ひとめぐりぶんの春夜

桜枝 巧

ひとめぐりぶんの春夜

ぼんやりと吊り下げられた照明の花弁を掬う仕事がしたい


何にでも成れたはずだろ鮮やかなペットボトルのかさぶたを剥ぐ


標本のような昼間のねこ柄の枕の下へ丸まる背中


元カレの三人称が元カレになってたことに気づくまばたき


くちぱっちだった気がする九年間今の墓場で眠ってんのは


つと影が詩集に落ちる頑張った今週分のあほ毛が薄い


いつからか折り込みチラシが住んでいる折り込みチラシを住まわせておく


想像上の動物だったはずだった君が触れればふわふわらしい


夕景が丸いってこと知っていて頷いてくるひとのいる町


例えれば一合多めに炊いておき一・五合多く減ること


ワックスの残る頭を撫でながらブルーハーツが僅かに香る


次は何に進化しようか言い合ったくちびるはまだ残しておいた


さよならがあれば歌えた十九の春に戻ればなんて 遠雷


膝に在る記憶の重みごと全て拐いたい夜の君の横顔


優しすぎるひとの耳孔の縁色を知っているのはわたくしだけだ


生まれでることの出来ない歯磨きのチューブの底のようにキスする


ひとめぐりぶんの春夜と名をつける 小さくなったイモリの白腹


そちらまだ真綿は止んでいませんか首はそろそろ絞まりましたか


終電の時刻を告げて、告げ終えて、117の静かな行進


われわれは渇望なのだウエハースみたいな橋をつくり続ける

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