。まるでさっきの緊急事態の時にしたキスを上書きするような深いキス。純粋で汚れを知らないお姫様だと思っていたモモがこんなキスをするなんて思わなかった私は、完全に骨抜きにされてしまった。


 そして長い長いキスの後、モモはようやく唇を離して私と視線を交差させた。紅潮した頬に熱を帯びた瞳。こんなモモは初めて見た。惚けた頭でじっとモモを見つめていたら、彼女は柔らかい笑みを私に向けてこう言った。


「これからは恋人同士だね」

「……モモと恋人になれるなんて、夢みたい」

「夢じゃないよ。キスの感触、もう忘れちゃった?」


 このままではまたキスをされてしまうと思い、もう耐えられないから止めようと思ったのも虚しく、モモは容赦なく私にキスを落とした。


 どうやら私のお姫様は相当な使い手らしい。私はモモの唇によって、脳をドロドロに溶かされてモモのことしか考えられないようにされてしまった。


「モモ、好きだよ……」

「うん、私も」


 こうして、異世界転移と即死魔法をきっかけに私とモモは恋人同士となった。


 即死魔法がきっかけって、なんだか縁起が悪いような気がするけど、そんなの私たちの愛の大きさの前には無力。私たちの愛は永遠に続いていく。


 そういえば女神が私たちには特別な力があるって言ってたけど、アレは何のことだったのだろう。まぁ、モモと恋人になれたからいいか。


 ○○○


 天界にて、女神は上司の髭を生やした神に怒鳴られていた。


「今回はなんとかなったから良いが、次あんなふざけた力を作ったら容赦せんぞ!」

「えぇ、ふざけてないですよ」

「ふざけてるに決まってるだろ!」


 髭を蓄えた神は杖を女神に向けてこう怒鳴った。


「両想いの二人がキスをして発動する即死魔法だなんて!」

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